37 / 49
第2章 魔王動乱
予感は当たる
しおりを挟む
嫌な予感っていうのは結構良く当たる。3日前急に改心したようなジェラールが怪しい、って思ってたら案の定バカはバカのまんまだった。
オーナーは今日も午前中おじさんの所に駆り出されてて、しかも今日に限ってティールもギルドから指名依頼の呼び出しがあった。急いでオーナーを呼び戻す為にリリアナ姉さんが転移陣で向かってくれたけど時間的にもう森なり何なりに出てしまってるだろうから直ぐには戻って来ないだろう。
少しの不安と嫌な予感がしたからお客さんを送り出してから店には厳重に鍵をかけた。ジェラールのご飯なんて後でもいいや、って思って小屋に行かなかったんだけど、行ってても無駄だっただろう。でも行ってたらもっと早くジェラールが小屋にいない事に気付けたかも知れない。ただ気付けたとしても厳重に鍵をかける以外の対策がないんだけど。
一応直ぐマリオットに連絡して教会の方に護衛さん2人残して、マリオットと護衛さんが1人来てくれたんだけど、結局オーナーがいてもこれは無理だったかも知れない。
「さぁ、お前もこっちに来い!!」
マリオットの首にナイフを押し当てて唾を飛ばしながら叫んでいるのは王太子本人だから。
何が起こったかっていうと――
「え、ティールも出ちゃうの?」
オーナーと入れ違いで店に来てたティールの所に今日中の指名依頼を伝えにギルドから使いの人が来た。指名依頼って事は断ったらティールの信用にかかわるって事だ。だからてっきりティールも直ぐ向かうんだと思ってたんだけど。
「しばらく指名は受けないって伝えた筈だ」
指名停止にしておいたらギルドが停止解除までは指名がつかないように手配してくれるんだって。だから断ってもティールはきちんと手続きをしてるんだから、それはギルドのミスであってティールには関係ない。
「それがどうしても、と。無理だって言っても全然聞かなくて困ってるんですよ」
なのにやたらグイグイくる使いの人がそう言いながらティールの腕を掴んだ。
「それはそっちの都合だろ」
そんな押し問答をしてる内にしびれを切らしたのかギルドの使いの人が急に転移陣を作動させてティールごといなくなってしまって、僕は一瞬ぽかん、と間抜け面を晒してたと思う。
え、ギルドってこんな強引に人連れて行くの……?こんなのほぼ誘拐じゃない?怖いわ~。
ただ何だかとっても嫌な予感がしたからたまたまお客さんと降りて来たリリアナ姉さんが玄関でお見送りした後、部屋でお風呂にする、って言うお姉さんを捕まえた。
「リリアナ姉さん、ティールがギルドに連れて行かれちゃった……」
「え、何で?今日もオーナーがいないからティールがお店にいる日じゃなかった?」
「うん。そうだったけど、無理矢理連れて行かれた……」
「何よそれ、怖!オーナーはもう出ちゃったのよね?」
転移陣で行ったからもうとっくにおじさんの所だ。
「わかった、私がオーナー連れて帰ってくるからウルはお客さん送ったら直ぐ鍵閉めておくのよ!」
「うん、そうする」
僕がおじさんの所に転移した方が良いのかと思ったけどそしたらお店で最後のお会計する人がいなくなっちゃう。泊まりのお客さんは後払いなんだよね。リリアナ姉さんにお会計任せても良いんだけど、泊まりの後の会計の時なるべく他のお姉さん達とお客さんが顔を合わせないようにっていう決まりがあるんだ。どれくらいお金使ったかがお姉さん達にもお客さん同士にもわからないように、って。何組か一緒に下りて来てもお会計はずらしてて……だからここをお姉さんに任せて僕が行くわけにいかない。それこそお店の信用問題になっちゃう。
リリアナ姉さんに任せるのが一番、って思っておじさんの所に直ぐいける転移陣を渡した。
「直ぐよ!直ぐに鍵閉めるのよ!?」
窓もしっかり鍵かけて、雨戸も閉めて、って言いながら転移陣を発動させたリリアナ姉さんの後にユリア姉さんが下りて来て、ユリア姉さんも似たような事を言いながら念の為に、って直ぐ教会に駆け込んでくれた。その後も次々下りてくるお客さんのお会計をして最後のお客さんを見送ってからお姉さん達と慌てて雨戸を閉めて回って、玄関の鍵を閉める頃には護衛を1人連れたマリオットが駆けて来てくれる所で。
「無事か!」
「マリオット~」
護衛騎士さんに抱えられて戻って来たユリア姉さんが怪我したのかと思ったらこの方が早いからだ、って言われて一安心。姉さんはお姫様抱っこで顔真っ赤にしてたけど。
「ティールはまだ戻ってないのか?」
「うん。あの調子だと指名依頼は断って帰ってくると思ったんだけどまだ……」
玄関にきっちり鍵を閉めて息を切らしてるマリオット達にハーブ入りの水を渡す。ぐい、っと男らしく一気飲みしたマリオットがもう一杯おかわりをして辺りを見回した。
「あのバカ殿下は?」
「いるなら小屋の方だと思うけど……まあ別にジェラールは関係ないし隠れなくても良いよね。っていうかジェラールがいるのに来てくれてありがとう」
今のジェラールの発言にどれほどの効力があるかはわからないけど、国外追放された僕と仲良くしてるなんて知られたらマリオット自身と子爵家そのものの立場が悪くなる可能性だってあるのに。国外追放はジェラールだって同じだけど、一応向こうは元王族だし。
「さて、でもここからどうしよう」
何かがある、って決まったわけじゃない。でもオーナーの不在時にわざわざ誘拐に近い形でティールまで連れて行かれてしまった。何かが起きても不思議じゃない状況だ。
今ここで戦力って言えるのはマリオットとその護衛さんだけだ。少しの隙をついて僕だけ外に出たらそっちに向かってくるかな?今からでも外に出てた方が良いかな?でも街中で襲われたら無関係な人が巻き込まれちゃうかも知れないし。
「オーナーが戻るまで籠城するくらいしかないだろうけど……」
オーナーは、王太子は僕を堂々と王城に連れていけない筈だから誘拐か脅迫をするだろう、って言ってた。
街中に出たら誘拐しやすそうだし、かと言ってここにいたら脅迫もされやすい。だって店のみんなもマリオットも僕の大切な人達だから。
どうしよう、って首を捻った時だった。
――ガァン!!!
って凄まじい音と共に玄関の扉がひしゃげる。お姉さん達の悲鳴とドアが弾け飛ぶ音が重なって身動きが取れない僕を抱えて横に倒したのはマリオットだった。直後大きな破片がテーブルを破壊しながら薙ぎ倒してまたお姉さん達の悲鳴が上がる。
「マ、マリオット……怪我は……?」
がしゃ、ごと、って破壊されたドアの破片を踏みながらジェラールが入って来たのは、僕に覆いかぶさるマリオットの背中を叩いた時だった。ない、と低く呟いたマリオットが体を起こして振り返る。そこには僕が良く知る酷薄な笑みを浮かべたジェラールがいた。
「何故貴様がここにいる?」
「他国交流中ですが?貴方こそドアが破壊されたタイミングで来るなんてどういう事ですか?その後ろの騎士達も」
人数は多くないけどマリオットと護衛騎士1人だけで追い払える人数ではない。僕やお姉さん達を背後に庇ったマリオットと護衛さんは戦う気満々だけど、絶対怪我しちゃう。どうしよう、どうしたら、って頭がグルグルしてまとまらない。
「まあいい。……アザリーシャ殿、こちらです」
心臓がドキン、と嫌な音を立てて鳴る。
ジェラールと同じように破片を踏みながら現れたのは本当にあの日見た王太子だった。王太子自ら出てきたら僕達に出来る抵抗なんてほとんどない。ただ今の状態の僕を王城に連れて行ったって前と同じ結果しか出ない筈だ。
「ほう、本当にこの店だったとは。弟達がしょっちゅう世話になっているそうだな?確かに見目の良い者ばかりだ」
下卑た笑いを浮かべる王太子の目がマリオットで止まる。βでもDomだけあってその威圧感にΩ×Switchのマリオットが小さく体を震わせた。
マリオットだって本当は怖いんだ。僕だけ守られてるなんてダメだ、って思うんだけどSwitchのマリオットに効く威圧感が僕に効かないわけがなくて足が縫い付けられたように動かない。まだ威圧を放たれたわけでもないのに。
「これであの約束は守って頂けますよね」
「約束?」
訊いたのはシーラ姉さんだった。α×Domのシーラ姉さんに王太子の威圧感は効かないんだろう。他のお姉さん達もお互い手を取り合いながらシーラ姉さんの後ろから王太子を睨んでる。
「ああ……貴殿をスタンレール王太子に戻すとスタンレール王に進言する話だったな」
「そうです!私がこんな扱いを受けて良い筈がない!」
こいつ本物のバカだ!
「そんな約束――」
嘘に決まってる!!って僕の叫びが響く前に、
「私は簡単に裏切る輩は信用出来ぬものでな」
嘲笑と共に剣が振り下ろされたのは一瞬の出来事だった。
――ごとり
と音を立てて首が転がる。
血を噴き出しながらゆらゆらと揺れてた体が倒れ、また音がして。
「キャー――――――ッ!!!!!」
パニックになったお姉さん達の悲鳴。
頭が痛い。
嫌だ。怖い。皆殺されちゃう。怖い……!
ダメだ、僕が怖がったら魔王になっちゃうかもしれない。
でもごろん、と転がったジェラールが媚びた笑みを張り付けたままこっちを見てる。
「うぐ……ッ!」
ハッと気付いたら護衛騎士さんが床に倒されてそこに剣が振り下ろされそうになってた。咄嗟にマリオットが防御魔法で弾いた所為で王太子の興味がマリオットに向いてしまう。
「お前……なかなか美しいな。お前も私と来い」
魔法を使った一瞬のシフトタイムの隙をつかれたマリオットが王太子の腕に捕まってしまった。
「マ、マリオット……」
「良いから……逃げろ!」
2階の隣の建物との間で見えにくくなってる窓だけ開けてある。いざって時にはそこから逃げるようになってたから。だけど……。
「さぁ、お前もこっちに来い!」
ぐ、っと押し付けたナイフがマリオットの首を僅かに傷つけたんだろう。たらり、と流れる血に頭が真っ白になる。
嫌だ。
やめて。
僕の大事な友達を傷つけないで。
「ん、ぐ……ぅ……!」
「ダメ!ウル、落ち着きなさい!」
「やはりな!見ていろ!今に魔王に変異するぞ!!」
あの罪人達が言った通りだ、と笑う声がする。
胸がざわざわして、頭が痛くて。でも必死に抱き締めて宥めようとしてくれるシーラ姉さんの腕が暖かくて。
だけど王太子が騒ぐ声が煩い。
この声は嫌。
消してしまいたい。
「随分と楽しそうですなぁ、王太子殿下」
胸のモヤモヤに意識が引きずられそうになった瞬間、シーラ姉さんの腕の中で聞こえたその声は今ここで唯一王太子っていう権力に抗えるだけの力を持った人の声。
それから――
「ウル!もう大丈夫だ。大丈夫だからな」
王太子以外の騎士を蹴散らして駆け寄って来た、一番聞きたい人の声。
力強い腕に抱かれて、ああ、助かった、と思った瞬間毎回の如く僕の意識はぶつりと途絶えた。
オーナーは今日も午前中おじさんの所に駆り出されてて、しかも今日に限ってティールもギルドから指名依頼の呼び出しがあった。急いでオーナーを呼び戻す為にリリアナ姉さんが転移陣で向かってくれたけど時間的にもう森なり何なりに出てしまってるだろうから直ぐには戻って来ないだろう。
少しの不安と嫌な予感がしたからお客さんを送り出してから店には厳重に鍵をかけた。ジェラールのご飯なんて後でもいいや、って思って小屋に行かなかったんだけど、行ってても無駄だっただろう。でも行ってたらもっと早くジェラールが小屋にいない事に気付けたかも知れない。ただ気付けたとしても厳重に鍵をかける以外の対策がないんだけど。
一応直ぐマリオットに連絡して教会の方に護衛さん2人残して、マリオットと護衛さんが1人来てくれたんだけど、結局オーナーがいてもこれは無理だったかも知れない。
「さぁ、お前もこっちに来い!!」
マリオットの首にナイフを押し当てて唾を飛ばしながら叫んでいるのは王太子本人だから。
何が起こったかっていうと――
「え、ティールも出ちゃうの?」
オーナーと入れ違いで店に来てたティールの所に今日中の指名依頼を伝えにギルドから使いの人が来た。指名依頼って事は断ったらティールの信用にかかわるって事だ。だからてっきりティールも直ぐ向かうんだと思ってたんだけど。
「しばらく指名は受けないって伝えた筈だ」
指名停止にしておいたらギルドが停止解除までは指名がつかないように手配してくれるんだって。だから断ってもティールはきちんと手続きをしてるんだから、それはギルドのミスであってティールには関係ない。
「それがどうしても、と。無理だって言っても全然聞かなくて困ってるんですよ」
なのにやたらグイグイくる使いの人がそう言いながらティールの腕を掴んだ。
「それはそっちの都合だろ」
そんな押し問答をしてる内にしびれを切らしたのかギルドの使いの人が急に転移陣を作動させてティールごといなくなってしまって、僕は一瞬ぽかん、と間抜け面を晒してたと思う。
え、ギルドってこんな強引に人連れて行くの……?こんなのほぼ誘拐じゃない?怖いわ~。
ただ何だかとっても嫌な予感がしたからたまたまお客さんと降りて来たリリアナ姉さんが玄関でお見送りした後、部屋でお風呂にする、って言うお姉さんを捕まえた。
「リリアナ姉さん、ティールがギルドに連れて行かれちゃった……」
「え、何で?今日もオーナーがいないからティールがお店にいる日じゃなかった?」
「うん。そうだったけど、無理矢理連れて行かれた……」
「何よそれ、怖!オーナーはもう出ちゃったのよね?」
転移陣で行ったからもうとっくにおじさんの所だ。
「わかった、私がオーナー連れて帰ってくるからウルはお客さん送ったら直ぐ鍵閉めておくのよ!」
「うん、そうする」
僕がおじさんの所に転移した方が良いのかと思ったけどそしたらお店で最後のお会計する人がいなくなっちゃう。泊まりのお客さんは後払いなんだよね。リリアナ姉さんにお会計任せても良いんだけど、泊まりの後の会計の時なるべく他のお姉さん達とお客さんが顔を合わせないようにっていう決まりがあるんだ。どれくらいお金使ったかがお姉さん達にもお客さん同士にもわからないように、って。何組か一緒に下りて来てもお会計はずらしてて……だからここをお姉さんに任せて僕が行くわけにいかない。それこそお店の信用問題になっちゃう。
リリアナ姉さんに任せるのが一番、って思っておじさんの所に直ぐいける転移陣を渡した。
「直ぐよ!直ぐに鍵閉めるのよ!?」
窓もしっかり鍵かけて、雨戸も閉めて、って言いながら転移陣を発動させたリリアナ姉さんの後にユリア姉さんが下りて来て、ユリア姉さんも似たような事を言いながら念の為に、って直ぐ教会に駆け込んでくれた。その後も次々下りてくるお客さんのお会計をして最後のお客さんを見送ってからお姉さん達と慌てて雨戸を閉めて回って、玄関の鍵を閉める頃には護衛を1人連れたマリオットが駆けて来てくれる所で。
「無事か!」
「マリオット~」
護衛騎士さんに抱えられて戻って来たユリア姉さんが怪我したのかと思ったらこの方が早いからだ、って言われて一安心。姉さんはお姫様抱っこで顔真っ赤にしてたけど。
「ティールはまだ戻ってないのか?」
「うん。あの調子だと指名依頼は断って帰ってくると思ったんだけどまだ……」
玄関にきっちり鍵を閉めて息を切らしてるマリオット達にハーブ入りの水を渡す。ぐい、っと男らしく一気飲みしたマリオットがもう一杯おかわりをして辺りを見回した。
「あのバカ殿下は?」
「いるなら小屋の方だと思うけど……まあ別にジェラールは関係ないし隠れなくても良いよね。っていうかジェラールがいるのに来てくれてありがとう」
今のジェラールの発言にどれほどの効力があるかはわからないけど、国外追放された僕と仲良くしてるなんて知られたらマリオット自身と子爵家そのものの立場が悪くなる可能性だってあるのに。国外追放はジェラールだって同じだけど、一応向こうは元王族だし。
「さて、でもここからどうしよう」
何かがある、って決まったわけじゃない。でもオーナーの不在時にわざわざ誘拐に近い形でティールまで連れて行かれてしまった。何かが起きても不思議じゃない状況だ。
今ここで戦力って言えるのはマリオットとその護衛さんだけだ。少しの隙をついて僕だけ外に出たらそっちに向かってくるかな?今からでも外に出てた方が良いかな?でも街中で襲われたら無関係な人が巻き込まれちゃうかも知れないし。
「オーナーが戻るまで籠城するくらいしかないだろうけど……」
オーナーは、王太子は僕を堂々と王城に連れていけない筈だから誘拐か脅迫をするだろう、って言ってた。
街中に出たら誘拐しやすそうだし、かと言ってここにいたら脅迫もされやすい。だって店のみんなもマリオットも僕の大切な人達だから。
どうしよう、って首を捻った時だった。
――ガァン!!!
って凄まじい音と共に玄関の扉がひしゃげる。お姉さん達の悲鳴とドアが弾け飛ぶ音が重なって身動きが取れない僕を抱えて横に倒したのはマリオットだった。直後大きな破片がテーブルを破壊しながら薙ぎ倒してまたお姉さん達の悲鳴が上がる。
「マ、マリオット……怪我は……?」
がしゃ、ごと、って破壊されたドアの破片を踏みながらジェラールが入って来たのは、僕に覆いかぶさるマリオットの背中を叩いた時だった。ない、と低く呟いたマリオットが体を起こして振り返る。そこには僕が良く知る酷薄な笑みを浮かべたジェラールがいた。
「何故貴様がここにいる?」
「他国交流中ですが?貴方こそドアが破壊されたタイミングで来るなんてどういう事ですか?その後ろの騎士達も」
人数は多くないけどマリオットと護衛騎士1人だけで追い払える人数ではない。僕やお姉さん達を背後に庇ったマリオットと護衛さんは戦う気満々だけど、絶対怪我しちゃう。どうしよう、どうしたら、って頭がグルグルしてまとまらない。
「まあいい。……アザリーシャ殿、こちらです」
心臓がドキン、と嫌な音を立てて鳴る。
ジェラールと同じように破片を踏みながら現れたのは本当にあの日見た王太子だった。王太子自ら出てきたら僕達に出来る抵抗なんてほとんどない。ただ今の状態の僕を王城に連れて行ったって前と同じ結果しか出ない筈だ。
「ほう、本当にこの店だったとは。弟達がしょっちゅう世話になっているそうだな?確かに見目の良い者ばかりだ」
下卑た笑いを浮かべる王太子の目がマリオットで止まる。βでもDomだけあってその威圧感にΩ×Switchのマリオットが小さく体を震わせた。
マリオットだって本当は怖いんだ。僕だけ守られてるなんてダメだ、って思うんだけどSwitchのマリオットに効く威圧感が僕に効かないわけがなくて足が縫い付けられたように動かない。まだ威圧を放たれたわけでもないのに。
「これであの約束は守って頂けますよね」
「約束?」
訊いたのはシーラ姉さんだった。α×Domのシーラ姉さんに王太子の威圧感は効かないんだろう。他のお姉さん達もお互い手を取り合いながらシーラ姉さんの後ろから王太子を睨んでる。
「ああ……貴殿をスタンレール王太子に戻すとスタンレール王に進言する話だったな」
「そうです!私がこんな扱いを受けて良い筈がない!」
こいつ本物のバカだ!
「そんな約束――」
嘘に決まってる!!って僕の叫びが響く前に、
「私は簡単に裏切る輩は信用出来ぬものでな」
嘲笑と共に剣が振り下ろされたのは一瞬の出来事だった。
――ごとり
と音を立てて首が転がる。
血を噴き出しながらゆらゆらと揺れてた体が倒れ、また音がして。
「キャー――――――ッ!!!!!」
パニックになったお姉さん達の悲鳴。
頭が痛い。
嫌だ。怖い。皆殺されちゃう。怖い……!
ダメだ、僕が怖がったら魔王になっちゃうかもしれない。
でもごろん、と転がったジェラールが媚びた笑みを張り付けたままこっちを見てる。
「うぐ……ッ!」
ハッと気付いたら護衛騎士さんが床に倒されてそこに剣が振り下ろされそうになってた。咄嗟にマリオットが防御魔法で弾いた所為で王太子の興味がマリオットに向いてしまう。
「お前……なかなか美しいな。お前も私と来い」
魔法を使った一瞬のシフトタイムの隙をつかれたマリオットが王太子の腕に捕まってしまった。
「マ、マリオット……」
「良いから……逃げろ!」
2階の隣の建物との間で見えにくくなってる窓だけ開けてある。いざって時にはそこから逃げるようになってたから。だけど……。
「さぁ、お前もこっちに来い!」
ぐ、っと押し付けたナイフがマリオットの首を僅かに傷つけたんだろう。たらり、と流れる血に頭が真っ白になる。
嫌だ。
やめて。
僕の大事な友達を傷つけないで。
「ん、ぐ……ぅ……!」
「ダメ!ウル、落ち着きなさい!」
「やはりな!見ていろ!今に魔王に変異するぞ!!」
あの罪人達が言った通りだ、と笑う声がする。
胸がざわざわして、頭が痛くて。でも必死に抱き締めて宥めようとしてくれるシーラ姉さんの腕が暖かくて。
だけど王太子が騒ぐ声が煩い。
この声は嫌。
消してしまいたい。
「随分と楽しそうですなぁ、王太子殿下」
胸のモヤモヤに意識が引きずられそうになった瞬間、シーラ姉さんの腕の中で聞こえたその声は今ここで唯一王太子っていう権力に抗えるだけの力を持った人の声。
それから――
「ウル!もう大丈夫だ。大丈夫だからな」
王太子以外の騎士を蹴散らして駆け寄って来た、一番聞きたい人の声。
力強い腕に抱かれて、ああ、助かった、と思った瞬間毎回の如く僕の意識はぶつりと途絶えた。
77
お気に入りに追加
2,608
あなたにおすすめの小説
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました
織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

お飾り王婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?
深凪雪花
BL
前世の記憶を取り戻した侯爵令息エディ・テルフォードは、それをきっかけにベータからオメガに変異してしまう。
そしてデヴォニア国王アーノルドの正婿として後宮入りするが、お飾り王婿でいればそれでいいと言われる。
というわけで、お飾り王婿ライフを満喫していたら……あれ? なんか溺愛ルートに入ってしまいました?
※★は性描写ありです
※2023.08.17.加筆修正しました
出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる