冷遇側妃の幸せな結婚

玉響

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番外編

騎士団長の恋愛事情(9 SIDE:アンナ)

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アンナが朝の武術稽古を終えた後、コルシーニ伯爵夫人が話しかけてきた。

「ダンテが今日、休暇で家に戻ると連絡があったのだけど………今日はあいにく皆出払ってしまうのよ。それで、アンナにあの子の相手をお願いできるかしら?」
「騎士団長様が?私で問題なければお引き受けいたしますけれど」
「あなたがここに来て身につけた作法を試す絶好の機会じゃないかしら?あの子、無骨そうに見えるけれど、作法には結構煩いのよ」

あまり表情が動いたようには見えなかったが、それでも伯爵夫人の口元がふっと綻んだように見えた。

「分かりました、奥様。私、頑張ってみます」

にこりと微笑むアンナに、伯爵夫人は何処か嬉しそうに頷いた。


予定通りに帰宅したダンテは、いつも着ている騎士服ではなく、白いシャツにトラウザーズという質素な格好だった。
いつもの険しい顔付きとは違って見えるのは、服装のせいなのだろうか。
ダンテの為にお茶を淹れながら、アンナはそんなことを考える。

「しかし、折角休暇を取ったのに誰も家にいないとは、なんの為に帰ってきたのかわからないな。………ところで順調に進んでいるのかい?」

ダンテが自分の事を気にかけていてくれたことに、アンナはほんの少し驚いた。
面倒見のいい人だと聞いてはいたが、改めて本人に接して納得する。
伯爵夫人もかなり面倒見がいいところを見ると、ダンテは母親似なのかもしれないと思った。

「はい。毎日こちらで、色々と学ばせて頂いています。コルシーニ伯爵家の皆様は私のような平民の娘が相手でも、莫迦にしたりせずにきちんとご指導下さって………陛下にも、コルシーニ伯爵家の方々にも、本当に感謝しかありません」
「我が家は、貴族の中でもかなり特殊なんだ。血筋ではなく実力至上主義だから、身分で人を判断したりしない。………それに、母は随分と君を気に入っているようだ。随分と君の事を褒めていたよ。きっとそれだけ君に見込みがあるということなんだろう」

お世辞とは分かっていても手放しに褒められ、アンナは困った。
ずっと心の中にしまっていた葛藤が、大きくなっていく。
 
「………私のような者が、クラリーチェ様にお仕えしたいと望むのは、烏滸がましいにも程があると、分かっています。クラリーチェ様は間もなく王妃様になられる方で………私は、身寄りのない平民で………。だから、陛下からこのお話を頂いた時に、頑張ればその望みも叶うんじゃないかって………。そんな疚しい気持ちを持っているのが、少し後ろめたくもあるんです」

誰にも言えずにいた心の迷いが、思わず口をついて出てしまった。
特に親しい訳でもないダンテに打ち明ける内容ではないと分かっているのに、止めることが出来なかった。

「後ろめたさなんて、いらないと思うけれど?」
「…………え?」

ダンテがぽつりと落とした言葉に、アンナははっと顔を上げた。

「君の、主を慕う気持ちに嘘偽りなどない。君は真剣に主を想っているのに、その事に対して疚しさなんて感じる必要などないと私は思うけれどね」
「それは…………」

思いもよらない言葉に、急激に目頭が熱くなるのを感じて、アンナは何度も瞬きを重ねる。

「君は………陛下が認め、母が認めた逸材なんだ。負い目を感じる必要なんて、一切ない。堂々と胸を張って、ジャクウィント女侯爵の為に頑張ればいい」

アンナは溢れそうになる涙を誤魔化すように、ダンテに向かって微笑んだ。
おそらくダンテは、ただ励まそうとしてくれた何気ない一言なのだろう。
だがアンナは、彼女自身の生き方をを肯定されたような、表現し難い気持ちが湧き上がって来るのを感じた。
そして、どんな困難にも屈しない強さだけでなく、他者を認め、その生き方を後押ししてくれる優しさを兼ね備えたダンテに、アンナは強い憧憬を抱いたのだった。
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