呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

文字の大きさ
上 下
20 / 230

20.涙

しおりを挟む
「アンネリーゼ嬢?」

泣きそうなアンネリーゼに気がついたのか、ジークヴァルトが声をかけると、アンネリーゼは眉根を寄せた。

「…………っ」

何か答えなければと思うのに、口を開けば涙が溢れそうで顔を上げることすら出来なかった。

「………何か、気に障るようなことでもしてしまったでしょうか」

丁寧な言葉遣いが、余計に心の距離を感じさせる気がしてきた。
それでも、彼を困らせたくなくて、ゆっくりと首を横に振るとアンネリーゼは浅い呼吸を繰り返す。

「………記憶も戻らないのに、家族に逢うのが少し怖くなったのです」

思いついた中で一番もっともらしい嘘を口にすると、ジークヴァルトは「あぁ」と小さく呻いた。

「その点はモルゲンシュテルン侯爵も重々承知されていますから、心配いりませんよ」

不安そうに魔力の揺れるアンネリーゼを何とか安心させようとジークヴァルトが優しく声をかけるが、アンネリーゼは俯いたままだった。

「すぐに迎えがくるとは言っても、王都から我が領地まではどんなに急いでも三日は掛かりますから、それまでに心の準備をしておくといいでしょう」

そう告げたジークヴァルトは立ち上がるとアンネリーゼの前に来て、顔を覗き込んだ。
金色の、曇のない輝きがアンネリーゼを映し出す。
アンネリーゼは小さく息を呑んだあと、少し目を細めた。

冷たくするのなら、いっそのこと二度と顔を見たくなくなるように酷い言葉をぶつけてくれればいいのに、どうして気遣うような態度を見せるのだろう。優しくされたら、嫌いになどなれないではないか。
それが余計に苦しくて、アンネリーゼがぎゅっと目を瞑ると、その拍子に涙が零れた。

「………アンネリーゼ、嬢?」

ジークヴァルトが戸惑ったように声を上げる。
一番泣いている顔を見られたくない人に、見られてしまった。
その動揺で、次々に涙が溢れはじめる。

「ご………ごめんなさ………っ」

咄嗟に謝罪の言葉を口にするが、何に対して謝っているのか、自分でも分からなかった。

「………もしかして、俺のせいですか?」

突然泣き出したアンネリーゼに対して、困ったような声でジークヴァルトは呟くと、手を彷徨わせてから、恐る恐るアンネリーゼの肩を抱いた。

「……………っ」

アンネリーゼはふるふると首を振る。
自分でも気持ちの整理がつかなくて、苦しい気持ちも、どうして泣いているのも分からなかった。

窓の外では垂れ込めた雲までもが、涙を流すかのように、冷たい雨を降らせ始めたのだった。
しおりを挟む
感想 144

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...