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番外編
とある騎士の苦悩(1 SIDE:ダンテ他)
しおりを挟むキエザの冬は、厳しいとは言わないまでも、底冷えするような寒さの日が続く。
長く残ることは珍しいが雪も降るし、霜が降りたり、霧が発生する日も多い。
そんな冬がようやく終わりに近づいてきた、ある日のこと。
「クラリーチェ、戻ったぞ」
慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、執務室の扉が開け放たれ、エドアルドが姿を現した。
「お帰りなさいませ。港の様子はいかがでしたか?」
クラリーチェは立ち上がり、机の前まで進み出ると夫を出迎えた。
「ああ、特に問題はなかった。鱈が今期は豊漁だそうだ」
「それは喜ばしいことですね」
クラリーチェが微笑むと、エドアルドもそれにつられるように笑みを浮かべる。
そして徐に、羽織っていたマントの下から小さな花束を取り出すと、クラリーチェに差し出した。
「………港からの帰り道で、たまたま見つけたのだが………受け取ってくれるか?」
「まあ………これは、ミモザの花束ですか?」
差し出された花束を受け取りながら、クラリーチェは目を見開いた。
黄色い小さな綿毛のような小花が、オリーヴの葉と共に水色のリボンで束ねられていた。
「ああ。港の入り口にある花屋の店先で見かけて、たまには花の贈り物も良いだろうと思ったのだ。………その花屋の店主から教えてもらったのだが………ミモザの花言葉は『感謝』なのだそうだ。いつも私を隣で支えてくれる素晴らしい妃に、感謝の気持ちを伝えるには丁度いいだろう?」
「感謝だなんて………私がエドアルド様をお支えするのは、当然の事ですわ。だって、夫婦とはそういうものでしょう?でも………ありがとうございます。嬉しいですわ。………まるでここだけ、春がやってきたような華やかさがありますね」
クラリーチェがすうっと息を吸い込むと、ミモザの優しくて甘い香りが鼻孔を擽った。
それだけで、本当に南風が室内を吹き抜けていくような錯覚に囚われた。
「ミモザは春の訪れを告げる花だからな。机に飾っておけば楽しめるだろう」
可愛らしい、たわわに実る黄色い葡萄のような花を愛おしげに見つめるクラリーチェの反応に、エドアルドは満足そうに笑みを零す。
「………春は、もうすぐそこまで来ているのですね」
「ああ。暖かくなったら、また出掛けよう。今度はラファエロ達も一緒でもいい」
「でも、政務はどうされるのですか?」
「二、三日くらいなら、宰相やグロッシ侯爵たちで十分だ。我が国の貴族達は皆有能だからな」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑って見せるエドアルドに、クラリーチェも笑顔を浮かべて頷いた。
「そうですね。春が来たら、参りましょうか」
クラリーチェがふと花束から、窓の方へと視線を移す。
大きな窓から差し込む陽射しは、いつの間にか柔らかな春の気配を纏っているように見える。
「ああ。楽しみだな」
エドアルドはそんなクラリーチェに寄り添うと、優しく額に口付けを落とすのだった。
***あとがき***
いつもお読みいただきありがとうございます!
今日は国際女性デー。イタリアでは男性から女性に、ミモザを贈る日なのだそうです。
作者も大好きな花であるミモザをテーマにしたお話です。
お楽しみ頂ければ嬉しいです!
長く残ることは珍しいが雪も降るし、霜が降りたり、霧が発生する日も多い。
そんな冬がようやく終わりに近づいてきた、ある日のこと。
「クラリーチェ、戻ったぞ」
慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、執務室の扉が開け放たれ、エドアルドが姿を現した。
「お帰りなさいませ。港の様子はいかがでしたか?」
クラリーチェは立ち上がり、机の前まで進み出ると夫を出迎えた。
「ああ、特に問題はなかった。鱈が今期は豊漁だそうだ」
「それは喜ばしいことですね」
クラリーチェが微笑むと、エドアルドもそれにつられるように笑みを浮かべる。
そして徐に、羽織っていたマントの下から小さな花束を取り出すと、クラリーチェに差し出した。
「………港からの帰り道で、たまたま見つけたのだが………受け取ってくれるか?」
「まあ………これは、ミモザの花束ですか?」
差し出された花束を受け取りながら、クラリーチェは目を見開いた。
黄色い小さな綿毛のような小花が、オリーヴの葉と共に水色のリボンで束ねられていた。
「ああ。港の入り口にある花屋の店先で見かけて、たまには花の贈り物も良いだろうと思ったのだ。………その花屋の店主から教えてもらったのだが………ミモザの花言葉は『感謝』なのだそうだ。いつも私を隣で支えてくれる素晴らしい妃に、感謝の気持ちを伝えるには丁度いいだろう?」
「感謝だなんて………私がエドアルド様をお支えするのは、当然の事ですわ。だって、夫婦とはそういうものでしょう?でも………ありがとうございます。嬉しいですわ。………まるでここだけ、春がやってきたような華やかさがありますね」
クラリーチェがすうっと息を吸い込むと、ミモザの優しくて甘い香りが鼻孔を擽った。
それだけで、本当に南風が室内を吹き抜けていくような錯覚に囚われた。
「ミモザは春の訪れを告げる花だからな。机に飾っておけば楽しめるだろう」
可愛らしい、たわわに実る黄色い葡萄のような花を愛おしげに見つめるクラリーチェの反応に、エドアルドは満足そうに笑みを零す。
「………春は、もうすぐそこまで来ているのですね」
「ああ。暖かくなったら、また出掛けよう。今度はラファエロ達も一緒でもいい」
「でも、政務はどうされるのですか?」
「二、三日くらいなら、宰相やグロッシ侯爵たちで十分だ。我が国の貴族達は皆有能だからな」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑って見せるエドアルドに、クラリーチェも笑顔を浮かべて頷いた。
「そうですね。春が来たら、参りましょうか」
クラリーチェがふと花束から、窓の方へと視線を移す。
大きな窓から差し込む陽射しは、いつの間にか柔らかな春の気配を纏っているように見える。
「ああ。楽しみだな」
エドアルドはそんなクラリーチェに寄り添うと、優しく額に口付けを落とすのだった。
***あとがき***
いつもお読みいただきありがとうございます!
今日は国際女性デー。イタリアでは男性から女性に、ミモザを贈る日なのだそうです。
作者も大好きな花であるミモザをテーマにしたお話です。
お楽しみ頂ければ嬉しいです!
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