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29.失われた過去(2)
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覚悟を決めて聞いたこととはいえ、衝撃的な内容に、アンネリーゼは呆然とした。
「わたくしの、婚約者………?」
モルゲンシュテルン侯爵はゆっくりと頷いた。
両親が今までこの事実を自分に話そうとしなかった理由が、分かった気がした。
だが、婚約者がいたという事実も、その婚約者が遺体で見つかった………つまり死んでいるという事実も、自分の身に起きた事として受け止められない。
何故ならアンネリーゼには、その婚約者の名前も顔も、覚えていないのだから。
婚約者とは、どのような人だったのだろう。
一瞬、金色の瞳の彼の姿が脳裏を過ぎって、アンネリーゼは胸が締め付けられるような気がした。
「………ルートヴィヒ殿は、背中から心臓を一突きにされて、殺されていたという。そして、一緒にいた筈のお前は行方不明になった。………魔法の痕跡は見つからなかった為に賊に襲われたとの見方が強まっているが………貴族の中には、お前がルートヴィヒ殿を手に掛けて逃げたのではないかと噂する者もいる」
静かに、まるで物語を紡いでいくかのように、モルゲンシュテルン侯爵は娘に向かって厳しい現実を伝えていく。
侯爵の話を聞いた途端、アンネリーゼの心臓が、一際大きく跳ね上がった。
差し出された手。倒れた男。背中に刺さった剣の柄。
その三つが、まるで絵本の挿絵のように、脳裏に蘇る。
………イマノハ、ナニ?
アンネリーゼは一瞬驚いて、大袈裟なくらいの瞬きをした。
「あなた………っ!そこまでこの子に伝える必要はないのではありませんか?アンネリーゼは、記憶がないのですよ?」
侯爵夫人が、夫を非難するかのように声を上げた。
「エリザベート………お前も、アンネリーゼが巫女姫に選ばれた事を快く思っていない輩もいるという事は知っているだろう。………これ以上、アンネリーゼを療養と称して隠しておくことが難しくなった今、事実は事実として、アンネリーゼに伝えておくべきだ」
妻に対してそう告げたモルゲンシュテルン侯爵は、眉間に深い皺を刻む。
「それは………っ」
「お母様、お気遣い頂きありがとうございます。……でも、お父様の仰るとおりですわ。本当に、わたくしは大丈夫です」
アンネリーゼが少し他人行儀な口調で侯爵夫人の言葉を遮ると、侯爵夫人は悲しそうな表情を浮かべて押し黙った。
「………やはり、記憶は失っていても、お前は変わらぬのだな。………嬉しいよ、アンネリーゼ」
ほんの少しだけ、侯爵が表情を和らげたのだった。
「わたくしの、婚約者………?」
モルゲンシュテルン侯爵はゆっくりと頷いた。
両親が今までこの事実を自分に話そうとしなかった理由が、分かった気がした。
だが、婚約者がいたという事実も、その婚約者が遺体で見つかった………つまり死んでいるという事実も、自分の身に起きた事として受け止められない。
何故ならアンネリーゼには、その婚約者の名前も顔も、覚えていないのだから。
婚約者とは、どのような人だったのだろう。
一瞬、金色の瞳の彼の姿が脳裏を過ぎって、アンネリーゼは胸が締め付けられるような気がした。
「………ルートヴィヒ殿は、背中から心臓を一突きにされて、殺されていたという。そして、一緒にいた筈のお前は行方不明になった。………魔法の痕跡は見つからなかった為に賊に襲われたとの見方が強まっているが………貴族の中には、お前がルートヴィヒ殿を手に掛けて逃げたのではないかと噂する者もいる」
静かに、まるで物語を紡いでいくかのように、モルゲンシュテルン侯爵は娘に向かって厳しい現実を伝えていく。
侯爵の話を聞いた途端、アンネリーゼの心臓が、一際大きく跳ね上がった。
差し出された手。倒れた男。背中に刺さった剣の柄。
その三つが、まるで絵本の挿絵のように、脳裏に蘇る。
………イマノハ、ナニ?
アンネリーゼは一瞬驚いて、大袈裟なくらいの瞬きをした。
「あなた………っ!そこまでこの子に伝える必要はないのではありませんか?アンネリーゼは、記憶がないのですよ?」
侯爵夫人が、夫を非難するかのように声を上げた。
「エリザベート………お前も、アンネリーゼが巫女姫に選ばれた事を快く思っていない輩もいるという事は知っているだろう。………これ以上、アンネリーゼを療養と称して隠しておくことが難しくなった今、事実は事実として、アンネリーゼに伝えておくべきだ」
妻に対してそう告げたモルゲンシュテルン侯爵は、眉間に深い皺を刻む。
「それは………っ」
「お母様、お気遣い頂きありがとうございます。……でも、お父様の仰るとおりですわ。本当に、わたくしは大丈夫です」
アンネリーゼが少し他人行儀な口調で侯爵夫人の言葉を遮ると、侯爵夫人は悲しそうな表情を浮かべて押し黙った。
「………やはり、記憶は失っていても、お前は変わらぬのだな。………嬉しいよ、アンネリーゼ」
ほんの少しだけ、侯爵が表情を和らげたのだった。
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