呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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54.緊張と不安

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とにかく、来月にはクルツに向かって出立しなければいけないということもあって、父の部屋から下がった後は、ミアに入浴の準備を頼んだ。

「…………はぁ………」

静かに吐息を漏らすと、アンネリーゼはゆっくりとお湯の中に体を沈めた。
じわりとお湯の熱さが肌に染みていく。

「お湯加減はいかがですか?」
「ありがとう。とても気持ちがいいわ」

張り詰めた神経が、解されていく。
思いの外緊張していたことに、アンネリーゼは驚いた。
ミアが気を利かせて入れてくれたらしい香油の甘く優しい香りを楽しみながら、ゆっくりと入浴を済ませると、湯上がりにミアがマッサージを施してくた。

「湯上がりにしてはあまり顔色が優れませんから、しっかりと温まって、血の巡りを良くしましょうね」
「………ミアは、何でもお見通しなのね」

ふふ、とアンネリーゼが笑みを零すと、ミアは安堵の表情を浮かべた。

「ようやく、笑われましたね。旦那様のお部屋から戻られてからずっと強ばった表情をされていたので…………」

ミアの指摘に、アンネリーゼははっとした。

「わたくし、そんなつもりはなかったのだけれど…………?」
「無意識だから、そうなったのですよ。………正直に申し上げますと、かなり思い詰めた様子に見えましたので心配だったのです」

そう言って、ミアはふわりと笑った。
彼女もまた、アンネリーゼに純粋な好意と優しさを向けてくれる一人に違いなかった。

「思い詰めていた訳ではないわ。ただ単純に、考え事をしていてだけだもの」
「あまり無理はしないでくださいね?」
「分かっているわ。この身は女神の加護を心待ちにしている人達のためのもの。傷つけないように、大切にしなくてはならないものね。出立までの間にしっかりと体調を整えておかないと、あちらに到着してから具合でも悪くなってしまったらそれこそ一大事になってしまうし………」
「お嬢様。お言葉ですが………そういう考え方が、ご自身を追い詰めてしまうのですよ」

半ば呆れたようにミアが笑う。

「でも、体調管理はともかく、お嬢様の身の安全をきちんと守るために、今度の旅にはとてもお強い護衛騎士がついてくださると旦那様が仰ってましたし、そう悪いことなど続きませんわ。…………女神様が、必ずやお嬢様を守ってくださいます!」

きっと、ミアなりにアンネリーゼを励まそうとしてくれているのだろう。

「そうね。ミアの言うとおりだわ」

アンネリーゼは穏やかな笑みを浮かべながら、顔をミアの言葉通り、もうこれ以上誰かが不幸になるようなことが起きないようにと心の中で、女神に願うのだった。
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