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8.温もり
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暫くすると、ジークヴァルトが部屋を訪ねてきた。
「過呼吸を起こして倒れたと聞きましたが、起き上がっていて大丈夫なのですか?」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございません。この通り、もう何ともありませんわ」
精一杯の笑顔を浮かべて答えて見せるアンネリーゼを、彼女の向かいのソファに座ったジークヴァルトは無表情のまま見つめていた。
「………ニーナから報告を受けました。何でも、倒れた際に悪夢を見たとか。………差支えなければ、詳しくお話を伺っても?」
真っ直ぐにアンネリーゼを見据える金色に煌めく瞳には何の感情も映らず、何人たりとも寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
「…………はい」
アンネリーゼは、体が強張るのを感じた。同時に、緊張のせいか指先が冷たくなっていく。
それでも覚悟を決めたかのように、ぎゅっと両手を強く握りしめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「わたくしを呼ぶ声がして、そちらを見ると金髪の男性がいたのです。彼に近づこうとした矢先、彼はわたくしの目の前で………殺されました。同時に、赤い目をした男性がわたくしを捕らえたのです。何とかその手を逃れて、必死に逃げて………気がつくと川の淵まで追い詰められておりました。逃げ場を失ったわたくしは、覚悟を決めて川へと飛び込んで………そこで目が醒めました」
なるべくあの情景を思い起こさないようにしているのに、体がまた小刻みに震えだす。
アンネリーゼは強く握りしめた手をゆっくりと両腕へと移動させ、震えを止めようと試みた。
「震えて、いるのですか?」
ジークヴァルトが呟くのと同時に、空気が動く気配がして顔を上げると、アンネリーゼのすぐ隣にジークヴァルトが腰を下ろした。
「クラルヴァイン辺境伯様………?」
アンネリーゼがジークヴァルトを呼ぶと、彼は無言のまま徐にアンネリーゼの体を抱き寄せた。
突然の出来事に、アンネリーゼは頭の中が真っ白になる。
体が密着して、服越しに彼の温もりが伝わって来るのを感じ、頬が熱くなる。
表情一つ動かさないジークヴァルトから、じわりと、体温とは別の何かが伝わってくるのをアンネリーゼは感じた。
アンネリーゼの心を鎮めるために、微量の魔力を送っているということに気がついたのは少し立ってからだった。
だが、婚約者でもない、ましてよく知りもしない異性に抱きすくめられるなどという事態を想定していなかったアンネリーゼは、ただ身を固くする他は無かった。
そんなアンネリーゼの様子をじっと窺っていたジークヴァルトが口を開いたのは、暫く経ってからだった。
「………どうやら、止まったようですね」
その言葉と同時に、密着していたジークヴァルトの体がすっと離れていく。ジークヴァルトに触れていた場所がすうっと冷たく感じて、アンネリーゼは寂しさを覚えた。
「あなたが見たのは、意識を失う直前の記憶でしょう。強い感情………特に恐怖に関しては、心だけでなく体に記憶が刻まれているという事も少なくありません。あなたの場合は、体の記憶が過呼吸の刺激により呼び覚まされたと考えるのが妥当でしょう」
ジークヴァルトは何事も無かったかのように向かい側の椅子に腰掛けると、抑揚のない声で淡々と説明を始めた。
「では、あれは………実際に起きてしまった事なのですね」
顔も思い出せない、息絶えた男性は一体何者だったのだろう。そして、あの赤い目の男は、何故自分を捕えようとしていたのだろう。
腕に絡み付く男の手の感触を思い出して、アンネリーゼは小さく身震いした。
「あなたの倒れていた場所から推察すると、あなたは隣国フォイルゲン、もしくはクルツの出身の可能性もあります。………何れにしても私の従者が今調査に向かっていますから、数日のうちにあなたの身元ははっきりするでしょう。それまでの辛抱ですので、くれぐれも無理はせずにゆっくりと休んでいてください」
そこまで告げるとジークヴァルトは立ち上がり、アンネリーゼに背を向ける。
優しいようで冷たい彼の態度に戸惑いながら、立ち去るジークヴァルトに向かってお礼の言葉を掛けたのだった。
「過呼吸を起こして倒れたと聞きましたが、起き上がっていて大丈夫なのですか?」
「はい。ご心配をお掛けして申し訳ございません。この通り、もう何ともありませんわ」
精一杯の笑顔を浮かべて答えて見せるアンネリーゼを、彼女の向かいのソファに座ったジークヴァルトは無表情のまま見つめていた。
「………ニーナから報告を受けました。何でも、倒れた際に悪夢を見たとか。………差支えなければ、詳しくお話を伺っても?」
真っ直ぐにアンネリーゼを見据える金色に煌めく瞳には何の感情も映らず、何人たりとも寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
「…………はい」
アンネリーゼは、体が強張るのを感じた。同時に、緊張のせいか指先が冷たくなっていく。
それでも覚悟を決めたかのように、ぎゅっと両手を強く握りしめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「わたくしを呼ぶ声がして、そちらを見ると金髪の男性がいたのです。彼に近づこうとした矢先、彼はわたくしの目の前で………殺されました。同時に、赤い目をした男性がわたくしを捕らえたのです。何とかその手を逃れて、必死に逃げて………気がつくと川の淵まで追い詰められておりました。逃げ場を失ったわたくしは、覚悟を決めて川へと飛び込んで………そこで目が醒めました」
なるべくあの情景を思い起こさないようにしているのに、体がまた小刻みに震えだす。
アンネリーゼは強く握りしめた手をゆっくりと両腕へと移動させ、震えを止めようと試みた。
「震えて、いるのですか?」
ジークヴァルトが呟くのと同時に、空気が動く気配がして顔を上げると、アンネリーゼのすぐ隣にジークヴァルトが腰を下ろした。
「クラルヴァイン辺境伯様………?」
アンネリーゼがジークヴァルトを呼ぶと、彼は無言のまま徐にアンネリーゼの体を抱き寄せた。
突然の出来事に、アンネリーゼは頭の中が真っ白になる。
体が密着して、服越しに彼の温もりが伝わって来るのを感じ、頬が熱くなる。
表情一つ動かさないジークヴァルトから、じわりと、体温とは別の何かが伝わってくるのをアンネリーゼは感じた。
アンネリーゼの心を鎮めるために、微量の魔力を送っているということに気がついたのは少し立ってからだった。
だが、婚約者でもない、ましてよく知りもしない異性に抱きすくめられるなどという事態を想定していなかったアンネリーゼは、ただ身を固くする他は無かった。
そんなアンネリーゼの様子をじっと窺っていたジークヴァルトが口を開いたのは、暫く経ってからだった。
「………どうやら、止まったようですね」
その言葉と同時に、密着していたジークヴァルトの体がすっと離れていく。ジークヴァルトに触れていた場所がすうっと冷たく感じて、アンネリーゼは寂しさを覚えた。
「あなたが見たのは、意識を失う直前の記憶でしょう。強い感情………特に恐怖に関しては、心だけでなく体に記憶が刻まれているという事も少なくありません。あなたの場合は、体の記憶が過呼吸の刺激により呼び覚まされたと考えるのが妥当でしょう」
ジークヴァルトは何事も無かったかのように向かい側の椅子に腰掛けると、抑揚のない声で淡々と説明を始めた。
「では、あれは………実際に起きてしまった事なのですね」
顔も思い出せない、息絶えた男性は一体何者だったのだろう。そして、あの赤い目の男は、何故自分を捕えようとしていたのだろう。
腕に絡み付く男の手の感触を思い出して、アンネリーゼは小さく身震いした。
「あなたの倒れていた場所から推察すると、あなたは隣国フォイルゲン、もしくはクルツの出身の可能性もあります。………何れにしても私の従者が今調査に向かっていますから、数日のうちにあなたの身元ははっきりするでしょう。それまでの辛抱ですので、くれぐれも無理はせずにゆっくりと休んでいてください」
そこまで告げるとジークヴァルトは立ち上がり、アンネリーゼに背を向ける。
優しいようで冷たい彼の態度に戸惑いながら、立ち去るジークヴァルトに向かってお礼の言葉を掛けたのだった。
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