呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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59.旅の途中

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「予定通り順調に進んでおりますので、明日の午前中にはクルツ公国へ入るかと思います」

二日目の夜、用意された宿の一室で休んでいたアンネリーゼの元にジークが報告にやってきた。

「そうですか………」

無機質な声に、一切表情を変えないジークの顔を見つめる。

男性の顔を見つめるなど、淑女の振る舞いとしてはあまりよろしくないことは分かっているのに、目を逸らすことが出来なかった。

「クルツに入れば、山道が続きますので本日は早めにお休みいただいた方がよろしいかと存じます。では、私はこれで…………」

美しい動作でお辞儀をすると、ジークはくるりとアンネリーゼに背を向けて部屋を出ていこうとした。

「待って!」

彼の背に向かって、思わずそう叫んでいた。
声を掛けたのは自分のはずなのに、アンネリーゼ自身が一番驚いていた。

「………何か?」

振り返ったジークの茶色い瞳にも、戸惑いの色が見て取れた。

「あ………あの…………少し、お茶を飲んでいかれませんか?」

用があって声を掛けたわけではないため、何と言えばいいのか必死で考えを巡らせて、ようやく出てきたのはそんな言葉だった。
それなのに、口に出してからアンネリーゼは盛大に後悔した。
お茶に誘って、どうしようというのだろう。
頬がみるみる紅潮していくのが分かって、余計に恥ずかしい。
壁際に控えたミアですらも目を瞠っているのが見えて、いたたまれない気持ちになった。

「ご、ごめんなさい………。わたくしったら…………」
「分かりました」
「え…………?」

いつの間にか扉に手をかけていたジークが、アンネリーゼの方へと向き直っていた。

「一杯だけ、ご馳走になりましょう」

微笑む訳でもなく、不機嫌そうにする訳でもない、感情の読めないジークは、今度ははっきりとそう告げた。
てっきり断られるものと思い込んでいたアンネリーゼは、急いでお茶の準備をするようにミアに指示を出した。


お茶の香りが立ち込める室内は、微妙な空気に包まれていた。
ジークは無言のままじっとアンネリーゼを見つめていて、アンネリーゼは少し目を伏せてぎゅっと両手を握りしめていた。

「………冷めないうちに、召し上がってください」

重たい沈黙に耐えきれなくなったアンネリーゼが促すと、ようやくジークはティーカップに手を伸ばす。
その指先は節くれだっていて、彼が長い間剣を握り続けてきた事を暗に語っていた。

「ジーク様は、お幾つなのですか?まだ、随分とお若いようですけれど………」

前護衛騎士であったルートヴィヒは、二十二歳だったそうだが、そもそも彼が護衛騎士に選ばれたのは、彼の実力もあるが、アンネリーゼの婚約者だったということが大きかったと聞く。
それと比べて、ジークは国王直々の推薦により護衛騎士に任命されたというから、完全に実力で選ばれたのだろう。その割にはまだ二十歳に届いていないように見える。

ジークは少し困ったように目を伏せた。
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