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第2章 魔王動乱

魔物

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 翌日からティールがジェラールに剣を教えるようになったんだけど、2つしか違わないティールに教わるのはプライドが許さないのか終始反抗的な態度の相手に、既に匙を投げてしまいそうな雰囲気を漂わせている。

 下ごしらえの時にローズマリーを混ぜた唐揚げとレタスとトマトのサラダ、バジルを散らしたカボチャのスープと毎度お馴染み固いパルヴァンパン。
 固いパンを物ともせずにもりもり食べるティールは僕がわざわざジェラールのいる倉庫にご飯を持っていったのがお気に召さなかったようで憮然としててちょっとめんどくさい。

「自分で取りに来させたら良いだろ。甘やかすな」

「はいはい」
 
 そうは言っても元王族だし昨日今日でいきなり生活態度改めるなんて出来ないでしょうよ。店で餓死でもされたらオーナーの責任になるんだし仕方ないじゃん。まあ2、3ヶ月先も同じ態度だったらもうしばいてもいいと思うけど。

 バカ殿下のジェラールの事はどうでも良いんだけど、正直早いとこ使い物になるようになってスタンレールの危機をどうにかして欲しいんだよね。って言ってもジェラール1人頑張った所でどうにもなんないけど、戦える人は多い方がいいでしょ。
 ただ――魔王の僕がいないのにあの魔物襲撃が起こるのか、って事だけど。

 一応覚えてる限りの記憶を辿ってウルが魔王になってからパルヴァンに逃げ込むまでの間に起きた事件を思い出してみたんだ。――結果、良くわからなかった。起きた事件と起こらなかった事件があったから、結局どっち?ってなっちゃったんだよね。
 どちらにしても魔物の数は増えてるからジェラールには早いところ1人前になってもらわないと困るんだけどティール曰く全然言うことを聞かないらしい。
 一昨日店に来て、昨日オーナーと手合わせして、今日からティールが教えてたんだけどたったの数時間でこれだ。

「大体お前あいつに散々な目に遭わされたんじゃないのか?」

「ん?ん~、まあねぇ……正直フライパンで頭殴ってもいいくらいだと思うんだけど……一度くらいはやり直すチャンスがあってもいいんじゃないかな、って」

 甘すぎる、激甘、砂糖まみれ、とブツブツ憎まれ口を叩いてくるのがあんまり煩いから1個唐揚げを詰めてやった。……って何で頬を赤らめるんだよ。ドMか……?やっぱりマリオット男の趣味悪くない?
 そのマリオットは今日オーナーとお出掛けだ。僕もいつぞやのおじさんみたいにハンカチ咥えて「キーッ!」ってやりたかったけど内容が魔物の調査の事だったからやめておいた。確かに僕じゃお役に立てませんからね。

「最近魔物増えてるけどどの国が特別多い、とかある?」

「どの国もまんべんなく多くなって困ってるらしい」

 こういう時こそ光の勇者の出番かと思うけど……って言ってもまだ全然覚醒する気配ないんだよね。どうやって覚醒するんだったか覚えてないし……断罪(笑)までは結構鮮明に覚えてたのにそこから先の記憶は曖昧な事が多くてパルヴァンに逃げ込んだ後の魔王ウルが次どこに行ったのかも覚えてない。確か最後はどこかの山だった気がするんだけど。

「この先おっさんもギルドに呼び出される事が増えるかも知れないから、正直あいつをここに置いておくのは反対だ」

 確かにオーナーもティールもいない時にジェラールだけ残ってるのは嫌かもな。いくらお姉さん達がいるとは言え、僕もお姉さん達も非戦闘員だし僕だって完全にジェラールを信用してるわけじゃないからさ。

「だったら早く一人前にして追い出してよ」

 傭兵として使えるくらいになったら別にここを追い出してもどうにかなるし罰則はないだろう。ギルドには前世の寮みたいな施設がついてるからそっちに住めばいい。
 今そこにいかないのはまだ傭兵として生計を立てるには明らかに無謀だからだ。そんな相手をそうとわかって追い出した、って事になったら罰則対象になっちゃう。そもそもジェラールがここに来なかったらこんなに面倒な事考えなくて済んだのに本当にどこまでもはた迷惑な奴だ!ハガルもハガルだよね!奪ったもんは最後まで責任もって育てなさいよ。周りに侍ってた奴らもな!……そう思うと周りにいたのは将来国を背負っていく人達だったからあんなのが上に立つ国なんて滅びた方が良いような気がするけど、住んでる人に罪はないしね。

「別の職を探した方が早い気もするけどな」

 こんな直ぐ心が折れて別の職探すならきっと他も出来ないと思うけど。まあやってみたら意外と出来たとか楽しかったとかそんな事もあるから一概には言えないか。……素直に人の言うこと聞くならだけど。

 ◇

 俺――エオローはマリオットを連れて辺境伯領に来ている。本当は昨日頭痛を訴えたウルの側にいてやりたかったんだがスタンレールとの間にある山で最近魔物との遭遇率が上がっているらしく、魔物学者のマリオットなら何かわかるんじゃないかとバルドから指名されたから仕方なく、だ。
 野営の側に置かれた生々しい魔物の死骸を何の抵抗もなくひょい、と覗き込んだマリオットはふむ、と呟いて次々死骸にかかった布をめくっている。これがウルだったらキャーキャー悲鳴を上げてるだろうな……。
 
 最後の1枚をめくって確認すると、近くの辺境伯騎士団員に何事か話しかけている。少しの間話し込んだ後ウルの調子が悪かった事とスタンレールの王太子が廃嫡されて店に転がり込んできた事をバルドへ報告する俺の元に戻ってきたマリオットの手には何かのメモが握られていた。

「知能が高い魔物が1匹もいませんね。魔物増殖スタンピードにしても半端かな」

「――というと?」

「本来スタンピードは知能の高低関係なく魔物が増殖する事を言うでしょう?知能が高くても1匹も狩られないなんて事はないし……討伐時の話も少し聞きましたけど、統率の取れた動きをする魔物はいなかったみたいで」

 確かに俺が冒険者をしていた頃も1匹だけキングウルフが混ざったシャドウウルフの群れに遭遇した事があった。元々群れで生活するシャドウウルフだから群れでいる事は大して問題じゃなかったが、そのキングウルフがシャドウウルフ達を統率してそれなりに苦労した覚えがある。
 普段なら相手の極限まで追いかけて力尽きた所を襲うシャドウウルフ達は持久力が高い分突発的な攻撃には弱い。だから魔導師を連れた俺達のパーティはそこまで苦戦する相手じゃなかったのに、キングウルフの鳴き声1つで他の個体は闇雲に走るんじゃなく、闇夜に紛れてまず魔導師から狙った。それも魔法展開中に突っ込んできたんだ。魔法展開中の魔導師が無防備になる事、瞬時に別魔法へと切り替えられない事を知った上での攻撃だった。――まあキングウルフの誤算は出会ったのが俺とバルドがいるパーティだった、って事だが普通のパーティなら数人は喰われていてもおかしくない状況だったのは間違いない。

「偶然知能の高い魔物が近くにいなかっただけじゃないのか?」

「スタンピードの時まず起こるのは魔物の統率化ですよ。知能の高い魔物が低い魔物を従えてある程度のグループを結成するんです」

 1匹に対して数10から多くて数100匹従える事もあるらしい。

「普段の状態なら知能が高い魔物は敢えて仲間を増やす事なんてしない。自分達だけで足りてるから」

 けれどスタンピードが起こると何故か魔物達は急に集まり出し知能の高い魔物を中心に人里を襲うようになるらしい。その理由は全くわかっていない。ただ過去魔王の出現とほぼ同時に起こっている事が多いから魔王の仕業だと言われている。

「魔王がいたからスタンピードが起きたのか、スタンピードが起きて魔物が集まる中特に知能の高い個体が魔王になるのか、っていうのは長年議論されてきましたが……」

「今回はウルがいる、と」

「暫定魔王ですけどね。――ただ気になるのは、あのウルの髪から作った魔石。知能が高い魔物程あれに反応したのが気になります」

 “魔王”の力は本能で生きる魔物程恐れそうな物だが、そういう魔物程あの魔石に反応して襲い掛かって来たというのは戻って来た直後に報告を受けた。逆に知能が高い魔物達の方が畏怖して道を開けた、と。

「本当に魔王なら全ての魔物が畏怖するんじゃないかと思うけど、魔石だったからなのかウルが人間のままだからなのか――他に従うべき“何か”がいるからなのか」

 マリオットの若草のような瞳がそこに何かがいるかのように空を睨んだ。

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