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4.知識と記憶
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侍女のニーナは記憶を失ったアンネリーゼの事を気の毒に思ったのか、とても良くしてくれた。
気さくな性格のニーナは、彼女の家が代々クラルヴァイン家に仕えてきたということ、現在城で働いている者達は同じようにクラルヴァイン家に忠誠を誓った家の者だということなどを教えてくれたり、辺境伯領の特産品がキャベツで、城の料理長が作るロールキャベツが絶品だという話まで聞かせてくれた。
アンネリーゼも自分の事をニーナに伝えたくて、何とか消えてしまった記憶を取り戻そうとするが、その度に激しい頭痛がアンネリーゼを襲った。
まるで彼女の肉体が、記憶を取り戻すことを拒絶しているかのようだった。
「旦那様がきっと手がかりを探して下さいますから、無理はしないで下さい」
ニーナはそう言って、アンネリーゼを励ましてくれた。
「見ず知らずの、出自も分からないわたくしに親切にしてくれてありがとう。この恩は、一生忘れないわ」
「そんな、大袈裟です。アンネリーゼ様は久しぶりにいらしたお客様ですもの。精一杯おもてなしをしたいのです」
何故か嬉しそうに、ニーナが微笑む。
「久しぶり?でも、クラルヴァイン家は立派な貴族でしょう?辺境伯ともなれば、王家からの信頼も篤いと思うのだけれど………?」
記憶喪失というのは不思議なもので、アンネリーゼ個人の情報がそっくりそのまま抜け落ちてしまっているだけで、言葉や生活に関する知識などは所々曖昧な部分はあるものの、きちんと覚えていた。
「それは、アンネリーゼ様の仰る通りなのですが………ただ………」
ニーナはそこまで言うと、はっとしたように口を噤んだ。
彼女はかなりお喋りが好きだ。それなのに、主であるジークヴァルトや、クラルヴァイン家についての話題は一切触れようとしなかった。
箝口令でも敷かれているのだろうかとアンネリーゼは思ったが、敢えてその話題を避けるニーナを困らせることはしたくなくて、アンネリーゼはそれ以上の追及は止めた。
アンネリーゼが目を覚ましてから三日が経っていたが、あの日以来、ジークヴァルトとは顔を合わせていない。おそらく忙しいのだろう。
ジークヴァルトの正確な年齢は知らないが、見た目から判断する限り、かなり若かった。おそらく二十歳前後だろう。
その年齢で辺境伯を任されているのだから、剣の腕も魔法の腕も相当なものだろうという事が伺えた。
………剣。
何とはなしにそのフレーズが頭に浮かんだ途端、アンネリーゼは言いしれない恐怖が襲ってくるのを感じた。
俄に呼吸が速くなり、体が小刻みに震え、まるで血液が逆流するようにくらくらとする。
指先が痺れて冷たくなり、アンネリーゼは目眩を覚えた。
(………何………?)
全身から冷や汗が吹き出し、苦しさのあまりアンネリーゼは思わず胸元を抑えて屈み込んだ。
「アンネリーゼ様?!」
アンネリーゼの異変に、ニーナが慌てて駆け寄ってくる。
「………っは………」
大丈夫だと、返事をしたいのに声が出なかった。
息をしているのに、息ができない。喘ぐように口を開くが、苦しさは増すばかりだった。
視界が霞み、そして段々と意識が遠くなっていく。
『逃がすな!何としてもアンネリーゼを捕らえるのだ………!』
ニーナの悲鳴が耳に届いているはずなのに、アンネリーゼが混濁する意識の中で聞いたのは恐ろしい男の怒声だった気がした。
気さくな性格のニーナは、彼女の家が代々クラルヴァイン家に仕えてきたということ、現在城で働いている者達は同じようにクラルヴァイン家に忠誠を誓った家の者だということなどを教えてくれたり、辺境伯領の特産品がキャベツで、城の料理長が作るロールキャベツが絶品だという話まで聞かせてくれた。
アンネリーゼも自分の事をニーナに伝えたくて、何とか消えてしまった記憶を取り戻そうとするが、その度に激しい頭痛がアンネリーゼを襲った。
まるで彼女の肉体が、記憶を取り戻すことを拒絶しているかのようだった。
「旦那様がきっと手がかりを探して下さいますから、無理はしないで下さい」
ニーナはそう言って、アンネリーゼを励ましてくれた。
「見ず知らずの、出自も分からないわたくしに親切にしてくれてありがとう。この恩は、一生忘れないわ」
「そんな、大袈裟です。アンネリーゼ様は久しぶりにいらしたお客様ですもの。精一杯おもてなしをしたいのです」
何故か嬉しそうに、ニーナが微笑む。
「久しぶり?でも、クラルヴァイン家は立派な貴族でしょう?辺境伯ともなれば、王家からの信頼も篤いと思うのだけれど………?」
記憶喪失というのは不思議なもので、アンネリーゼ個人の情報がそっくりそのまま抜け落ちてしまっているだけで、言葉や生活に関する知識などは所々曖昧な部分はあるものの、きちんと覚えていた。
「それは、アンネリーゼ様の仰る通りなのですが………ただ………」
ニーナはそこまで言うと、はっとしたように口を噤んだ。
彼女はかなりお喋りが好きだ。それなのに、主であるジークヴァルトや、クラルヴァイン家についての話題は一切触れようとしなかった。
箝口令でも敷かれているのだろうかとアンネリーゼは思ったが、敢えてその話題を避けるニーナを困らせることはしたくなくて、アンネリーゼはそれ以上の追及は止めた。
アンネリーゼが目を覚ましてから三日が経っていたが、あの日以来、ジークヴァルトとは顔を合わせていない。おそらく忙しいのだろう。
ジークヴァルトの正確な年齢は知らないが、見た目から判断する限り、かなり若かった。おそらく二十歳前後だろう。
その年齢で辺境伯を任されているのだから、剣の腕も魔法の腕も相当なものだろうという事が伺えた。
………剣。
何とはなしにそのフレーズが頭に浮かんだ途端、アンネリーゼは言いしれない恐怖が襲ってくるのを感じた。
俄に呼吸が速くなり、体が小刻みに震え、まるで血液が逆流するようにくらくらとする。
指先が痺れて冷たくなり、アンネリーゼは目眩を覚えた。
(………何………?)
全身から冷や汗が吹き出し、苦しさのあまりアンネリーゼは思わず胸元を抑えて屈み込んだ。
「アンネリーゼ様?!」
アンネリーゼの異変に、ニーナが慌てて駆け寄ってくる。
「………っは………」
大丈夫だと、返事をしたいのに声が出なかった。
息をしているのに、息ができない。喘ぐように口を開くが、苦しさは増すばかりだった。
視界が霞み、そして段々と意識が遠くなっていく。
『逃がすな!何としてもアンネリーゼを捕らえるのだ………!』
ニーナの悲鳴が耳に届いているはずなのに、アンネリーゼが混濁する意識の中で聞いたのは恐ろしい男の怒声だった気がした。
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