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30.婚約者

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両親の心の中にも、様々な葛藤があるのだろう。
それでも、自分を慈しんでくれる二人に、アンネリーゼは感謝すると共に、何とも表現し難い罪悪感を覚えた。

「………わたくしの婚約者という方は………、わたくしのせいで殺されたのですか………?」

アンネリーゼが恐る恐る尋ねると、モルゲンシュテルン侯爵はゆっくりと首を振った。

「ルートヴィヒ殿が最期に一緒にいたのがお前だったということは事実なのだろうが、それを証明する術はない。それに、仮に………ルートヴィヒ殿が殺された現場にお前がいたのだとしても、彼がお前を守って、その結果命を落としたのか、それともはじめから何らかの理由で彼が狙われていたのかは分からない。………だが、いずれにしてもお前のせいで彼が絶命したと考える理由だと考えるには、短絡的だろう」

モルゲンシュテルン侯爵は、諭すように娘に語りかける。
確かに父の言っていることが正論であるというのは理解できた。
だが、アンネリーゼの心を苛むのは、それだけではない。

「でも…………将来を誓いあった方が、殺されたというのに、少しも思い出せないだなんて………ルートヴィヒ、様?はさぞかし悲しまれるでしょうね………」

アンネリーゼは、そう呟いて項垂れる。
顔どころか、その人の名前を口にしてみても、何も感じなかった。

「………記憶や想い出が無くとも、少しでも、お前がそうやって想ってくれれば、彼は喜ぶだろう」

父は慰めようとしてくれているのだろう。
だが、それでもアンネリーゼの気持ちは沈んでいく。
ほんの少しでも、彼の面影を拾おうとすればするほど、脳裏に金色の瞳が浮かんできて、不安な気持ちが押し寄せてくる。
彼が、

「………ルートヴィヒ様は金色の瞳をお持ちでしたか?」

アンネリーゼは、気になって仕方のない事を、思い切って父に尋ねた。

「いや、ルートヴィヒ殿は榛色の瞳に金髪の青年だ」
「………榛色………金色ではないのね…………」

アンネリーゼは噛みしめるように呟いた。
あの金色の瞳の男性がルートヴィヒでないとすると、『彼』は一体何者なのだろう。
どうして、ルートヴィヒに対しては申し訳無い気持ちが沸き起こるだけなのに、『彼』を思い浮かべようとするだけで、こんなにも気持ちがざわつくのだろう。

アナタハ、ダレ?

朧気な輪郭しか浮かんでこない『彼』に向かって、アンネリーゼは心の中で呼びかけた。

「金色の、瞳………」

そんなアンネリーゼの向かい側で、娘の言葉を繰り返すように小さく呟いたモルゲンシュテルン侯爵の顔が、僅かに、だが辛そうに歪んだ事に、考え込んでいるアンネリーゼが気がつくことはなかった。




※※※※※※

すみません、更新遅くなりました。
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