197 / 268
番外編
リディアの恋(11 SIDE:テオ)
しおりを挟む
アルベルタ王妃のお茶会の日の夜。テオは見回りの為にオズヴァルド王城の中庭にいた。
テオは小さく溜息をつくと、夜空を見上げた。
眩しい位に、十三夜の月が闇を照らし出していた。
幼い頃から、夜空を眺めるのが好きだった。
静かに瞬く星を見ていると、心が落ち着くような気がするからだ。
だが、今宵はその星空を見ていると、何故か心が沈んだ。
「…………嫌われたかもな」
テオは、明かりの消えた窓の方に視線を走らせた。
その部屋を使っているのは、リディア・コルシーニ。
王の影を纏めるコルシーニ伯爵家唯一の令嬢であり、テオの想い人だ。
リディアに恋心を抱いたのは、近衛騎士団に入団して間もない頃だった。
団長であるダンテの元を訪れていたリディアを見て、一目で心奪われた。
凛とした佇まい。
決して派手ではないが整った容姿に艷やかな栗色の髪と、真っ直ぐに人を見つめる栗色の瞳。
優雅なのに隙のない身のこなし。
彼女の全てが、テオを惹きつけた。
まるで自分自身が彼女に出会うために存在しているような錯覚に陥るほど、その出会いはテオにとって鮮烈なものだった。
それから、リディアに相応しい男になる為に必死で努力をした。近衛騎士としての訓練の他にも、身体を鍛え、剣の腕を磨き、沢山の書物を読んで知識を蓄えた。
少しでも、異性として意識してもらえるように努力した。
しかし、彼女はテオの事を気にも止めていない様子だった。
それでも、諦められなかった。
せめてもの救いは、彼女に特定の男がいる訳ではない、という事だろう。
異性として、恋愛対象として………いや、眼中にないだけで、可能性がなくなったわけではない。
それを希望に、努力し続けた。
エドアルドの決死の脱出劇にも参加し、ブラマーニ公爵家の謀反の裁きが終わった後に始まった地獄のような早朝鍛錬にも必死に食らいついた結果、エドアルドやラファエロ、そしてダンテからも実力を認められた。
そして漸く手にした好機。
それが今回の視察旅行だった。
これで彼女の視界に入ることが出来なければ、もう永遠に彼女の隣に立つことは出来ないだろうと思っていた。
だからこそ、決死の覚悟で声を掛け、冷たくあしらわれても挫ける事なく話しかけ続けた。
だが、彼女の態度が軟化することはなかった。
テオは自嘲しながら、小さく愛しい女の名前を呟いた。
と。
物音がしたかと思うと、見つめていた窓が開き、そこに夜着を纏ったリディアが姿を現したのだ。
テオは一瞬言葉を、失った。
まるで、テオの呼びかけに答えてくれたようで、夢を見ているのかとさえ思ってしまう。
「………リディア嬢?」
はっと我に返った後、少し躊躇いながらも彼女に呼びかける。
すると、物思いに耽っていたらしいリディアは慌てた様子であちこちを探し、漸くテオの方に視線を向けてくれた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
リディアは素っ気ない態度は相変わらずで、挨拶だけするとふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオはリディアに精一杯の好意を込めた視線を向ける。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、いますテオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
もう少し彼女と話がしたかったのに、つっけんどんにそう告げられ、ピシャリと窓が閉められる。
それはまるで彼女の心みたいだとテオは思った。
ダンテには、彼女を振り向かせるために努力をすると大見得を切ったものの、段々と自信がなくなっていく。
無理にリディアを落とそうとしなくても、コルシーニ伯爵に婚約の申し出をする方法もあるが、その手段はどうしても使いたくなかった。
自分の力で、リディアに振り向いてもらいたい。
テオはきゅっと唇を噛み締めると、固く閉められた窓を、暫くの間見つめていたのだった。
テオは小さく溜息をつくと、夜空を見上げた。
眩しい位に、十三夜の月が闇を照らし出していた。
幼い頃から、夜空を眺めるのが好きだった。
静かに瞬く星を見ていると、心が落ち着くような気がするからだ。
だが、今宵はその星空を見ていると、何故か心が沈んだ。
「…………嫌われたかもな」
テオは、明かりの消えた窓の方に視線を走らせた。
その部屋を使っているのは、リディア・コルシーニ。
王の影を纏めるコルシーニ伯爵家唯一の令嬢であり、テオの想い人だ。
リディアに恋心を抱いたのは、近衛騎士団に入団して間もない頃だった。
団長であるダンテの元を訪れていたリディアを見て、一目で心奪われた。
凛とした佇まい。
決して派手ではないが整った容姿に艷やかな栗色の髪と、真っ直ぐに人を見つめる栗色の瞳。
優雅なのに隙のない身のこなし。
彼女の全てが、テオを惹きつけた。
まるで自分自身が彼女に出会うために存在しているような錯覚に陥るほど、その出会いはテオにとって鮮烈なものだった。
それから、リディアに相応しい男になる為に必死で努力をした。近衛騎士としての訓練の他にも、身体を鍛え、剣の腕を磨き、沢山の書物を読んで知識を蓄えた。
少しでも、異性として意識してもらえるように努力した。
しかし、彼女はテオの事を気にも止めていない様子だった。
それでも、諦められなかった。
せめてもの救いは、彼女に特定の男がいる訳ではない、という事だろう。
異性として、恋愛対象として………いや、眼中にないだけで、可能性がなくなったわけではない。
それを希望に、努力し続けた。
エドアルドの決死の脱出劇にも参加し、ブラマーニ公爵家の謀反の裁きが終わった後に始まった地獄のような早朝鍛錬にも必死に食らいついた結果、エドアルドやラファエロ、そしてダンテからも実力を認められた。
そして漸く手にした好機。
それが今回の視察旅行だった。
これで彼女の視界に入ることが出来なければ、もう永遠に彼女の隣に立つことは出来ないだろうと思っていた。
だからこそ、決死の覚悟で声を掛け、冷たくあしらわれても挫ける事なく話しかけ続けた。
だが、彼女の態度が軟化することはなかった。
テオは自嘲しながら、小さく愛しい女の名前を呟いた。
と。
物音がしたかと思うと、見つめていた窓が開き、そこに夜着を纏ったリディアが姿を現したのだ。
テオは一瞬言葉を、失った。
まるで、テオの呼びかけに答えてくれたようで、夢を見ているのかとさえ思ってしまう。
「………リディア嬢?」
はっと我に返った後、少し躊躇いながらも彼女に呼びかける。
すると、物思いに耽っていたらしいリディアは慌てた様子であちこちを探し、漸くテオの方に視線を向けてくれた。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ…………」
リディアは素っ気ない態度は相変わらずで、挨拶だけするとふいっとテオから視線を外した。
「………夜は冷えます。どうして窓を開けているんですか?」
「目が冴えて、眠れなかっただけです。テオ様こそ何故こんな夜更けに他国の王城の庭を歩き回っているのです?」
「護衛として付いてきているのに夜間の護衛は全てオズヴァルドの騎士に任せるのは申し訳なくて、オズヴァルドの国王陛下の許可を得て、こうして見回りをしているんです」
少しはにかみながら、テオはリディアに精一杯の好意を込めた視線を向ける。
「女性があまり身体を冷やすのは良くないと聞きました。………眠れないのならば、ただ横になって目を瞑っているだけでも疲れは取れるはずですよ」
「………分かって、いますテオ様こそ、風邪でも引いて陛下やお兄様に迷惑をかけないで下さいませ。………では、私はこれで失礼します」
「あ…………っ」
もう少し彼女と話がしたかったのに、つっけんどんにそう告げられ、ピシャリと窓が閉められる。
それはまるで彼女の心みたいだとテオは思った。
ダンテには、彼女を振り向かせるために努力をすると大見得を切ったものの、段々と自信がなくなっていく。
無理にリディアを落とそうとしなくても、コルシーニ伯爵に婚約の申し出をする方法もあるが、その手段はどうしても使いたくなかった。
自分の力で、リディアに振り向いてもらいたい。
テオはきゅっと唇を噛み締めると、固く閉められた窓を、暫くの間見つめていたのだった。
10
お気に入りに追加
7,152
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
魅了が解けた元王太子と結婚させられてしまいました。 なんで私なの!? 勘弁してほしいわ!
金峯蓮華
恋愛
*第16回恋愛小説大賞で優秀賞をいただきました。
これも皆様の応援のお陰だと感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
ありがとうございました。
昔、私がまだ子供だった頃、我が国では国家を揺るがす大事件があったそうだ。
王太子や側近達が魅了の魔法にかかり、おかしくなってしまった。
悪事は暴かれ、魅了の魔法は解かれたが、王太子も側近たちも約束されていた輝かしい未来を失った。
「なんで、私がそんな人と結婚しなきゃならないのですか?」
「仕方ないのだ。国王に頭を下げられたら断れない」
気の弱い父のせいで年の離れた元王太子に嫁がされることになった。
も〜、勘弁してほしいわ。
私の未来はどうなるのよ〜
*ざまぁのあとの緩いご都合主義なお話です*
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。