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37.痛む心

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侯爵邸までの馬車の中で、無言のアンネリーゼを、モルゲンシュテルン侯爵は心配そうに眺めていた。

「あのような小童の言うことなど、気に病む必要などない。あれの父親であるクレーデル伯爵は、少なくともお前を責めてなどいないのだ。マルクスは、突然弟を失った事で出来た心の傷を、誰かのせいにしたいのだろう」

優しい声音でそれだけ告げると、モルゲンシュテルン侯爵はそれ以上何も言わなかった。

記憶がないことを、ぐずぐずと悩んでも仕方がないことは分かっている。
家族も、婚約者も、それに伴う思い出も何もかもが失われているという感覚は、まるで自分が空っぽになってしまったような、そんな空虚感がいつも胸の中にあるようだ。

「………お父様。以前のわたくしは、どんな性格だったのでしょうか」

窓を流れる景色を眺めながら、ぽつりとアンネリーゼが呟くと、侯爵はじっと娘を見つめた。

「言っただろう。………お前は変わらない。優しく穏やかな性格も、しっかりしているようで、少し無鉄砲なところがあるのも、変わらない」

噛みしめるようにそう呟くと、侯爵は柔らかな笑みを浮かべた。

「いつだって、お前は私の誇りだよ、アンネリーゼ」

優しい父の言葉に、アンネリーゼは静かに目を閉じた。



侯爵邸に戻ると、アンネリーゼは出迎えてくれた母に挨拶を済ませ、そのまま自室へと戻った。

「お帰りなさいませ、お嬢様」
「………ただいま、ミア。………少し、疲れてしまったみたいなの。着替えを手伝ってくれるかしら」

心と同じくらいに、体も重たかった。
心配そうなミアに、微笑みかける元気もないほどに、アンネリーゼの心はすり減っていた。

「随分と気落ちされていらっしゃるようですが、何か、嫌なことでもありましたか………?まさか、陛下に叱責されたとか………?」

不安げにミアが尋ねると、アンネリーゼは静かに首を振った。

「国王陛下はとてもお優しくて、慈悲深い方でいらっしゃったわ。でも………」

そこまで言うと、アンネリーゼは思わず溜息を溢してしまう。
考えないようにしたいのに、マルクスの言葉が、蘇ってはアンネリーゼの心に波紋を広げていく。

「お嬢様?」
「………なんでもないわ。ごめんなさい、暫くの間、一人にしてもらえるかしら?」

強張った笑顔を無理矢理浮かべてみせたたが、うまく笑えている気はしなかった。

そんなアンネリーゼの様子を、窓の外から一羽の大鷹がじっと見つめていることに気がつく者は、誰もいなかった。
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