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番外編
騎士団長の恋愛事情(29)
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それから着々と準備は進み、あっという間に視察旅行へと出発する日を迎えた。
結局アンナとは落ち着いて会話をすることは出来ず、「よろしくお願いします」程度の挨拶と、他愛ない会話を交わした程度だった。
馬車の中でリディアと楽しそうに談笑するアンナを目で追いながら、ダンテはもやもやとする気持ちを振り払うように髪を掻き毟る。
視察旅行の間中、こんな気持ちを抱えて過ごすなど、拷問のように思えた。
「団長様、最近元気がないようですけれど………、どこかお加減でも悪いのですか?」
その日の宿として立ち寄った貴族の別邸で、饗しを受けた後、気晴らしの為に夜風に当たろうとしたダンテに、アンナが心配そうに声を掛けてきた。
「いや?私は至って元気だ。生まれて此の方、病気など一度も患ったことはないんだ」
「そう、ですか………。何ともないのなら、いいんですけれど…………」
ダンテはそう言って笑うアンナの様子がいつもと違うことに気がついた。
明るい筈の笑顔には力がなく、覇気がない。
ダンテに元気がないと言うアンナの方が、余程元気がないように見えた。
「………君の方こそ元気がないように見えるが、無理をしているのではないのか?」
「ええと………、多分、初めての長旅で疲れたせいだと思います………」
やはり萎れた笑顔を浮かべるアンナの表情は、笑っているのに悲しそうだった。
以前は、こんな笑い方はしなかった筈だ。
一体何が彼女にこのような顔をさせるのだろうかと考えを巡らせると、切なく胸が疼いた。
この腕の中にアンナを閉じ込めて、守ってやれればいいのにと考えていると無意識のうちに彼女の、ふっくらとした頬に手が伸びた。
「えっ………っ?!」
アンナは驚いて、大きく目を見開いた。
ダンテの節くれだった大きな掌が、アンナの頬を優しく包み込んだのだ。
アンナは顔を真っ赤に染めて、硬直した。
その反応に、我に返ったダンテが慌てて手を引っ込めた。
「す、すまない!何だか落ち込んでいるように見えたから、つい………。その、リディアにするのと同じように慰めようと…………!」
咄嗟に尤もらしい言い訳をした途端に、またアンナの表情が曇った。
「………そう、ですよね………。騎士団長様にとっては、私はリディアさんと同じような、妹みたいな存在ですよね…………っ」
何か傷付けるような事を言ってしまったのだろうか。
ダンテは急に不安になり、じっとアンナを見つめる。
「………慰めてくださって、ありがとうございます。………じゃあ、私そろそろ部屋に戻りますね」
「あ…………っ」
アンナはあっという間に走ってその場を立ち去ってしまった。
だがその時垣間見えた、まるで今にも泣き出しそうなのを、必死にこらえているようなアンナの表情が、ダンテには忘れられなかった。
結局アンナとは落ち着いて会話をすることは出来ず、「よろしくお願いします」程度の挨拶と、他愛ない会話を交わした程度だった。
馬車の中でリディアと楽しそうに談笑するアンナを目で追いながら、ダンテはもやもやとする気持ちを振り払うように髪を掻き毟る。
視察旅行の間中、こんな気持ちを抱えて過ごすなど、拷問のように思えた。
「団長様、最近元気がないようですけれど………、どこかお加減でも悪いのですか?」
その日の宿として立ち寄った貴族の別邸で、饗しを受けた後、気晴らしの為に夜風に当たろうとしたダンテに、アンナが心配そうに声を掛けてきた。
「いや?私は至って元気だ。生まれて此の方、病気など一度も患ったことはないんだ」
「そう、ですか………。何ともないのなら、いいんですけれど…………」
ダンテはそう言って笑うアンナの様子がいつもと違うことに気がついた。
明るい筈の笑顔には力がなく、覇気がない。
ダンテに元気がないと言うアンナの方が、余程元気がないように見えた。
「………君の方こそ元気がないように見えるが、無理をしているのではないのか?」
「ええと………、多分、初めての長旅で疲れたせいだと思います………」
やはり萎れた笑顔を浮かべるアンナの表情は、笑っているのに悲しそうだった。
以前は、こんな笑い方はしなかった筈だ。
一体何が彼女にこのような顔をさせるのだろうかと考えを巡らせると、切なく胸が疼いた。
この腕の中にアンナを閉じ込めて、守ってやれればいいのにと考えていると無意識のうちに彼女の、ふっくらとした頬に手が伸びた。
「えっ………っ?!」
アンナは驚いて、大きく目を見開いた。
ダンテの節くれだった大きな掌が、アンナの頬を優しく包み込んだのだ。
アンナは顔を真っ赤に染めて、硬直した。
その反応に、我に返ったダンテが慌てて手を引っ込めた。
「す、すまない!何だか落ち込んでいるように見えたから、つい………。その、リディアにするのと同じように慰めようと…………!」
咄嗟に尤もらしい言い訳をした途端に、またアンナの表情が曇った。
「………そう、ですよね………。騎士団長様にとっては、私はリディアさんと同じような、妹みたいな存在ですよね…………っ」
何か傷付けるような事を言ってしまったのだろうか。
ダンテは急に不安になり、じっとアンナを見つめる。
「………慰めてくださって、ありがとうございます。………じゃあ、私そろそろ部屋に戻りますね」
「あ…………っ」
アンナはあっという間に走ってその場を立ち去ってしまった。
だがその時垣間見えた、まるで今にも泣き出しそうなのを、必死にこらえているようなアンナの表情が、ダンテには忘れられなかった。
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