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96.優しさ

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「あなただって、ミアという侍女の言動に、違和感を感じていたのでしょう?」

まるでアンネリーゼの心の中を読み取ったかのように、アリッサの指摘は的確だった。

「彼女は、あなたが記憶喪失になったのをいいことに、あなたの為と言いながらあなたをわざと危険な目に会わせようと動いていたのにも、気がついていたのでしょう?」
「そ………れは………」

可でも非でもなく、曖昧に言葉を紡ぐと、アンネリーゼは口を閉ざした。

「………ほら、そういうところが優しいと言っているのです。きっとどんなに言っても、あなたはあの侍女を切り捨てることができないのでしょうね…………。その優しさは、あなたの美徳であり、同時に弱点にもなり得るわ。でもね………時には辛い決断を下さなければならない事も出てくるでしょう。一つを守るために多くを犠牲にするのか、それとも多くを守るために一つを犠牲にするのか………。どちらがただしい選択なのか、よく考えて下さいませ」

アリッサの妙に重みのある言葉は、アンネリーゼの胸を突く。

「あの、アリッサ様…………あなたは、一体…………?」

アンネリーゼの問いかけに、アリッサは微笑むばかりで答えなかった。
その代わりに、アンネリーゼの手を取ると、ぎゅっと握り締めた。

「あなたには、を辿ってほしくないのよ、アンネリーゼ様…………。そんなことになれば、は壊れてしまうかもしれないから…………」

ふわり、とどこからともなく風がアリッサの髪を掬い上げる。
そのアリッサの表情は、今にも泣き出しそうに見えた。

「彼…………?」
「彼は、私が求めた愛を返してくれることはなかったけれど、今もずっと一人で戦っている。彼の背負っているものは大きすぎるけれど…………アンネリーゼ様、あなたなら…………きっと……………」

アリッサの若草色の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。
途端にアリッサの表情が切なく歪んで、それと同時にアリッサの姿が、ゆっくりと白の空間に飲み込まれていくように消え始めた。

「アリッサ、様?」
「アンネリーゼ様…………、彼を……………」

アリッサの口が、誰かの名を紡いだ時、彼女の体は完全に消え失せ、彼女が伝えようとした名を聞き取ることは出来なかった。

「アリッサ…………様…………?」

突然現れ、そして突然消えたアリッサは、まるで女神がアンネリーゼに見せた幻のような女性だった。
彼女が触れていた掌を、指先でそっと撫ぜると髪の毛を風が攫うのだった。
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