呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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19.揺れ動く気持ち

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その日は、鉛色の重たい雲が低く垂れ込めていた。

「わたくしが、モルゲンシュテルン侯爵家の娘…………?」

突然、ジークヴァルトから呼び出されたアンネリーゼを待ち受けていたのは、身元が判明したという知らせだった。

「覚えてらっしゃらないとは思いますが………モルゲンシュテルン侯爵家は、数百年の歴史を持つ、我が国でも有数の、由緒正しい家柄ですから、何も心配することはありません」

アンネリーゼは、半ば呆然としながらジークヴァルトの説明を聞いていた。

「………僭越ながら私の方で既にお父上にはあなたを保護しているという知らせを出しておきました。侯爵殿も、必死にあなたを探していたのようでしたよ。………もう間もなく迎えが来るでしょう」

相変わらずの無表情で、ジークヴァルトがそう告げると、アンネリーゼは俯いた。
あまりにも突然の事に、事態がよく飲み込めないが、もうこの城にはいられなくなるということだけはよく理解ができた。

しかし、記憶をなくしてからずっと、自分がどこの誰なのか知りたいと思っていたはずなのに、ジークヴァルトからそれが伝えられても、少しも嬉しいという気持ちが湧き上がってこなかった。

それが何故なのか、アンネリーゼには分からない。
ただ胸の中が締め付けられるような、鈍い痛みがじわりと広がっていく。
それでも、手を尽くしてくれたジークヴァルトに対して失礼にならないようにと、無理矢理笑顔を浮かべたが、綺麗に笑えている自信がなかった。

「そう、ですか………」

何とか声を振り絞っても、出てきたのはたったそれだけの言葉。
アンネリーゼは、目を伏せるとぎゅっと両手でドレスの裾を握りしめた。

「良かったですね、これであなたはあるべき場所へと帰れますよ。もうこんな辺境の城に閉じこもっている必要は無くなります」

ジークヴァルトの、無慈悲なまでに冷たい声がアンネリーゼの心を貫いた気がした。

「わたくし…………」

じわりと、喉の奥に苦いものが込み上げてきて、アンネリーゼはそれを誤魔化そうと、何度も瞬きをした。

「これで、私の肩の荷も降ります」
「………っ」

今までの、優しいのに突き放すような態度ではなく、完全にアンネリーゼを突き放す言葉が、更に彼女を痛めつけた。

分かっていた、筈だった。
ジークヴァルトにとってアンネリーゼは行き倒れていたところを助けただけの『招かれざる客人』であって、それ以上の存在ではないという事を。
それなのに、ジークヴァルトに何を期待していたのだろう。

アンネリーゼは自分が酷く惨めに感じ、いたたまれなくてぎゅっと唇を噛み締めたのだった。
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