上 下
52 / 230

52.秘された事実(2)

しおりを挟む
「失礼致します、旦那様………?」

騒ぎを聞きつけた使用人が扉越しに声を掛けてきたことで、侯爵は我に返ったようだった。

「すまぬ、少し取り乱しただけだ。下がっていろ」

盛大に溜息をつくと、侯爵は休憩用のソファにアンネリーゼを座らせ、自身もその向かいに腰を降ろした。

「お前の言うとおりだ、アンネリーゼ。まだお前に話していない事実がある」

渋い表情を浮かべた侯爵は、光の加減のせいなのか、いつもよりも疲れているように見えた。

「もうずいぶん長いこと、わたくしの記憶は戻らないままです。ならばいっそ、過去を捨てて生きていかれるのならばと考えた事もありましたが………どうやらわたくしにはそれは難しそうです。お父様やお母様がわたくしの身を案じて下さっているのは重々承知しております。………でも、だからこそ、過去のわたくしに何があったのかを知っておいたほうがいいと思うのです」

穏やかな、しかしはっきりとした声をアンネリーゼは父に向けた。

「………分かった」

侯爵は、愛娘の表情に揺るぎないものを感じ、眩しそうに目を細めた。

「そこまでの気持ちがあるのならば、私も腹を括ろう。………アンネリーゼ。お前の婚約者はルートヴィヒ殿が初めてではない。その前に………ギュンター・ノイマンという男がお前の婚約者だった」

感情を押し殺したような、少し震える声が室内に響き渡る。

「ギュンター・ノイマン………」

その名を口にした途端、アンネリーゼの心がぴしりと音を立てた気がした。

「今は襲爵して、ノイマン伯爵を名乗る忌々しい男だ。奴の父は人の良い優れた人物で、私のかけがえのない友だった。その関係もあってお前と奴の婚約が結んだが………今になっては後悔しかない」

侯爵の荒々しい息遣いが、彼の怒りを物語っていた。
アンネリーゼは黙ったまま父の話に耳を傾ける。

「奴はお前という婚約者がありながら、クラネルト男爵令嬢と恋仲になり、大勢の前で………それもよりにもよってお前の誕生祝いとして開いた舞踏会の場で婚約破棄を言い渡した。巫女姫に選ばれるであろうクラネルト男爵令嬢こそが自分に相応しい婚約者だと言ってな………」
「婚約破棄…………?」

思いもよらない事実に、アンネリーゼは思わず息を呑んだ。

『もしかして、本当は巫女姫じゃないんじゃないですかぁ?』

悪意の籠もった、耳障りなフローラの声が耳元でこだましている。
あの時に彼女から向けられた感情が何だったのか、分かった気がした。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

英雄騎士様の褒賞になりました

マチバリ
恋愛
ドラゴンを倒した騎士リュートが願ったのは、王女セレンとの一夜だった。 騎士×王女の短いお話です。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ
恋愛
「ご挨拶申し上げます。わたくしフェルマー公爵の長女、アメリアと申します」 男性優位が常識のラッセル王国で、女でありながら次期当主になる為に日々頑張るアメリア。 最近は可愛い妹カトレアを思い、彼女と王太子の仲を取り持とうと奮闘するが…… あれ? 夢に見た恋愛ゲームと何か違う? ーーーーーーーーーーーーーー ※主人公は転生者ではありません。

処理中です...