102 / 230
102.闇と光
しおりを挟む
アリッサが消えてから、アンネリーゼはずっとその場に立ち尽くしていた。
真っ白な空間はどこまでも続いているのに、何故かこれ以上進んではいけないような気がしたからだ。
ぼんやりと前方を見つめながら、アンネリーゼはアリッサの事を考える。
彼女の言動からして、おそらくアリッサは故人なのだろう。
彼女は何の為に自分の前に現れて、何を伝えようとしたのだろうか。
それに、アリッサの言っていた『彼』というのは、誰なのだろう。
アリッサは、『彼』に好意を寄せているようだった。
でも、そんな『彼』のことを、まるで自分に託すような、あの言葉の真意は何なのだろう。
それにアリッサという名前が、何故か妙に気になった。
アンネリーゼはじっと考え、暫くしてはっと顔を上げた。
「アリッサ…………アリッサ・エーベルス…………?」
アンネリーゼは、愕然とした。
ヴァルツァー王国にとって、禁忌に近い名前だった。
巡礼の途中で病死したために、ヴァルツァーに百年に渡る厄災を招いたと言われる巫女姫。
だが、もし彼女が本当にアリッサ・エーベルスなのだとしたら、彼女の意図が分かった気がする。
自分がこのまま死んだら、ヴァルツァーに再び百年間の厄災が起こってしまうということ。そして、アリッサの護衛騎士だったクラルヴァイン卿同様にジークにも辛い思いをさせてしまうということを伝えようとしたのだろう。
そこまで考えて、アンネリーゼは妙に胸がざわつくのを感じた。
ここでもまたクラルヴァイン卿が関わるのは、単なる偶然なのだろうか。
アンネリーゼは、無意識のうちに一歩、二歩と歩き出していた。
と。
先程までは真っ白だったはずの空間の先に、ぼんやりと黒い霧のようなものが広がり始めていた。
「………あれは、何?」
黒い霧は、ざわざわと蠢きながら少しずつ大きくなり、じわじわとアンネリーゼの方へと広がってくる。
その中心は全てを呑み込むような底なしの闇のようで、得体の知れなさが不気味だった。
アンネリーゼはくるりとドレスを翻し、走り出す。
ざわり、ざわりと耳につく音が幾重にも重なり後ろから迫ってきた。
あれに捕まったら、もう戻れなくなるような気がして、アンネリーゼは懸命に走り続ける。
ただ一心に、生きてジークの元へと戻れる事だけを願って。
どれ位の間走ったのだろうか。
こんなにも必死で走ったのは、ルートヴィヒの事件くらいだろう。
息が苦しくて、足も前に出なくなっていた。
「逃げなければ…………」
涙目になりながら、懸命に足を動かすアンネリーゼの前に、突如として眩い光が現れたのは、彼女の体力が限界に達した時だった。
光を前に、後ろから忍び寄る黒い霧が、怯んだように縮み上がる。
「え…………?」
アンネリーゼは驚いて目の前に現れた光を見つめる。
光は無数の帯となり、黒い霧を押し戻し、凝縮させていく。
一体何が起きているのか分からずに、その様を呆然と見つめているうちに、アンネリーゼはいつの間にか光の中に取り込まれていた。
それは温かくて、力強い光だった。
「アンネリーゼ………」
低く艷やかな声が、愛おしそうに自分の名を呼ぶのを聞いて、もう大丈夫なのだと安堵の笑みを零すと、アンネリーゼはそのまま光に身を委ねる。
遠ざかる意識の中で、温かく柔らかいものが唇に触れた気がした。
真っ白な空間はどこまでも続いているのに、何故かこれ以上進んではいけないような気がしたからだ。
ぼんやりと前方を見つめながら、アンネリーゼはアリッサの事を考える。
彼女の言動からして、おそらくアリッサは故人なのだろう。
彼女は何の為に自分の前に現れて、何を伝えようとしたのだろうか。
それに、アリッサの言っていた『彼』というのは、誰なのだろう。
アリッサは、『彼』に好意を寄せているようだった。
でも、そんな『彼』のことを、まるで自分に託すような、あの言葉の真意は何なのだろう。
それにアリッサという名前が、何故か妙に気になった。
アンネリーゼはじっと考え、暫くしてはっと顔を上げた。
「アリッサ…………アリッサ・エーベルス…………?」
アンネリーゼは、愕然とした。
ヴァルツァー王国にとって、禁忌に近い名前だった。
巡礼の途中で病死したために、ヴァルツァーに百年に渡る厄災を招いたと言われる巫女姫。
だが、もし彼女が本当にアリッサ・エーベルスなのだとしたら、彼女の意図が分かった気がする。
自分がこのまま死んだら、ヴァルツァーに再び百年間の厄災が起こってしまうということ。そして、アリッサの護衛騎士だったクラルヴァイン卿同様にジークにも辛い思いをさせてしまうということを伝えようとしたのだろう。
そこまで考えて、アンネリーゼは妙に胸がざわつくのを感じた。
ここでもまたクラルヴァイン卿が関わるのは、単なる偶然なのだろうか。
アンネリーゼは、無意識のうちに一歩、二歩と歩き出していた。
と。
先程までは真っ白だったはずの空間の先に、ぼんやりと黒い霧のようなものが広がり始めていた。
「………あれは、何?」
黒い霧は、ざわざわと蠢きながら少しずつ大きくなり、じわじわとアンネリーゼの方へと広がってくる。
その中心は全てを呑み込むような底なしの闇のようで、得体の知れなさが不気味だった。
アンネリーゼはくるりとドレスを翻し、走り出す。
ざわり、ざわりと耳につく音が幾重にも重なり後ろから迫ってきた。
あれに捕まったら、もう戻れなくなるような気がして、アンネリーゼは懸命に走り続ける。
ただ一心に、生きてジークの元へと戻れる事だけを願って。
どれ位の間走ったのだろうか。
こんなにも必死で走ったのは、ルートヴィヒの事件くらいだろう。
息が苦しくて、足も前に出なくなっていた。
「逃げなければ…………」
涙目になりながら、懸命に足を動かすアンネリーゼの前に、突如として眩い光が現れたのは、彼女の体力が限界に達した時だった。
光を前に、後ろから忍び寄る黒い霧が、怯んだように縮み上がる。
「え…………?」
アンネリーゼは驚いて目の前に現れた光を見つめる。
光は無数の帯となり、黒い霧を押し戻し、凝縮させていく。
一体何が起きているのか分からずに、その様を呆然と見つめているうちに、アンネリーゼはいつの間にか光の中に取り込まれていた。
それは温かくて、力強い光だった。
「アンネリーゼ………」
低く艷やかな声が、愛おしそうに自分の名を呼ぶのを聞いて、もう大丈夫なのだと安堵の笑みを零すと、アンネリーゼはそのまま光に身を委ねる。
遠ざかる意識の中で、温かく柔らかいものが唇に触れた気がした。
11
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる