76 / 268
本編
158.震え
しおりを挟む
広間から引き摺り出されるその瞬間まで、ジュストは大きく見開いた目で、クラリーチェを見つめていた。
その顔が脳裏に焼き付いて、クラリーチェはふるりと身震いをした。
「………クラリーチェ、大丈夫か?」
クラリーチェの顔を、心配そうにエドアルドが覗き込んだ。
その表情は先程までの無慈悲な残酷さは影を潜め、代わりに穏やかな優しさが浮かんでいた。
「大丈夫、です………。申し訳、ございませんでした…………私…………」
迷惑を掛けてしまったことを、謝罪しようとするのに、思うように唇が動かないかった。
気が付くと、体全体が小刻みに震えていた。
「貴女が謝罪することなど、ないもない………もう、大丈夫だ。………むしろ、何度も怖い思いをさせて、すまなかったな。よく、耐えてくれた。そして、よく、頑張ってくれた」
リディアが告げたのと同じ言葉を、エドアルドは繰り返すと、クラリーチェの体を強く抱き締めた。
「クラリーチェ………ゆっくり、深く息を吸うんだ。………そう、ゆっくり………」
泣きじゃくる幼子を宥めるように、エドアルドがクラリーチェを落ち着かせるように語りかけた。
「エドアルド、さま…………」
自然と零れ落ちた涙を、エドアルドは掬い取る。
「………貴女の事になると、私は国王としての立場を忘れて、一人の男として、愛する人の為だけに行動しそうになってしまう。………だから、どうか……泣かないで欲しい」
クラリーチェの唇を親指の腹でなぞり、そして、人目も憚らず、口付けをした。
「…………っ!」
クラリーチェの顔が、みるみる赤く染まっていくのを見ると、エドアルドは安心したように微笑んだ。
「………震えは、止まったようだな」
「あ…………」
言われてみると、その通りだった。
恐怖が羞恥で上書きされたせいに違いなかったが、潔癖で冷酷と噂されていたエドアルドとは思えない方法を取ったのが意外で、クラリーチェは思わず微笑みを浮かべた。
「………さて、ずっと貴女を抱いていたいのだが、生憎まだ残務処理をしなくてはならない。………先に、部屋に戻って湯浴みでもしているといい。私が戻るまでに、リディアから話を聞いておくといいだろう」
そう告げると、エドアルドはクラリーチェを下ろすと、マントの裾で、クラリーチェの耳朶を優しく拭った。
残務処理。その言葉の意味を瞬時に理解し、クラリーチェは少し俯いた。
しかし、それは国の秩序を守る為に必要な事なのだと、納得しようとして再び顔を上げた。
「承知、致しました。………くれぐれも、お気をつけて下さいませ」
エドアルドはクラリーチェに向かって、ゆっくりと頷いた。
「ああ、心配ない。………カンチェラーラ侯爵夫人、それからリディア。クラリーチェを頼んだ」
「畏まりました」
いつの間にか側に控えていたカンチェラーラ侯爵夫人と、リディアがクラリーチェの手を取るのを見ると、エドアルドはクラリーチェの頭を撫でると、二人に伴われて去っていく彼女の後ろ姿を慈しむように見守るのだった。
その顔が脳裏に焼き付いて、クラリーチェはふるりと身震いをした。
「………クラリーチェ、大丈夫か?」
クラリーチェの顔を、心配そうにエドアルドが覗き込んだ。
その表情は先程までの無慈悲な残酷さは影を潜め、代わりに穏やかな優しさが浮かんでいた。
「大丈夫、です………。申し訳、ございませんでした…………私…………」
迷惑を掛けてしまったことを、謝罪しようとするのに、思うように唇が動かないかった。
気が付くと、体全体が小刻みに震えていた。
「貴女が謝罪することなど、ないもない………もう、大丈夫だ。………むしろ、何度も怖い思いをさせて、すまなかったな。よく、耐えてくれた。そして、よく、頑張ってくれた」
リディアが告げたのと同じ言葉を、エドアルドは繰り返すと、クラリーチェの体を強く抱き締めた。
「クラリーチェ………ゆっくり、深く息を吸うんだ。………そう、ゆっくり………」
泣きじゃくる幼子を宥めるように、エドアルドがクラリーチェを落ち着かせるように語りかけた。
「エドアルド、さま…………」
自然と零れ落ちた涙を、エドアルドは掬い取る。
「………貴女の事になると、私は国王としての立場を忘れて、一人の男として、愛する人の為だけに行動しそうになってしまう。………だから、どうか……泣かないで欲しい」
クラリーチェの唇を親指の腹でなぞり、そして、人目も憚らず、口付けをした。
「…………っ!」
クラリーチェの顔が、みるみる赤く染まっていくのを見ると、エドアルドは安心したように微笑んだ。
「………震えは、止まったようだな」
「あ…………」
言われてみると、その通りだった。
恐怖が羞恥で上書きされたせいに違いなかったが、潔癖で冷酷と噂されていたエドアルドとは思えない方法を取ったのが意外で、クラリーチェは思わず微笑みを浮かべた。
「………さて、ずっと貴女を抱いていたいのだが、生憎まだ残務処理をしなくてはならない。………先に、部屋に戻って湯浴みでもしているといい。私が戻るまでに、リディアから話を聞いておくといいだろう」
そう告げると、エドアルドはクラリーチェを下ろすと、マントの裾で、クラリーチェの耳朶を優しく拭った。
残務処理。その言葉の意味を瞬時に理解し、クラリーチェは少し俯いた。
しかし、それは国の秩序を守る為に必要な事なのだと、納得しようとして再び顔を上げた。
「承知、致しました。………くれぐれも、お気をつけて下さいませ」
エドアルドはクラリーチェに向かって、ゆっくりと頷いた。
「ああ、心配ない。………カンチェラーラ侯爵夫人、それからリディア。クラリーチェを頼んだ」
「畏まりました」
いつの間にか側に控えていたカンチェラーラ侯爵夫人と、リディアがクラリーチェの手を取るのを見ると、エドアルドはクラリーチェの頭を撫でると、二人に伴われて去っていく彼女の後ろ姿を慈しむように見守るのだった。
43
お気に入りに追加
7,129
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。