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6.悪夢
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「アンネリーゼ」
誰かが自分を呼んでいるのに気が付いて、アンネリーゼは振り返った。
そこにいたのは、優しい笑顔を浮かべた金髪の若い男性だった。
「…………様」
アンネリーゼは彼の笑顔に応えるように微笑み返すと、彼の名前を呼ぶ。
しかし、確かに口にした筈の彼の名は、何故か声にはならなかった。
不思議に思いながらも、アンネリーゼに向かって差し出された彼の手を取ろうとして手を伸ばす。
だが、あと少しで届きそうになった時、彼の動きが止まった。
彼の顔を覗き込むが、どうしてか彼の顔は見えなかった。だが、彼の口元からは、おびただしい量の赤黒い血が溢れ出していた。
アンネリーゼは信じられない光景に、目を観開いた。
「…………様っ?いやぁ………っ!!」
アンネリーゼに向かって伸ばされた手が、彼の体が、力なくその場に崩れ落ちていく。それなのにアンネリーゼの声は、彼の名を囀ることはなかった。
「返事を………どうか、応えて下さい、…………様っ!」
倒れ伏した彼の元に駆け寄ろうとすると、背後から強い力で引っ張られた。
「離して下さいっ………!早く、…………様を………っ」
「そいつはもう死んだ。アンネリーゼ、もう諦めろ」
残酷な言葉をぶつける相手を、アンネリーゼは振り返り、睨みつけた。
やはり顔はぼやけて見えないが、血に飢えた獣のような、赤い瞳がギラギラとした鋭い光を帯びてアンネリーゼを見据えていた。
「治癒魔法を使います。お願いですから、離して下さい!」
「せめて苦しまなくても良いように、心臓を一突きにしてやったから、いくらお前の治癒魔法が優れているといっても、そいつは生き返らない。もうお前と結ばれることは無いんだよ。残念だなあ」
まるで親切心からのような口ぶりに、アンネリーゼは強い憤りを感じた。
「よくも………っ!あなたは人殺しです!」
「ふん。俺がそいつを殺したという証拠はない。お前自身だって、俺がそいつを殺した所は見ていないだろう?………それに、あの剣は魔力封じのまじないが施された特別製だからな。何人たりとも殺人犯を追うことが出来ないって訳さ。ははっ。警護が手薄になる機会を、ずっと狙っていた甲斐があったってもんだ。………アンネリーゼ、これでようやく、俺の望みが叶う」
アンネリーゼは、怒りと嫌悪で怖気が立つのを感じた。
「このような事………っ、お父様が黙ってはおりません!それに…………様だって………!」
「そんなもの、なんとでもなる」
アンネリーゼを舐め回すように眺めると、男はアンネリーゼの腰に手を伸ばそうとした。
一瞬、男の力が緩んだのを、アンネリーゼは見逃さなかった。
必死に身を捩ると、男に向かって目眩ましの光魔法を放ち、全力で走り出した。
早く、逃げなければ。助けを呼ばなければ。アンネリーゼは後ろを振り返ることもせずに夢中で駆けた。
「逃がすな!何としてでもアンネリーゼを捕らえるのだ………!とりあえず生きてさえいればいい!」
後ろから男の怒声が響くのを聞いて、アンネリーゼは恐怖心に襲われながらも足を動かし続ける。
深窓の令嬢であるアンネリーゼは、こんなにも必死に走ったことなど生まれて初めての事だった。
息が上がって、苦しい。脇腹も痛んでくるし、ドレスの裾が足に絡みついて、何度も転びそうになった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
いつの間にかアンネリーゼの目からは涙が溢れ出していた。その涙で、視界が霞む。
それでも走り続けたアンネリーゼは、いつの間にか、川の淵まで追い詰められていた。
後ろからは、男たちの声が聞こえてくる。
アンネリーゼは大きく肩で息をしながら、ぎゅっとドレスを握りしめ、覚悟を決めたように目を瞑ると、強く地面を蹴った。
そこで、アンネリーゼの意識はぷつりと途絶えた。
誰かが自分を呼んでいるのに気が付いて、アンネリーゼは振り返った。
そこにいたのは、優しい笑顔を浮かべた金髪の若い男性だった。
「…………様」
アンネリーゼは彼の笑顔に応えるように微笑み返すと、彼の名前を呼ぶ。
しかし、確かに口にした筈の彼の名は、何故か声にはならなかった。
不思議に思いながらも、アンネリーゼに向かって差し出された彼の手を取ろうとして手を伸ばす。
だが、あと少しで届きそうになった時、彼の動きが止まった。
彼の顔を覗き込むが、どうしてか彼の顔は見えなかった。だが、彼の口元からは、おびただしい量の赤黒い血が溢れ出していた。
アンネリーゼは信じられない光景に、目を観開いた。
「…………様っ?いやぁ………っ!!」
アンネリーゼに向かって伸ばされた手が、彼の体が、力なくその場に崩れ落ちていく。それなのにアンネリーゼの声は、彼の名を囀ることはなかった。
「返事を………どうか、応えて下さい、…………様っ!」
倒れ伏した彼の元に駆け寄ろうとすると、背後から強い力で引っ張られた。
「離して下さいっ………!早く、…………様を………っ」
「そいつはもう死んだ。アンネリーゼ、もう諦めろ」
残酷な言葉をぶつける相手を、アンネリーゼは振り返り、睨みつけた。
やはり顔はぼやけて見えないが、血に飢えた獣のような、赤い瞳がギラギラとした鋭い光を帯びてアンネリーゼを見据えていた。
「治癒魔法を使います。お願いですから、離して下さい!」
「せめて苦しまなくても良いように、心臓を一突きにしてやったから、いくらお前の治癒魔法が優れているといっても、そいつは生き返らない。もうお前と結ばれることは無いんだよ。残念だなあ」
まるで親切心からのような口ぶりに、アンネリーゼは強い憤りを感じた。
「よくも………っ!あなたは人殺しです!」
「ふん。俺がそいつを殺したという証拠はない。お前自身だって、俺がそいつを殺した所は見ていないだろう?………それに、あの剣は魔力封じのまじないが施された特別製だからな。何人たりとも殺人犯を追うことが出来ないって訳さ。ははっ。警護が手薄になる機会を、ずっと狙っていた甲斐があったってもんだ。………アンネリーゼ、これでようやく、俺の望みが叶う」
アンネリーゼは、怒りと嫌悪で怖気が立つのを感じた。
「このような事………っ、お父様が黙ってはおりません!それに…………様だって………!」
「そんなもの、なんとでもなる」
アンネリーゼを舐め回すように眺めると、男はアンネリーゼの腰に手を伸ばそうとした。
一瞬、男の力が緩んだのを、アンネリーゼは見逃さなかった。
必死に身を捩ると、男に向かって目眩ましの光魔法を放ち、全力で走り出した。
早く、逃げなければ。助けを呼ばなければ。アンネリーゼは後ろを振り返ることもせずに夢中で駆けた。
「逃がすな!何としてでもアンネリーゼを捕らえるのだ………!とりあえず生きてさえいればいい!」
後ろから男の怒声が響くのを聞いて、アンネリーゼは恐怖心に襲われながらも足を動かし続ける。
深窓の令嬢であるアンネリーゼは、こんなにも必死に走ったことなど生まれて初めての事だった。
息が上がって、苦しい。脇腹も痛んでくるし、ドレスの裾が足に絡みついて、何度も転びそうになった。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
いつの間にかアンネリーゼの目からは涙が溢れ出していた。その涙で、視界が霞む。
それでも走り続けたアンネリーゼは、いつの間にか、川の淵まで追い詰められていた。
後ろからは、男たちの声が聞こえてくる。
アンネリーゼは大きく肩で息をしながら、ぎゅっとドレスを握りしめ、覚悟を決めたように目を瞑ると、強く地面を蹴った。
そこで、アンネリーゼの意識はぷつりと途絶えた。
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