猫被り令嬢の恋愛結婚

玉響

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リリアーナ編

37.我慢の限界

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「………そ、れは………」

クラリーチェが宝石のように美しい淡い紫色の瞳を、真っ直ぐにブラマーニ公爵に向けると、公爵は一瞬、たじろいだ。

「陛下方の生存の可能性を排除して、次の王には誰が相応しいのかと議論すべきではないかと存じます。陛下の生死が確認できてからでも、遅くはないのではないでしょうか」

強い気持ちが込められた言葉に、リリアーナははっとする。
クラリーチェは、諦めていないのだ。
エドアルド達が無事だという可能性がどんなに低くても、クラリーチェは信じているのだ。……彼らが無事に、この場に戻ってくることを。
リリアーナは、この状況にあって諦めないクラリーチェの気持ちを思い、胸が苦しくなるのを感じた。

「………クラリーチェ姫。あなたが陛下の死を認めたくない気持ちは分かりますが、そろそろ現実に目を向けた方がいいと思いますよ。あれでは助かる見込みはないでしょうからね」

クラリーチェの隣にさも当然のように立っているジュストが、薄笑いを浮かべながらクラリーチェの言葉を否定した。
リリアーナが睨みつけていることなど、全く気にも留めていないようだった。

「ですが、陛下の行方が分からないと仰ったのは、貴方自身ではありませんか、ブラマーニ公爵子息様?」

するとジュストは少し落胆したような表情を浮かべ、クラリーチェの顔を覗き込んだ。

「そう言えばあなたは、先に海に落ちて意識を失ってしまったから、その後の出来事をご存じないのでしたね。………陛下は、貴方に気を取られたせいで、倒れてきたマストに気が付くのが遅れ、マストは陛下を直撃しました。そのまま王弟殿下や近衛騎士達と共に、船ごと沈んでいかれ………我々も、助けようと努力はしたのですよ?しかし、あなたを助けるだけで精一杯だったのです。それに、お伝えしたとおり、天気の急変で波が立ち始めた。本当にやむを得なかったのですよ。ただでさえ窮屈な正装で海に落ちれば身動きが取れずに沈むしかないというのに、大怪我を負っておられた。それに海面こそ穏やかでしたが、海底の方は潮の流れが速かったですしね。今頃は湾の外まで流され、魚の餌にでもなってしまっているでしょうね。………考えようによっては、陛下が犠牲になったとも言えますね。………愛する姫君のためなら、陛下も本望でしょうねぇ」

わざとクラリーチェが傷つくような、罪悪感を抱くような残酷な言葉を選んで口にしているようだった。
クラリーチェの顔色が、見る見る青褪めていくのがはっきりと見て取れる。
自分自身もジュストの手によって気絶させられてしまったから全てを知っているわけではないが、あのマストの倒れ方からして、ジュストの言っていることは半分は真実で、半分は嘘だ。
だがクラリーチェはそんなことを知る由もない。
だからこそわざと、クラリーチェの心を痛めつけるようなことを言っているに違いなかった。
初めのうちは静かに燃え上がるようだった怒りが、強く、激しくなっていく。
己の内側から湧き上がってくるようなその感情を抑えようと、両手を強く握りしめたその時、リリアーナは自分の中で何かがぷつり、と切れるような気がした。
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