冷遇側妃の幸せな結婚

玉響

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本編

158.震え

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広間から引き摺り出されるその瞬間まで、ジュストは大きく見開いた目で、クラリーチェを見つめていた。
その顔が脳裏に焼き付いて、クラリーチェはふるりと身震いをした。

「………クラリーチェ、大丈夫か?」

クラリーチェの顔を、心配そうにエドアルドが覗き込んだ。
その表情は先程までの無慈悲な残酷さは影を潜め、代わりに穏やかな優しさが浮かんでいた。

「大丈夫、です………。申し訳、ございませんでした…………私…………」

迷惑を掛けてしまったことを、謝罪しようとするのに、思うように唇が動かないかった。
気が付くと、体全体が小刻みに震えていた。

「貴女が謝罪することなど、ないもない………もう、大丈夫だ。………むしろ、何度も怖い思いをさせて、すまなかったな。よく、耐えてくれた。そして、よく、頑張ってくれた」

リディアが告げたのと同じ言葉を、エドアルドは繰り返すと、クラリーチェの体を強く抱き締めた。

「クラリーチェ………ゆっくり、深く息を吸うんだ。………そう、ゆっくり………」

泣きじゃくる幼子を宥めるように、エドアルドがクラリーチェを落ち着かせるように語りかけた。

「エドアルド、さま…………」

自然と零れ落ちた涙を、エドアルドは掬い取る。

「………貴女の事になると、私は国王としての立場を忘れて、一人の男として、愛する人の為だけに行動しそうになってしまう。………だから、どうか……泣かないで欲しい」

クラリーチェの唇を親指の腹でなぞり、そして、人目も憚らず、口付けをした。

「…………っ!」

クラリーチェの顔が、みるみる赤く染まっていくのを見ると、エドアルドは安心したように微笑んだ。

「………震えは、止まったようだな」
「あ…………」

言われてみると、その通りだった。
恐怖が羞恥で上書きされたせいに違いなかったが、潔癖で冷酷と噂されていたエドアルドとは思えない方法を取ったのが意外で、クラリーチェは思わず微笑みを浮かべた。

「………さて、ずっと貴女を抱いていたいのだが、生憎まだをしなくてはならない。………先に、部屋に戻って湯浴みでもしているといい。私が戻るまでに、リディアから話を聞いておくといいだろう」

そう告げると、エドアルドはクラリーチェを下ろすと、マントの裾で、クラリーチェの耳朶を優しく拭った。
残務処理。その言葉の意味を瞬時に理解し、クラリーチェは少し俯いた。
しかし、それは国の秩序を守る為に必要な事なのだと、納得しようとして再び顔を上げた。

「承知、致しました。………くれぐれも、お気をつけて下さいませ」

エドアルドはクラリーチェに向かって、ゆっくりと頷いた。

「ああ、心配ない。………カンチェラーラ侯爵夫人、それからリディア。クラリーチェを頼んだ」
「畏まりました」

いつの間にか側に控えていたカンチェラーラ侯爵夫人と、リディアがクラリーチェの手を取るのを見ると、エドアルドはクラリーチェの頭を撫でると、二人に伴われて去っていく彼女の後ろ姿を慈しむように見守るのだった。
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