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番外編
騎士団長の恋愛事情(35)
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これは、夢だろうか。
ダンテは心の底からそう思った。
もし夢だとしたら、随分と都合のいい、甘くて優しい夢だ。
オズヴァルド国王夫妻主催の舞踏会に護衛としてではなく、招待客として参加できるだけでもこの上ない栄誉だというのに、淡い黄色のドレスで着飾ったアンナが、自分を探してくれるなど、夢でなければありえない。
目の前に佇む春に咲く花の精かと思うようなアンナの可憐さに、ダンテは文字通り頭が真っ白になった。
何とか褒め言葉を口にしたが、次に何を言えばいいのか分からない。
会場は楽団の奏でる優雅な音楽も人々のさざめきも一切耳に入って来なかった。
ただアンナの声だけが、まるでこの世で唯一の音であるかのように、静寂の中で響くようだった。
「ダンテ様も………その、いつもより更に素敵です」
頬を染めながらそう呟く彼女に、全身の血液が沸騰したような喜びと興奮を感じた。
都合のいい夢は、幸せな幻聴でさえも聞かせてくれるらしかった。
この幸せな夢に、一時だけであれば、自分の心のままに振る舞ってもいいだろうか。
ダンテは迷いながらも、おそるおそるアンナに向かって頭を下げた。
「…………麗しいご令嬢、もし私の願いを聞き入れて下さるのなら…………一曲お相手願えますか?」
「え…………?」
流石にアンナも驚いたようだった。
彼女にとっては生まれて初めての舞踏会で、これが生まれて初めて人前で披露するダンスになるのだから。
「ダンテ様…………っ」
アンナは何故か少し涙ぐんでいるように見えた。
「…………嫌か?」
真っ直ぐにアンナに向けた栗色の瞳を不安げに揺らすと、アンナの榛色の瞳が驚いたように見開かれた。
「と、とんでもありません!まさか、ダンテ様にお誘い頂けるなんて思ってもみなかったので………少し驚いていただけです」
どこか恥ずかしそうにしながらも、再びふわりと微笑んでゆっくりとダンテの手のひらの上に手を載せた。
「………ずっと見ていたいような、夢だな………」
思わずそんな言葉が口から零れ出ると、アンナは一瞬きょとんとして、それからふわりと微笑んだ。
メヌエットが流れ始めたのを見計らい、ホールへと彼女を導く。
ダンテ自身も、近衛騎士団長という仕事柄舞踏会の際は警備にあたることが殆どであるため、ダンスを披露するのは久しぶりの事だった。
感覚が鈍って粗相をするのではないかと些か不安だったが、自分の腕の中にアンナがいるのを見るだけで、そんな考えすら吹き飛んでしまう。
「舞踏会は、随分と素敵な夢を見せてくれるのですね」
不意に、アンナがそう呟いた。
先程ダンテが零した言葉を、思い出したのだろうか。
ダンテはうっすらと笑みを浮かべると、頷いた。
「ああ、そのようだ」
もし叶うならば、この幸福な夢がずっと醒めませんように。
微笑みながら踊る二人は、同時に心の中でそう祈ったのだった。
ダンテは心の底からそう思った。
もし夢だとしたら、随分と都合のいい、甘くて優しい夢だ。
オズヴァルド国王夫妻主催の舞踏会に護衛としてではなく、招待客として参加できるだけでもこの上ない栄誉だというのに、淡い黄色のドレスで着飾ったアンナが、自分を探してくれるなど、夢でなければありえない。
目の前に佇む春に咲く花の精かと思うようなアンナの可憐さに、ダンテは文字通り頭が真っ白になった。
何とか褒め言葉を口にしたが、次に何を言えばいいのか分からない。
会場は楽団の奏でる優雅な音楽も人々のさざめきも一切耳に入って来なかった。
ただアンナの声だけが、まるでこの世で唯一の音であるかのように、静寂の中で響くようだった。
「ダンテ様も………その、いつもより更に素敵です」
頬を染めながらそう呟く彼女に、全身の血液が沸騰したような喜びと興奮を感じた。
都合のいい夢は、幸せな幻聴でさえも聞かせてくれるらしかった。
この幸せな夢に、一時だけであれば、自分の心のままに振る舞ってもいいだろうか。
ダンテは迷いながらも、おそるおそるアンナに向かって頭を下げた。
「…………麗しいご令嬢、もし私の願いを聞き入れて下さるのなら…………一曲お相手願えますか?」
「え…………?」
流石にアンナも驚いたようだった。
彼女にとっては生まれて初めての舞踏会で、これが生まれて初めて人前で披露するダンスになるのだから。
「ダンテ様…………っ」
アンナは何故か少し涙ぐんでいるように見えた。
「…………嫌か?」
真っ直ぐにアンナに向けた栗色の瞳を不安げに揺らすと、アンナの榛色の瞳が驚いたように見開かれた。
「と、とんでもありません!まさか、ダンテ様にお誘い頂けるなんて思ってもみなかったので………少し驚いていただけです」
どこか恥ずかしそうにしながらも、再びふわりと微笑んでゆっくりとダンテの手のひらの上に手を載せた。
「………ずっと見ていたいような、夢だな………」
思わずそんな言葉が口から零れ出ると、アンナは一瞬きょとんとして、それからふわりと微笑んだ。
メヌエットが流れ始めたのを見計らい、ホールへと彼女を導く。
ダンテ自身も、近衛騎士団長という仕事柄舞踏会の際は警備にあたることが殆どであるため、ダンスを披露するのは久しぶりの事だった。
感覚が鈍って粗相をするのではないかと些か不安だったが、自分の腕の中にアンナがいるのを見るだけで、そんな考えすら吹き飛んでしまう。
「舞踏会は、随分と素敵な夢を見せてくれるのですね」
不意に、アンナがそう呟いた。
先程ダンテが零した言葉を、思い出したのだろうか。
ダンテはうっすらと笑みを浮かべると、頷いた。
「ああ、そのようだ」
もし叶うならば、この幸福な夢がずっと醒めませんように。
微笑みながら踊る二人は、同時に心の中でそう祈ったのだった。
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