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76.光

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相変わらず辺りは光に包まれているが、人の気配はなかった。

「どういう、事なの…………?」

膨大な情報が一度に頭に流れ込んできたせいなのか、それともふわふわと水中を漂っている感覚のせいなのかは分からないが、視界が揺らぎ、同時に頭の中が何かに掻き回されているようだった。

あれほど思い出したいと願っていた記憶が、突如として戻ってきたというのに、満ち足りた気持ちは微塵も湧かなかった。
それは、取り戻した筈の記憶の中にが欠けていたからだった。

一つは、ルートヴィヒを殺した犯人のこと。
彼が殺された直後に、誰かに捕まえられて、追われ、追い詰められて川に飛び込んだ所は鮮明に覚えているのに、その相手の顔が思い出せない。
明らかに相手の顔を見ているような部分はあるのに、特徴らしい特徴が、まるで見えてこない事に違和感を覚えた。

そしてもう一つは、『黒髪に金色の瞳の青年』についての記憶がまるでなかったということ。
時折頭に浮かんでくるは、一体誰なのか、自分とどんな関係があるのか、その答えを渇望していたのに、手がかりがまるでなかったことにアンネリーゼはひどく落胆した。

「………亡くなった婚約者よりも、謎の貴公子の事が気になるなんて、最低よね…………」

誰に語りかけるわけでもなく、アンネリーゼはぽつりと呟いた。

いつも冷たい言動で、アンネリーゼを容赦なく傷付け、挙げ句の果てにアンネリーゼの誕生日を祝う席で婚約破棄を言い渡し、大勢の前でアンネリーゼを貶めようとしたギュンターと違い、常に穏やかな優しさでアンネリーゼを包み込んでくれたルートヴィヒ。
彼に対して恋愛感情を抱いていたわけではなかったが、少なくとも親愛の情は持っていた。
それなのに、アンネリーゼの胸を支配するのは、金色の瞳の青年、そして似ても似つかない風貌なのに、何故かその青年を彷彿とさせるジークの事だった。

と。
アンネリーゼの罪悪感を照らすかのように、辺りを包む眩い光が、段々と輝きを増していくのに気がついた。

『………………』

耳元で、誰かが囁いた気がした。

「え……………?」

その途端に今までとは比べ物にならないほどの強烈な光が溢れ出し、あまりの眩しさに、アンネリーゼは目を開けていることが出来ずに、ぎゅっと目を瞑る。
視界を遮ってもなお、肌で感じ取れるほどの強い光を全身に浴びて、アンネリーゼはいつの間にかそのまま気を失ってしまった。
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