89 / 230
89.不安
しおりを挟む
その後、神官たちがアンネリーゼの体調を確認したりして少々の遅れがあったものの、日程は予定通りに進み、いよいよ祈りの儀式の本番を迎えるだけとなった。
説明を聞いただけでは不安の残るものだったが、まるで儀式に間に合わせたかのように記憶が戻ったお陰で、フォイルゲンでの儀式を思い出すことが出来たのは、アンネリーゼにとっては何よりの安心材料だった。
しかし、それに伴いどうしても辛い記憶が蘇り、アンネリーゼは悲しげに目を伏せる。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
儀式に望むための真っ白な聖衣の裾を整えながら、ミアが心配そうに声をかけてきた。
「………あ、いいえ?やはり、少し緊張しているみたい」
潔斎を終え、身は清らかになったかもしれないが、アンネリーゼの心の中は相変わらず迷いと不安に満たされている。
(こんなに雑念だらけの巫女姫だなんて、女神様にも呆れられてしまうわね)
アンネリーゼは自嘲の笑みを口元にだけ浮かべると、溜息をついた。
「そろそろジーク様がお迎えにいらっしゃる筈ですけれど…………」
ミアが扉の方に目を向けたのとほぼ同時に、ノックの音が響いた。
「巫女姫様、お迎えに上がりました」
低くて艶のある声に、アンネリーゼの胸が跳ね上がった。
「い………、今行きます!」
滑らかな生地の衣の裾を持ち上げると、アンネリーゼはいそいそと扉へ向かう。
外で待っていたジークは、同じく純白の騎士服に身を包み、銀で作られた剣を腰から下げている。
その様に、アンネリーゼは頬が熱くなるのを感じた。
「………あの、おかしく………ないですか?」
僅かに俯きながら、恥ずかしそうに視線を彷徨わせるアンネリーゼに、ジークは沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「とても、お綺麗です」
するとアンネリーゼはぱっと顔を上げた。
その言葉は、フォイルゲンでの儀式の前に、ルートヴィヒが口にしたものと全く同じだった。
ただの偶然だろうが、アンネリーゼは言いしれない不安に襲われる。
「…………どうして…………」
アンネリーゼの深い青色の瞳が、不安気に揺らいだ。
「………どうか、したのですか?」
相変わらず無表情のままのジークが、小首を傾げる。
「何でも………ありません。………一瞬、知り合いを思い出していたのです」
ジークの前で、亡くなった婚約者の事を話題にしたくなくて、アンネリーゼは曖昧な笑みを浮かべると、誤魔化した。
明らかに不自然なアンネリーゼの様子を不思議に感じながらも、ジークは無言を貫いたまま、そっとアンネリーゼに手を差し伸べたのだった。
説明を聞いただけでは不安の残るものだったが、まるで儀式に間に合わせたかのように記憶が戻ったお陰で、フォイルゲンでの儀式を思い出すことが出来たのは、アンネリーゼにとっては何よりの安心材料だった。
しかし、それに伴いどうしても辛い記憶が蘇り、アンネリーゼは悲しげに目を伏せる。
「お嬢様?どうかなさいましたか?」
儀式に望むための真っ白な聖衣の裾を整えながら、ミアが心配そうに声をかけてきた。
「………あ、いいえ?やはり、少し緊張しているみたい」
潔斎を終え、身は清らかになったかもしれないが、アンネリーゼの心の中は相変わらず迷いと不安に満たされている。
(こんなに雑念だらけの巫女姫だなんて、女神様にも呆れられてしまうわね)
アンネリーゼは自嘲の笑みを口元にだけ浮かべると、溜息をついた。
「そろそろジーク様がお迎えにいらっしゃる筈ですけれど…………」
ミアが扉の方に目を向けたのとほぼ同時に、ノックの音が響いた。
「巫女姫様、お迎えに上がりました」
低くて艶のある声に、アンネリーゼの胸が跳ね上がった。
「い………、今行きます!」
滑らかな生地の衣の裾を持ち上げると、アンネリーゼはいそいそと扉へ向かう。
外で待っていたジークは、同じく純白の騎士服に身を包み、銀で作られた剣を腰から下げている。
その様に、アンネリーゼは頬が熱くなるのを感じた。
「………あの、おかしく………ないですか?」
僅かに俯きながら、恥ずかしそうに視線を彷徨わせるアンネリーゼに、ジークは沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「とても、お綺麗です」
するとアンネリーゼはぱっと顔を上げた。
その言葉は、フォイルゲンでの儀式の前に、ルートヴィヒが口にしたものと全く同じだった。
ただの偶然だろうが、アンネリーゼは言いしれない不安に襲われる。
「…………どうして…………」
アンネリーゼの深い青色の瞳が、不安気に揺らいだ。
「………どうか、したのですか?」
相変わらず無表情のままのジークが、小首を傾げる。
「何でも………ありません。………一瞬、知り合いを思い出していたのです」
ジークの前で、亡くなった婚約者の事を話題にしたくなくて、アンネリーゼは曖昧な笑みを浮かべると、誤魔化した。
明らかに不自然なアンネリーゼの様子を不思議に感じながらも、ジークは無言を貫いたまま、そっとアンネリーゼに手を差し伸べたのだった。
11
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる