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ラファエロ編
59.ディアマンテへの裁き
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次の断罪は、ディアマンテとジュストだ。
それが解ったのか、ディアマンテはさも憐れっぽく見を投げ出し、見え透いた嘘を並べて命乞いを始めた。
「ディアマンテ元正妃。………そなたのその耳は、ただの飾りか?」
エドアルドは口元にだけ微笑みを浮べて近寄ると、用意していた短剣を取り出し、ディアマンテの耳殻の当たりに刀身をぴたりと当てると、ディアマンテは小さく悲鳴をあげた。
ラファエロは両腕を胸の前で組んだまま、穏やかな笑顔を浮かべる。
「既にフェラーラ侯爵からの証言を、忘れたか?………そなたも我が母の殺害に関わっているのだから、知らなかったでは済まない事ぐらい、分かるだろう。もう、言い訳は聞き飽きた。既に証拠は揃っている。ジャクウィント侯爵邸を訪れたクラリーチェを狙って、襲撃をさせた証拠もな」
「そ………そんなのは濡衣よ!私は何も知らな………ひぃっ!」
まだ御託を並べるディアマンテの肌の上に、エドアルドは刃を滑らせると、一筋の紅い筋が、ディアマンテの首筋を伝っていった。
「言い訳は聞き飽きたと言ったろう。やはり、この耳は不要だな」
「いやっ………、やめ…………!」
その時、クラリーチェがエドアルドを止めるような仕草をして、助けを求めるようにこちらを見てきた。
クラリーチェは何処までも純粋で汚れのない心の持ち主なのだとラファエロは思う。
だが、ディアマンテを助けてやる理由などラファエロにはなかった。
ラファエロはクラリーチェに向かってゆっくりと首を振った。
「クラリーチェ嬢は、この状況でも彼らを救おうとするのですね」
クラリーチェはその優しさ故に苦しんで来たはずなのに、それでもなお、甘い考えを捨てようとしない彼女に感心する。
「だからこそ陛下に見初められたのでしょう?本当に素敵な方ですもの」
リリアーナはまたふわりと笑顔を浮かべた。
彼女がクラリーチェに心酔しているということが伺え、ラファエロは思わず笑みを零した。
「わ、私は前国王の、あなたの父親の正妃なのよっ?こんな事をして、許されると思っているの………?」
「………それが、何だ?父は父、私は私だ。父の正妃だろうと、罪人だろう?………私は件の高祖父と違って聖人君子ではないからな。罪人を赦す気は全く無い。そもそも誰に許しを乞う必要がある?」
抑揚のない声でばっさりとディアマンテを切り捨てるエドアルドの表情はまさに冷酷無比という言葉を体現したようだった。
「でも………っ、私はフィリッポ様と正式な婚姻を結んだ、れっきとした正妃よ………!あなたが即位してから、理不尽な理由で後宮を追い出されたけれど、王族の身分は失っていない………!」
ディアマンテのその言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、エドアルドが短剣を耳から喉元へ素早く移動させた。
どうやらディアマンテはエドアルドの逆鱗に触れたようだと、ラファエロは笑みを深くした。
「………は。れっきとした正妃?……笑わせるな」
エドアルドは嘲笑を浮かべながら短剣の切っ先をディアマンテの白い首に当てがうと、ディアマンテは息を呑んだ。
「母を殺してその座を奪っておきながら、よくもそんなことが言えるな。………そのせいで、ラファエロはずっと負い目を感じていた。そして、その事実を知ったが為にクラリーチェの両親も殺された。………そこにいる屑共も大概だが、そなたはそれ以上だろう」
突然落とされたエドアルドの言葉に、ラファエロはエメラルド色の双眸を見開き、それからふわりと微笑んだ。
エドアルドは、ずっと自分が感じていた罪悪感を知り、気にかけてくれていたのだ。
その兄の気持ちだけで、ラファエロは救われた気がした。
「兄上、そのように喉元に刃を当てていたら、話せないではないですか」
笑顔を兄に向けたまま、ラファエロはやんわりとエドアルドを窘めた。
勿論、兄を止める気などラファエロには毛頭ないし、クラリーチェの懇願を聞き入れた訳でもなかった。
単純に、彼女がこの状況でどんな言い訳をするのだろうと興味があるだけだ。
それに、自分の中に溜まった積年の思いをディアマンテにぶつけてやろうというどす黒い気持ちが頭を擡げたというのも理由になるだろう。
ラファエロの意図を汲み取ったらしいエドアルドはディアマンテの喉元から刃を離した瞬間。
目にも留まらぬ速さで腰に下げた剣を抜き去ったラファエロが、ディアマンテの結い上げた髪を断ち切り、それをディアマンテの目の前に投げ捨てた。
「こうしておけば、罪人であることが一目瞭然ですし、手間が省けるでしょう?」
ラファエロはにこりと微笑んでみせた。
キエザ周辺の国で、女性の髪が短く切られるのは、斬首刑に処される場合のみ。こうしておけば、罪人であるということが一目で分かる。
プライドの高いディアマンテにとってはこの上ない屈辱だろう。
「………まだ、斬首にすると決めた訳ではないがな」
エドアルドは肩をすくめてからディアマンテに向き直ると、ディアマンテの手を、一切の躊躇いもなく踏みつけた。
同時に、ボキボキと鈍い音が耳に届いた。
「ぎゃあああっ!」
断末魔の叫びを上げるディアマンテにエドアルドとラファエロは軽蔑の眼差しを向けた。
「………痛いか?………痛いだろう。だが、そなたの行いによって人生を踏み躙られた者達の痛みは、そんなものではない。………それを理解した上でもなお、知らなかっただのと騒ぎ立てられるか?」
エドアルドの言っていることは、真実だった。
ディアマンテの自己顕示欲を満たすために、一体どれだけの人が苦しめられ、未来を絶たれたのだろう。
罪を犯したものを裁くのもまた国王の役目だ。
ラファエロは静かに兄の行いを見守った。
それが解ったのか、ディアマンテはさも憐れっぽく見を投げ出し、見え透いた嘘を並べて命乞いを始めた。
「ディアマンテ元正妃。………そなたのその耳は、ただの飾りか?」
エドアルドは口元にだけ微笑みを浮べて近寄ると、用意していた短剣を取り出し、ディアマンテの耳殻の当たりに刀身をぴたりと当てると、ディアマンテは小さく悲鳴をあげた。
ラファエロは両腕を胸の前で組んだまま、穏やかな笑顔を浮かべる。
「既にフェラーラ侯爵からの証言を、忘れたか?………そなたも我が母の殺害に関わっているのだから、知らなかったでは済まない事ぐらい、分かるだろう。もう、言い訳は聞き飽きた。既に証拠は揃っている。ジャクウィント侯爵邸を訪れたクラリーチェを狙って、襲撃をさせた証拠もな」
「そ………そんなのは濡衣よ!私は何も知らな………ひぃっ!」
まだ御託を並べるディアマンテの肌の上に、エドアルドは刃を滑らせると、一筋の紅い筋が、ディアマンテの首筋を伝っていった。
「言い訳は聞き飽きたと言ったろう。やはり、この耳は不要だな」
「いやっ………、やめ…………!」
その時、クラリーチェがエドアルドを止めるような仕草をして、助けを求めるようにこちらを見てきた。
クラリーチェは何処までも純粋で汚れのない心の持ち主なのだとラファエロは思う。
だが、ディアマンテを助けてやる理由などラファエロにはなかった。
ラファエロはクラリーチェに向かってゆっくりと首を振った。
「クラリーチェ嬢は、この状況でも彼らを救おうとするのですね」
クラリーチェはその優しさ故に苦しんで来たはずなのに、それでもなお、甘い考えを捨てようとしない彼女に感心する。
「だからこそ陛下に見初められたのでしょう?本当に素敵な方ですもの」
リリアーナはまたふわりと笑顔を浮かべた。
彼女がクラリーチェに心酔しているということが伺え、ラファエロは思わず笑みを零した。
「わ、私は前国王の、あなたの父親の正妃なのよっ?こんな事をして、許されると思っているの………?」
「………それが、何だ?父は父、私は私だ。父の正妃だろうと、罪人だろう?………私は件の高祖父と違って聖人君子ではないからな。罪人を赦す気は全く無い。そもそも誰に許しを乞う必要がある?」
抑揚のない声でばっさりとディアマンテを切り捨てるエドアルドの表情はまさに冷酷無比という言葉を体現したようだった。
「でも………っ、私はフィリッポ様と正式な婚姻を結んだ、れっきとした正妃よ………!あなたが即位してから、理不尽な理由で後宮を追い出されたけれど、王族の身分は失っていない………!」
ディアマンテのその言葉が終わるか終わらないかというタイミングで、エドアルドが短剣を耳から喉元へ素早く移動させた。
どうやらディアマンテはエドアルドの逆鱗に触れたようだと、ラファエロは笑みを深くした。
「………は。れっきとした正妃?……笑わせるな」
エドアルドは嘲笑を浮かべながら短剣の切っ先をディアマンテの白い首に当てがうと、ディアマンテは息を呑んだ。
「母を殺してその座を奪っておきながら、よくもそんなことが言えるな。………そのせいで、ラファエロはずっと負い目を感じていた。そして、その事実を知ったが為にクラリーチェの両親も殺された。………そこにいる屑共も大概だが、そなたはそれ以上だろう」
突然落とされたエドアルドの言葉に、ラファエロはエメラルド色の双眸を見開き、それからふわりと微笑んだ。
エドアルドは、ずっと自分が感じていた罪悪感を知り、気にかけてくれていたのだ。
その兄の気持ちだけで、ラファエロは救われた気がした。
「兄上、そのように喉元に刃を当てていたら、話せないではないですか」
笑顔を兄に向けたまま、ラファエロはやんわりとエドアルドを窘めた。
勿論、兄を止める気などラファエロには毛頭ないし、クラリーチェの懇願を聞き入れた訳でもなかった。
単純に、彼女がこの状況でどんな言い訳をするのだろうと興味があるだけだ。
それに、自分の中に溜まった積年の思いをディアマンテにぶつけてやろうというどす黒い気持ちが頭を擡げたというのも理由になるだろう。
ラファエロの意図を汲み取ったらしいエドアルドはディアマンテの喉元から刃を離した瞬間。
目にも留まらぬ速さで腰に下げた剣を抜き去ったラファエロが、ディアマンテの結い上げた髪を断ち切り、それをディアマンテの目の前に投げ捨てた。
「こうしておけば、罪人であることが一目瞭然ですし、手間が省けるでしょう?」
ラファエロはにこりと微笑んでみせた。
キエザ周辺の国で、女性の髪が短く切られるのは、斬首刑に処される場合のみ。こうしておけば、罪人であるということが一目で分かる。
プライドの高いディアマンテにとってはこの上ない屈辱だろう。
「………まだ、斬首にすると決めた訳ではないがな」
エドアルドは肩をすくめてからディアマンテに向き直ると、ディアマンテの手を、一切の躊躇いもなく踏みつけた。
同時に、ボキボキと鈍い音が耳に届いた。
「ぎゃあああっ!」
断末魔の叫びを上げるディアマンテにエドアルドとラファエロは軽蔑の眼差しを向けた。
「………痛いか?………痛いだろう。だが、そなたの行いによって人生を踏み躙られた者達の痛みは、そんなものではない。………それを理解した上でもなお、知らなかっただのと騒ぎ立てられるか?」
エドアルドの言っていることは、真実だった。
ディアマンテの自己顕示欲を満たすために、一体どれだけの人が苦しめられ、未来を絶たれたのだろう。
罪を犯したものを裁くのもまた国王の役目だ。
ラファエロは静かに兄の行いを見守った。
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