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58.クルツ公国へ
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隣国クルツ公国は、ヴァルツァー王国から百年程前に正式に独立した国で、国を治めるクルツ大公はゲルハルトの又従兄弟に当たる人物だ。
アンネリーゼを乗せた馬車は、ジークが率いる護衛騎士を伴って、そのクルツ公国へと向かっていた。
アンネリーゼは、身の回りの世話のためにと同行してくれたミアと二人馬車に揺られている。
ジークはその馬車のすぐ側を馬で並走していた。
アンネリーゼは走り去っていく窓の外の景色を眺めながらジークの事を思い浮かべた。
彼を初めて見たときの、あの気持ちは何だったのだろう。
胸がぎゅっと掴まれるような、それなのに心が浮足立つような、そんな気持ちだった。
交わした言葉はあの挨拶だけなのに、彼の声がどうしてか懐かしく感じるのも不思議だった。
彼の事を考えれば考えるほど、自分の中に湧き上がるもやもやとした気持ちと、拭えない違和感が募っていくのを抑えられずに、思わず嘆息した。
「………お嬢様?少し、お顔が赤いようですが………」
普段はよく喋るアンネリーゼの様子がおかしいことに気がついたのか、ミアが心配そうに声をかけてきた。
「え?………特に、体調は問題ないけれど………少し緊張しているから、かしら?」
まさかジークの事を考えていたなどとは言えず、アンネリーゼは曖昧な笑みを浮かべながら、誤魔化す。
「まだ、体調は万全ではないのですから…………」
「あら、何度も言っているじゃない。私の体は至って健康よ?ただ記憶がないだけだわ」
そう言って肩を竦めて見せると、再び窓の外に視線を移す。
と。
黒い愛馬に跨ったジークと、目が合った。
彼は無表情のまま、探るようにアンネリーゼの方を見ていた。
平凡な、けれど何処か影のあるジークの茶色い瞳がアンネリーゼの心を捕らえて、離さない。
どうしてなのか、頭で考えても全く答えは出てこず、どんどん胸が切なく疼くだけ。
それが気まずくて、アンネリーゼはふいっと顔を背けると、ぎゅっと目を強く瞑った。
「………お嬢様?」
「大丈夫よ。………でも、やはりわたくし、慣れない旅で少し疲れてきたのかもしれないわ。座っているだけでも大変なお仕事だということくらいは、分かっているつもりだもの」
それは、事実だった。いくら決まりとは言っても、馬車での長時間座っているのには、アンネリーゼが着用している純白のドレスを美しく見せるためのコルセットやパニエは、確実にアンネリーゼの体力を奪い去っていった。
アンネリーゼは小さく溜息をつくと、目を閉じたまま、ゆっくりと自嘲気味の笑みをうかべるのだった。
アンネリーゼを乗せた馬車は、ジークが率いる護衛騎士を伴って、そのクルツ公国へと向かっていた。
アンネリーゼは、身の回りの世話のためにと同行してくれたミアと二人馬車に揺られている。
ジークはその馬車のすぐ側を馬で並走していた。
アンネリーゼは走り去っていく窓の外の景色を眺めながらジークの事を思い浮かべた。
彼を初めて見たときの、あの気持ちは何だったのだろう。
胸がぎゅっと掴まれるような、それなのに心が浮足立つような、そんな気持ちだった。
交わした言葉はあの挨拶だけなのに、彼の声がどうしてか懐かしく感じるのも不思議だった。
彼の事を考えれば考えるほど、自分の中に湧き上がるもやもやとした気持ちと、拭えない違和感が募っていくのを抑えられずに、思わず嘆息した。
「………お嬢様?少し、お顔が赤いようですが………」
普段はよく喋るアンネリーゼの様子がおかしいことに気がついたのか、ミアが心配そうに声をかけてきた。
「え?………特に、体調は問題ないけれど………少し緊張しているから、かしら?」
まさかジークの事を考えていたなどとは言えず、アンネリーゼは曖昧な笑みを浮かべながら、誤魔化す。
「まだ、体調は万全ではないのですから…………」
「あら、何度も言っているじゃない。私の体は至って健康よ?ただ記憶がないだけだわ」
そう言って肩を竦めて見せると、再び窓の外に視線を移す。
と。
黒い愛馬に跨ったジークと、目が合った。
彼は無表情のまま、探るようにアンネリーゼの方を見ていた。
平凡な、けれど何処か影のあるジークの茶色い瞳がアンネリーゼの心を捕らえて、離さない。
どうしてなのか、頭で考えても全く答えは出てこず、どんどん胸が切なく疼くだけ。
それが気まずくて、アンネリーゼはふいっと顔を背けると、ぎゅっと目を強く瞑った。
「………お嬢様?」
「大丈夫よ。………でも、やはりわたくし、慣れない旅で少し疲れてきたのかもしれないわ。座っているだけでも大変なお仕事だということくらいは、分かっているつもりだもの」
それは、事実だった。いくら決まりとは言っても、馬車での長時間座っているのには、アンネリーゼが着用している純白のドレスを美しく見せるためのコルセットやパニエは、確実にアンネリーゼの体力を奪い去っていった。
アンネリーゼは小さく溜息をつくと、目を閉じたまま、ゆっくりと自嘲気味の笑みをうかべるのだった。
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