冷遇側妃の幸せな結婚

玉響

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本編

108.生家へ

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「ここが………ジャクウィント邸………」

その日は薄曇りの、暖かい日だった。
リディアと、リディアの兄であるダンテの率いる近衛騎士団の一部隊がクラリーチェに同行していた。

初めて目にする生家は、貴族街の一角にありながら、木々が生い茂る、趣のある建物だった。
庭は綺麗に手入れがされ、十六年もの間、主がいなかった建物だとは思えないほど美しく保たれている。
辺りを見回しながら、大きくて美しい装飾のなされた門戸に、手にした真鍮の鍵を差し込むと、ガチャリ、と重たい音が響いた。
すかさずダンテが扉を開け、中を確認してくれる。

「問題ありません。レディ、どうぞ中へ」

クラリーチェはゆっくりと、だが一歩一歩を噛みしめるように玄関ホールへと進んでいく。
トゥーリ伯爵邸は、見た目だけは豪奢で、立派な調度品を所狭しと並べてあったが、クラリーチェはどうにも好きになれなかった。
だが、ジャクウィント邸は全体的に落ち着いた雰囲気の、大切に使われてきたのであろう調度品が少し置かれているだけだった。
だがどれも先祖代々大切に受け継いできたのでありうことが伺える、アンティークのもので、全体的に調和が取れていた。
クラリーチェはそのどれもが綺麗に整えられている事に気がついた。

「トゥーリ伯爵は、妹君が死んだという事実を、心のどこかで信じたくないと思い続けてきたのだろう」

ふと、屋敷に行くと告げたときに、エドアルドが言っていた言葉を思い出した。
伯父は、半分は夢の中で生きていたのかもしれないと思った。
辛い現実と、夢の間で、愛しい妹の残像を追って………。

「美しい、屋敷ですね」

リディアが、そうクラリーチェに声を掛けてくれた。

「………ありがとう、リディア。成長してから初めて訪れるというのに、何だか懐かしい感じがするわ」

クラリーチェは僅かに微笑むと、一番手前の部屋に入る。
そこは応接間で、ジャクウィント侯爵家の象徴であるクレマチスを模した模様のソファと艶のある大きなテーブル、それに巨大な本棚があった。
本棚の中にはぎっしりと本が並べられていたはずだが、そこには一冊も見当たらなかった。

「………おそらくはトゥーリ伯爵の仕業でしょう。陛下に提出した書物の類は膨大な量でしたから。……そのうちの何割かが、ここから持ち出されたものなのではないでしょうか」
「………そうかもしれないわね」

やはりこの部屋にも埃っぽさはなく、今すぐにでも暮らすことができそうな程に、手入れがされていた。
クラリーチェは順に部屋を見てみたが、綺麗に手入れがされているのはどこの部屋も同じだった。

「どの部屋も、異常はありません」

先に様子を見てきてくれたダンテが、畏まってそう報告をするのを聞いて、クラリーチェは一人呟いた。

「………では、何処から探せばいいのかしら………?」

エドアルドがくれた屋敷の見取り図を見つめると、クラリーチェは少し考え、それからゆっくりと二階へと歩を進めるのだった。
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