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75.蘇る記憶

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「アンネリーゼ・モルゲンシュテルンを今代の巫女姫とする」

耳元で、誰かの声が聞こえた。
眩い光の中では、目を閉じているのか、開いているのかすらも分からない。

「でも、ギュンター様はわたくしではなく、クラネルト男爵家のフローラ様が巫女姫に選ばれるからわたくしとの婚約は破棄すると………」

次に聞こえてきたのは、アンネリーゼ自身の声がだった。

「誰が巫女姫になるかは、ノイマンなどが決めるのではなく女神が決めるものだ。………クラネルト男爵も、ノイマンも、あの娘が内定しているのだと吹聴していたからさぞかし慌てているだろう」
「………フローラ様は、それだけ自信がおありだったのですから、申し訳ない気が致します」
「あんな小娘を気遣う必要などない。お前がどれだけあの娘に苦しめられたと思っている?ノイマンもノイマンだが………本当に、先代伯爵はあのような人徳者だったというのに…………」

溜息をつく父モルゲンシュテルン侯爵の言葉に、聞き覚えがあった。
次第に、頭の中が掻き乱されるようなむずむずとした違和感がアンネリーゼを襲う。

「あ…………っ?!」

全身の血液が、逆流したかのような衝撃がアンネリーゼの身体を貫いた。

生まれてからこれまでの、アンネリーゼの失ってしまった記憶が堰を切ったように流れ込んできた。

優しい両親と過ごしていた穏やかな日々。
婚約者となったノイマン伯爵家のギュンター・ノイマンと初めて顔を合わせ、人形みたいな女だと罵られた日。
魔力診断で、七色の魔力を持つ事が確認され、『巫女姫候補』として選ばれた日。
アンネリーゼの誕生日を祝う席で、婚約者だったギュンターと、彼と恋仲になっていたもう一人の巫女姫候補であったフローラ嬢から巫女姫にもノイマン伯爵夫人の座にも相応しくないと、婚約破棄を言い渡された日。
幼馴染みだったクレーデル伯爵家のルートヴィヒ・クレーデルと婚約し、彼が護衛騎士に任命された日。
そして、フォイルゲン王国の儀式を終え、クルツ公国へと向かう途中、何者かに襲われて、ルートヴィヒが命を落とした日。

次々と失くしていた記憶が蘇る。
あまりの情報量に、アンネリーゼは理解が追いつかずに顔を顰めた。

『わたくしがあなたの為にしてやれるのは、ここまでです。後は闇の力が遮っていて、わたくしの力を持ってしても、呼び覚ますことは出来ません。後はあなた次第………』

突然、嫋やかな女性の声がすぐ近くで聞こえた気がして、アンネリーゼははっと目を見開いた。

「あ、あなたは…………っ?」

アンネリーゼの問い掛けに答える声は一切なく、アンネリーゼの声だけが、水で満たされた空間の中で漂い続けるのだった。
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