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2.極北の公爵領
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それから僅かニ週間後。
私は侍女のエブリンと共に、極北の公爵領へと向かう馬車に揺られていた。
王都のスピラエラ伯爵家を出発して早五日。既に公爵領には入っているけれど、公爵領の城下町であるイースボルという街までは、もう少しかかるらしい。
北に進むにつれて、段々と道は険しく、そして天気は悪くなっていく。
まだお昼前だというのに、まるで夕闇に包まれたような暗さだ。それに、街道の両脇には木々が鬱蒼と生い茂っているせいで余計に暗く感じてしまう。
極北の地は、一年の大半が厚いねずみ色の雲に覆われ、作物は殆ど育たない、雪と氷に閉ざされた冬の国と言っても過言ではない。
おそらく温暖な王都で生まれ育った私には、過酷な環境だろう。大急ぎで仕立てた厚手のドレスやコートを詰め込んできたけれど、足りるかしら?
ダメなら自分の加護魔法で寒さから身を守るしかないわ。
「ねえ見て、エブリン。窓がこんなに曇っているわ。外はよほど寒いのね」
「お嬢様の加護魔法のお陰で、寒さは感じませんけどね」
馬車の中と、外気の温度差で窓が曇っているようだ。
よく見ると、薄暗い景色の中を白いものがちらちらと舞っている。
「まあ、雪だわ!」
私は思わず叫んだ。少しはしたなかったかしら。生まれて初めて見る雪に、思わず興奮してしまったわ。
「本当に白いのね。ふわふわと風に舞って、まるで白い花びらみたいだわ」
「お嬢様、あまりはしゃがないでくださいね。馬車が揺れます」
「あら、馬車が揺れるのは私のせいではなくて、この道のせいよ?」
極北の地では、資源の入手も非常に大変だと聞く。
凍った湖から切り出した氷はエルヴァリグル各地に運ばれ、食品を保存しておくための保冷剤などで重宝される特産品だけれど、それ以外は、大量に生えている木を使った薪や、建材などくらいしか資源がない。
さぞかし領民の暮らしは厳しいのだろう。
公爵様も、魔物討伐ばかりに精を出していないで、領地にもっと目を向けるべきだわ。
人嫌いの最恐将軍に進言をしても無駄なのかもしれませんけれど、領主である以上は責務は果たしていただきたいわよね。
「だいぶ森が開けてきましたね。ここが極北の街イースボルですか?」
「おそらくそうだと思うわ。思ったより活気がありそうね」
馬車が街を囲んでいる城壁をくぐると、整然とした街並みと美しく敷き詰められたレンガの道が目に飛び込んできた。その道沿いには色とりどりの家や店が立ち並び、かなりの人で賑わっていた。
「なんだか、想像していたところと少し違ったみたい。これじゃあ王都とあまり変わらないように見えるわね」
「私もお嬢様に同感です……」
エブリンは少し安心したようだった。彼女は私の乳母の娘。幼い頃から一緒に育っているせいか、本当に気が合う。
突然決まった私の結婚にはとても驚いていたけれど、他の侍女達が嫌がったこの公爵領行きにも、当然のように付いて来てくれたありがたい存在。
今まで結婚から逃げてきた私に言う権利なんてないと思うけれど、エブリンにもそろそろいい人が現れないかな、なんて思っている。
「公爵様の居城は、この城下町を抜けた先よね」
「……まさか、あちらに見える巨大な建物ではないですよね?」
「……ええ。それは私も同じ事を考えていたわ」
城下町の先に見えているのは、重厚な造りの、まるで魔王か悪魔の住まう城かと思うような出で立ちの建物だった。
………お城の上空にだけ、真っ黒に渦を巻いた雲がかかり、お城の尖塔付近には雷光が見えるのは、きっと私の頭の中のイメージが見せた幻覚、なのですよね?
私は侍女のエブリンと共に、極北の公爵領へと向かう馬車に揺られていた。
王都のスピラエラ伯爵家を出発して早五日。既に公爵領には入っているけれど、公爵領の城下町であるイースボルという街までは、もう少しかかるらしい。
北に進むにつれて、段々と道は険しく、そして天気は悪くなっていく。
まだお昼前だというのに、まるで夕闇に包まれたような暗さだ。それに、街道の両脇には木々が鬱蒼と生い茂っているせいで余計に暗く感じてしまう。
極北の地は、一年の大半が厚いねずみ色の雲に覆われ、作物は殆ど育たない、雪と氷に閉ざされた冬の国と言っても過言ではない。
おそらく温暖な王都で生まれ育った私には、過酷な環境だろう。大急ぎで仕立てた厚手のドレスやコートを詰め込んできたけれど、足りるかしら?
ダメなら自分の加護魔法で寒さから身を守るしかないわ。
「ねえ見て、エブリン。窓がこんなに曇っているわ。外はよほど寒いのね」
「お嬢様の加護魔法のお陰で、寒さは感じませんけどね」
馬車の中と、外気の温度差で窓が曇っているようだ。
よく見ると、薄暗い景色の中を白いものがちらちらと舞っている。
「まあ、雪だわ!」
私は思わず叫んだ。少しはしたなかったかしら。生まれて初めて見る雪に、思わず興奮してしまったわ。
「本当に白いのね。ふわふわと風に舞って、まるで白い花びらみたいだわ」
「お嬢様、あまりはしゃがないでくださいね。馬車が揺れます」
「あら、馬車が揺れるのは私のせいではなくて、この道のせいよ?」
極北の地では、資源の入手も非常に大変だと聞く。
凍った湖から切り出した氷はエルヴァリグル各地に運ばれ、食品を保存しておくための保冷剤などで重宝される特産品だけれど、それ以外は、大量に生えている木を使った薪や、建材などくらいしか資源がない。
さぞかし領民の暮らしは厳しいのだろう。
公爵様も、魔物討伐ばかりに精を出していないで、領地にもっと目を向けるべきだわ。
人嫌いの最恐将軍に進言をしても無駄なのかもしれませんけれど、領主である以上は責務は果たしていただきたいわよね。
「だいぶ森が開けてきましたね。ここが極北の街イースボルですか?」
「おそらくそうだと思うわ。思ったより活気がありそうね」
馬車が街を囲んでいる城壁をくぐると、整然とした街並みと美しく敷き詰められたレンガの道が目に飛び込んできた。その道沿いには色とりどりの家や店が立ち並び、かなりの人で賑わっていた。
「なんだか、想像していたところと少し違ったみたい。これじゃあ王都とあまり変わらないように見えるわね」
「私もお嬢様に同感です……」
エブリンは少し安心したようだった。彼女は私の乳母の娘。幼い頃から一緒に育っているせいか、本当に気が合う。
突然決まった私の結婚にはとても驚いていたけれど、他の侍女達が嫌がったこの公爵領行きにも、当然のように付いて来てくれたありがたい存在。
今まで結婚から逃げてきた私に言う権利なんてないと思うけれど、エブリンにもそろそろいい人が現れないかな、なんて思っている。
「公爵様の居城は、この城下町を抜けた先よね」
「……まさか、あちらに見える巨大な建物ではないですよね?」
「……ええ。それは私も同じ事を考えていたわ」
城下町の先に見えているのは、重厚な造りの、まるで魔王か悪魔の住まう城かと思うような出で立ちの建物だった。
………お城の上空にだけ、真っ黒に渦を巻いた雲がかかり、お城の尖塔付近には雷光が見えるのは、きっと私の頭の中のイメージが見せた幻覚、なのですよね?
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