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31.色褪せた日常(SIDE:ジークヴァルト)

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次々と舞い込む討伐命令を、ただひたすらこなしていくだけの日常。
それはあまりに当たり前で、それこそがジークヴァルトの生きる意味だった。

「………旦那様………」

魔獣のものか、己のものか分からないほどぐっしょりと血に濡れた騎士服を脱ぎ捨てるジークヴァルトを、従者のエルンストが心配そうに見つめていた。

「ここのところ、少し根を詰め過ぎているようですが………」

ジークヴァルトは、ぴくりとして手を止める。

「………問題ないだろ?それで死ねるわけじゃない」
「しかし………」

抑揚のない声で、ぽつりと呟く。
いっそ死ねたら、どんなに楽だろう。
どれだけ魔狼フェンリルの鋭い爪や牙で皮膚を切り裂かれ血を流しても、火竜サラマンダーの爆炎に焼き尽くされても、ジークヴァルトが死ぬことはない。
痛みも、苦しみも、ヒトと同じように感じるのに、どんなに死を望んだとしても、ジークヴァルトにはそれが許されない。

それが、辛いと感じることは今まで無かった。
この世に生を受けてから過ごしてきた、目眩がするほどに長い時間は、剣と魔法の腕を磨くのにはうってつけだったし、どれだけ傷ついても忽ち治癒する肉体はジークヴァルトにはどんなものにも優る鎧だった。

それなのに。

「………俺は少し疲れた。休みたいから下がっていろ」

少し苛立ったように、ジークヴァルトは美しい漆黒の髪をくしゃくしゃっと掻きむしると、エルンストに向かって命令した。

「………お食事は?ニーナにこちらまで運ばせますが………」
「いい。必要ない」
「しかし、もう何日も召し上がっていないのでは…………」
「いいから下がれ!」

怒りを、エルンストにぶつけるのは間違っているという事は分かっていた。
それでもジークヴァルトは湧き上がってくる感情を消化出来ず、つい大声を出してしまった。

「………御心のままに」

驚きと、戸惑いの入り混じった表情を浮かべながら、エルンストは一礼するとそそくさと退散していった。
その様子を眺めながら、ジークヴァルトは深い溜息をついた。

あの日、アンネリーゼに出会ってから、ジークヴァルトは変わった。
もう随分昔に凍りついた心がゆっくりと融解していくような、そんな感覚だった。

彼女の為に、彼女を手放すと決心し、忘却魔法を施し、『アンネリーゼの意識は混濁しており、自分と逢った事は覚えていないようだ』と嘘をついて彼女の父に身柄を引き渡したのは間違ってはいないはずだ。
それなのに、どうしてこんなにも日常の景色が色を失ったように見えるのだろう。

ジークヴァルトは、血が滲むほど強く、唇を噛み締めた。
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