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番外編
待望の知らせ(6)
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リディア達が退出したのを見計らうと、エドアルドはごほん、と大きく咳払いをした。
「………全く、あの者たちは………」
呆れているというよりも、いたずらが見つかり、不貞腐れている少年のような表情に、クラリーチェは笑った。
「皆、それだけ心配をしてくれているのでしょう」
穏やかに微笑むその姿は、既に母なる女神のような神々しさを纏っていた。
エドアルドもクラリーチェにつられるように頬を緩めると、そっとクラリーチェ髪に触れた。
「気分が悪いのだろう?…………私が代わってやれれば良いのだが…………」
柔らかい、銀糸のような髪を一房掬い上げると、そっと口づけを落とした。
「そんな………。エドアルド様のお体に何かあれば、それこそ大事です。冗談でもそのような事を仰っしゃらないで下さい」
クラリーチェは悲しげに微笑んだ。
「あなたがそう感じるのと同じように、私も心配をしているのだ。………心配しか出来ないという事が、腹立たしくて仕方がない位にな」
やや短く溜息をつくと、じっとクラリーチェを見つめた。
「………政務のことは、気にしなくていい。暫くは私とラファエロ達で分担する。だから、あなたは元気な子を産むことを一番に考えてくれ」
クラリーチェを安心させようとしているのだろう。
エドアルドはいつになく真剣な表情をクラリーチェへと向けた。
クラリーチェもそんな彼に応えるように、ゆっくりと頷く。
しかし、クラリーチェの心には不安もあった。
自分には、母の記憶はない。
母、というとどうしても『育ての親』である乳母か、伯母のトゥーリ伯爵夫人が頭に浮かんでくる。
クラリーチェの記憶の中で一度だけ、従妹のデボラが羨ましくて、彼女と同じようにトゥーリ伯爵夫人に『お母様』と呼びかけたことがあった。
トゥーリ伯爵夫人は、クラリーチェを振り返り、憎しみと怒りを込めた目で睨み付けてきた。
まだ年端もいかぬクラリーチェにも、それは絶対に口にしてはいけない言葉なのだと思えるようなその表情は、今も決して忘れる事は出来ない。
そんな母の愛を知らずに育った自分が、本当に母になれるのだろうか。
きちんと生まれてくる子に愛情を注ぐことが出来るのだろうか。
クラリーチェは無意識に、腹部へと手を当てた。
「………分かっていても、不安なのです。親に育てられていない私が、本当に母になれるのか………」
するとエドアルドはそっと、クラリーチェの手の上に己の手を重ねた。
「実の親がいないからといって、子に愛情が持てないとはならないだろう。子に見向きもしない親もいるからな」
澄んだ水色の瞳が、真っ直ぐにクラリーチェを捉えた。
クラリーチェはエドアルドの言葉にはっとする。
エドアルドは、政も、我が子も顧みずに淫行に耽った自らの父である先王・フィリッポの事を言っているのだろう。
分かりやすい例えに、クラリーチェは再び頷く。
「………確かに、エドアルド様の仰ることは尤もだと思います」
すると、エドアルドは優しく微笑んだ。
「………ならば、何も不安に思うことはない。あなたなら間違いなく、愛情深い、素晴らしい母親になるに決まっているからな」
エドアルドは何故か、自信満々にそう言ってのけた。
何の根拠もないのに、エドアルドにそう言われると、不安が和らいで実際にそうなれるような気がしてくるから不思議だ。
「………そう、なりたいです」
クラリーチェがふわりと微笑むと、エドアルドは彼女を励ますようにまた頷いた。
腹に手を当てていても、当然まだ子供の存在は感じられない。
それでも自らの胎内で芽吹いた新しい生命に想いを寄せながら、クラリーチェはゆっくりと目を閉じると、エドアルドの肩へと頭を凭れた。
「………全く、あの者たちは………」
呆れているというよりも、いたずらが見つかり、不貞腐れている少年のような表情に、クラリーチェは笑った。
「皆、それだけ心配をしてくれているのでしょう」
穏やかに微笑むその姿は、既に母なる女神のような神々しさを纏っていた。
エドアルドもクラリーチェにつられるように頬を緩めると、そっとクラリーチェ髪に触れた。
「気分が悪いのだろう?…………私が代わってやれれば良いのだが…………」
柔らかい、銀糸のような髪を一房掬い上げると、そっと口づけを落とした。
「そんな………。エドアルド様のお体に何かあれば、それこそ大事です。冗談でもそのような事を仰っしゃらないで下さい」
クラリーチェは悲しげに微笑んだ。
「あなたがそう感じるのと同じように、私も心配をしているのだ。………心配しか出来ないという事が、腹立たしくて仕方がない位にな」
やや短く溜息をつくと、じっとクラリーチェを見つめた。
「………政務のことは、気にしなくていい。暫くは私とラファエロ達で分担する。だから、あなたは元気な子を産むことを一番に考えてくれ」
クラリーチェを安心させようとしているのだろう。
エドアルドはいつになく真剣な表情をクラリーチェへと向けた。
クラリーチェもそんな彼に応えるように、ゆっくりと頷く。
しかし、クラリーチェの心には不安もあった。
自分には、母の記憶はない。
母、というとどうしても『育ての親』である乳母か、伯母のトゥーリ伯爵夫人が頭に浮かんでくる。
クラリーチェの記憶の中で一度だけ、従妹のデボラが羨ましくて、彼女と同じようにトゥーリ伯爵夫人に『お母様』と呼びかけたことがあった。
トゥーリ伯爵夫人は、クラリーチェを振り返り、憎しみと怒りを込めた目で睨み付けてきた。
まだ年端もいかぬクラリーチェにも、それは絶対に口にしてはいけない言葉なのだと思えるようなその表情は、今も決して忘れる事は出来ない。
そんな母の愛を知らずに育った自分が、本当に母になれるのだろうか。
きちんと生まれてくる子に愛情を注ぐことが出来るのだろうか。
クラリーチェは無意識に、腹部へと手を当てた。
「………分かっていても、不安なのです。親に育てられていない私が、本当に母になれるのか………」
するとエドアルドはそっと、クラリーチェの手の上に己の手を重ねた。
「実の親がいないからといって、子に愛情が持てないとはならないだろう。子に見向きもしない親もいるからな」
澄んだ水色の瞳が、真っ直ぐにクラリーチェを捉えた。
クラリーチェはエドアルドの言葉にはっとする。
エドアルドは、政も、我が子も顧みずに淫行に耽った自らの父である先王・フィリッポの事を言っているのだろう。
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「………確かに、エドアルド様の仰ることは尤もだと思います」
すると、エドアルドは優しく微笑んだ。
「………ならば、何も不安に思うことはない。あなたなら間違いなく、愛情深い、素晴らしい母親になるに決まっているからな」
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何の根拠もないのに、エドアルドにそう言われると、不安が和らいで実際にそうなれるような気がしてくるから不思議だ。
「………そう、なりたいです」
クラリーチェがふわりと微笑むと、エドアルドは彼女を励ますようにまた頷いた。
腹に手を当てていても、当然まだ子供の存在は感じられない。
それでも自らの胎内で芽吹いた新しい生命に想いを寄せながら、クラリーチェはゆっくりと目を閉じると、エドアルドの肩へと頭を凭れた。
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