冷遇側妃の幸せな結婚

番外編

リディアの恋(6)

温暖な気候のキエザよりも、やや標高の高いオズヴァルドは、秋の早朝ともなれば寒さを感じる。

リディアは起床予定時刻のちょうど五分前に目を覚ました。
幼少期から彼女に刻み込まれた習慣で、常に予定の五分前までには準備を整えておくというコルシーニ家の行動理論に基づくものだ。

身支度を整えてから、軽く体を動かすのが日課となっているが、流石に他国の城内をうろつくことは憚られるため、室内で軽く柔軟体操をしてから、部屋を出た。

「あ、おはようございます！」
「………朝から、元気ですわね」

部屋を出た途端にテオに出くわした。

「ええ、朝からリディア嬢とお会いできたというだけで、最高の気分です！」

邪気のない、満面の笑みを浮かべたテオは、ラフなシャツにトラウザーズという格好で、城内でもやや肌寒さを感じるのに、汗ばんでいるようだった。
結局、兄に押される形でテオに名を呼ぶ事を赦したが、彼に呼ばれるだけで、どうしてこうも不穏な気持ちになるのだろうとリディアは不思議に思った。

「ああ………お見苦しい格好で申し訳ありません。腕が鈍ってはいけないと思い、オズヴァルドの近衛騎士の皆様にお願いして朝の鍛錬に参加させていただいていたのです」
「………別に、私は気にしていませんが、陛下や妃殿下がご起床になられるまでには身支度を整えて下さいませ」
「………はは、リディア嬢には敵いませんね。では着替えてまいります」

思わず見惚れるほどの優雅な仕草で騎士の礼を取ると、テオは部屋へと戻っていく。
ぼんやりとしながら、リディアはその後ろ姿を見送る。

元々の才能と実力はかなりのものだが、彼はそれ以上に人一倍の努力をしていると兄は言っていた。
まさか他国に来てまで鍛錬をするなどとは、その兄でさえも予想していないだろう。
真面目で、努力家な若くて美しい近衛騎士。
すぐにでも若い貴族令嬢が騒ぎそうなものだが、不思議とテオの浮いた話は耳にしたことがなかった。
それどころか、婚約者の話でさえも聞いたことはない。
テオは今年で十八歳になった筈だ。
もう結婚していてもおかしくはない年齢だというのに、女性関係の話が一切ないというのは不思議だった。

「もしかしたら、密かに想っている方でもいるのかしらね………」

思わず独り言が零れ落ち、リディアははっとした。
ここのところずっと、間近でエドアルドとクラリーチェの幸せそうな姿を見ていたせいでそんな考えが浮かんできたのだろうか。
リディアは溜息をつくと、自分には関係のないことだと言わんばかりに、テオから視線を逸したのだった。