呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

文字の大きさ
上 下
46 / 230

46.古い伝説

しおりを挟む
その日は、アンネリーゼはいつもより早く就寝した。

窓から覗く三日月は薄っすらと赤味がかっていて、美しさの中にも禍々しさを含んでいるような気がして、見えないように厚手のカーテンを降ろすと、窓の方に背を向ける。

息が詰まりそうなほどの静寂が室内に漂っていて、アンネリーゼはぎゅっと目を瞑るが、身体は疲れているのに、精神が精神が昂っているせいか、なかなか寝付けなかった。

「………駄目だわ………」

一時間ほど寝台に横たわってみたが、アンネリーゼに睡魔が襲ってくることは無かった。
仕方なく、寝台から降りるとテーブルの上に用意された燭台に炎魔法で小さな光を点すと、その机とセットで置かれているソファへと腰を降ろした。

薄暗い部屋をぐるりと見回すと、ふと机の上に無造作に置かれた例の本が自己主張を始める。

「この本…………」

アンネリーゼは徐に手を伸ばしてその本を手に取ってみた。
薄明かりのせいで文字どころか相手の顔すらとよく見えないような表示に刻まれた金字を、アンネリーゼは指で辿った。

「クラル………ヴァイン辺境伯領の、歴史書……………?」

その名前を口にした瞬間、大きく心臓が跳ねた。
美しい不協和音のような、妙な感覚に囚われた。

クラルヴァイン辺境伯とは、アンネリーゼを助けた人ではなかっただろうか。

「どうして…………?」

不安なような、嬉しいような、表現し難い感情が沸き起こってきて、アンネリーゼはじっと金の刻印を見つめた。

「その話、面白いですよね。とある地方の、古い伝説だそうですよ」

別れ際にダンの言った言葉が蘇ってきて、アンネリーゼはゆっくりと拍子を捲った。

そこに綴られていたのは、アンネリーゼと同じ巫女姫が、病で命を落とし、女神の加護が受けられなくなった時に、彼女の護衛騎士だったクラルヴァイン辺境伯の息子が、襲い来る魔物達と死闘を繰り広げるという壮大な物語だった。
しかし、その護衛騎士は強大な力を持つ魔女により呪いをかけられ、今もどこかを彷徨っていると書かれていた。

「巫女姫と、護衛騎士………」

たまたま目に留まったこの本に描かれていたのは、ただの偶然とは思えなかった。
それに、もう一つアンネリーゼの胸をざわつかせるものがあった。

それは、護衛騎士の絵姿。
黒い髪に金色の瞳の絶世の美男子。
それは、時折アンネリーゼの脳裏に浮かぶ謎の青年の持つ特徴と完全に一致していた。

「どうして、こんなに胸がざわつくのかしら………」

アンネリーゼは本を閉じると、その本を大切そうに、ぎゅっと抱き締めた。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...