上 下
23 / 49
第1章 念願の国外追放

side エオロー

しおりを挟む
 すぅすぅと寝息を立て始めたウルをベッドに下ろしてやると、まだ丸みの足りない頬を撫でて治りかけの傷が残った唇も指でなぞってから布団をかけてやった。
 そういえばこの唇の傷の理由も聞いてないな。俺のいない間ついていてくれたマリオットなら何か知ってるかもしれない。俺に話があるとも言っていたのに、結局あの2人が来て聞けずじまいだ。
 あの2人――ナティリアスとリンクフェルト。王太子アザリーシャと母の違う2人は昔から兄の機嫌を損ねないよう敢えて外に出ていた。
 賢いけれどβ×Domのアザリーシャ、文武両道で人望のあるα×Domのナティリアス、そして光魔法持ちで主にΩや女性陣からの信頼に厚いΩ×Domのリンクフェルト。
 弟達に王位を狙うつもりは全くないのにナティリアスにはバース性での劣等感を、リンクフェルトには光魔法を使える希少な存在としての劣等感を募らせているというのは市井にまで広がっている噂話だ。
 今回唯一魔王らしき魔力を自力で感知したリンクフェルトが気のせいだと言っても聞く耳を持たないのは、弟達より優位に立つ為の手柄が欲しくて焦っているんだろう。

 あの日角が出ていた耳の上をさらりと撫でる。
 魔王を呼び起こすのが恐怖だとしたらこのまま王城に行くのは恐らく危険が大きい。何の拍子に感情が振り切れてあの日のようになるかわからないからだ。
 しかも魔力量が多かったら結界に使うだと?

「そんな事許せるもんかよ」

 やっとあの地獄から抜けて来たウルをまた地獄に落とす気なんてさらさらない。
 コン、とドアを叩かれた音で我に返る。扉に寄りかかって腕を組んでいたバルドヴィーノが寄って来てウルの顔を覗き込んだ。

「俺のチビちゃんは寝ちゃったのか」

「お前のじゃない」

「いやしかし寝てるとますますオセルに似てるな。アルタメニア公爵に似なくて良かったよ」

 公爵も綺麗な顔をしてるかも知れないけど可愛げがない、なんて言いながらウルの頭を撫でようとしたその手を叩き落とす。
 触って良いのは俺だけだ、とαの、そしてDomの本能が叫んでる。それがわかったのかハイハイ、と肩を竦めたバルドが手を引っ込めた。

「さてそれで?何か言いたい事があるんだろ?」

「……ここでは話せない。万が一ウルが起きたら困る」

 だから店の方に行く、と後ろ髪を引かれる思いで家を出た。あの状態のウルを1人にしておくのも正直心配過ぎるから丁度様子を窺いに外を覗いていたユリアに託して食堂に集まってた他の奴らを部屋に帰す。
 ただシーラだけはやっぱり俺自身に何か起きた時の為に話をしておくべきだと残ってもらった。他の奴らを信用していないんじゃない。ランクの高いα×Domはβ×Normalすら従わせる力があるからだ。シーラ以外の奴らは『言え』と言われたら知ってる事を言わされてしまう。この店でα×Domに対抗できるのは俺とシーラだけだ。
 俺が1人でウルを守れる、なんて思う程若くもなければ馬鹿でもない。頼るべき時を見誤るな、というのは他でもない目の前にいるバルドから教わった事だ。若くて馬鹿だった俺の未熟な精神面はこいつに鍛えられたと言っても良い。普段の姿だけ見ているとただの馬鹿にしか見えないが、流石は辺境伯を名乗るだけはあると思う。

 ただいざ言おうとして、自分がとてつもなく荒唐無稽な話をしようとしている事に僅かに躊躇いが生まれる。

(ああ、そうか――)

 ウルが俺には魔王の話をしないのは俺が信じないと思ってるからか。
 確かに実際目にしてなかったら信じなかったかも知れないな。きっとあいつはそういうのも何となく察して黙ってるんだろう。たまに過剰反応はしてるけど。

 マリオットには話した、という事実に大人げなく嫉妬をしながらそのマリオットから聞いた話と自分が見た物の話を目の前の2人に伝える。
 言えば言う程嘘くさい、と笑い飛ばされそうな話だったけれど2人は黙って最後まで聞いてくれた。

「なるほどな……それでSubドロップ起こす程パニックになったのか」

 一瞬リンクフェルトのDom性に当てられたのかと思ったが多分恐怖からのパニック状態だったんだろう。
 魔王でも魔王じゃなくても命をとられると言われたも同然だ。自分が魔王である事を知っているウルにとってこれ以上の恐怖はない。

「魔王化した事を本人には言わないの?本人が自覚していないと何の拍子にまた同じ状態になるかわからないわ」

「マリオットはウルの魔王化の条件は“恐怖”じゃないかって言っていた。あいつが唯一出せる感情は恐怖だから、ってな」

 喜怒哀楽はある。喜んだり楽しんだり、それは本物だろうと思う。でもどこか一線を引いている感じは拭えない。その中でも唯一ストレートに出せる感情が恐怖だという。
 父親への恐怖が今でもウルを縛って、魔王になる恐怖が新たな鎖になってあいつを縛っているんだろう。

「魔王になる事を何より恐れてるウルに一度魔王化した事を伝えたらどうなるかわからなくて……怖いんだよ」

 あの時は戻って来られた。
 でも次は?魔王になったまま戻れなかったら?
 あいつのあの性格だ。俺達に迷惑がかからないように、ってどこかに行ってしまうだろう。
 もしかしたら魔王化した事を知った時点で行方を眩ませてしまう可能性だってある。

「……王城の鑑定がどのくらい正確かわかるか?」

 この中で実際に鑑定の魔導具を見たことがあるのはバルドだけだ。

「少なくとも魔力量は誤魔化しようがないかも知れないな」

「魔導具で誤魔化す事は出来ないかしら」

「バレたら王族を謀った罪で投獄ものだろ」

「あら、辺境伯がいるじゃない」

「おじさんに王族を謀れって?シーラちゃん、おじさんを殺したいの~?」

 ふざけた物言いをしながらも2人共真剣に考えてくれてるのがありがたい。

 本来ならこの場にウルも連れてきて、お前の事を本気で心配して何とかしようとしてくれる大人がここにいるんだって事を教えてやりたい。
 でも教えないのはウルの為だと言いながら本当は俺が怖いだけなんだ。
 最初に出会った時みたいに笑いながら何の希望も持ってない諦めた目をしたウルを見たくなくて。
 偽とはいえ王族の婚約者だったウルは俺達に出来る事なんてないって8割諦めてるだろうから。

 控えめなノックが響いたのはその時だった。

「オーナー」

 おずおずと顔を出したマリオットは家の方に行ったらこっちだって言われたから、と玄関先で立ち尽くしている。

「ウルは?」

「まだ寝てました」

「そういえばお前も話があるって言ってたな」

 手招くとちらりとバルドに視線をやってから中に入ってくる。
 その視線がこの相手は信頼できるのかと問いかけている気がして苦笑した。
 バルドのあの感じは確かに知らない奴からは誤解を招きやすいからな。

「この髭ジジイは大丈夫だ」

「つけ髭だよ~」

 ウルにもドン引きされたそれをマリオットにもやって同じくドン引きされている。本当に大丈夫なのかと疑わしい視線を向けているが、一先ずは俺を信じてくれたらしい。
 だがマリオットの話を聞く前に勝手にウルの魔王化を話してしまった事を謝らないといけないな。遠慮がちに寄ってきたマリオットに対してまず頭を下げた。

「すまん、俺の独断でこいつらにはウルの事を話した」

 一瞬目を見開いたもののすぐに頭を横にふる。
 
「あいつを守るのに2人だけじゃ心許ないんで。オーナーが信用してるならオレも信用します」

 そう言ったマリオットは袋から金に光る小さな宝石と謎の魔導具を1つ出してことりとテーブルに置いた。

「これは?」

「……この間の髪から出来た結晶です」

 あの日のウルの髪か。

「髪にウルの魔力が残ってるのがわかったんです。それを結晶化したらこうなりました。弱い魔物ならこれだけで逃げ出します」

「まだ魔力が残ってるのか?」

 バルドが手を近付けるとバチン、と火花が散る。

「見ての通りですよ」

「……なるほどね」

 弾かれた手を擦りながら恨めしげに見つめるバルドにマリオットは素知らぬふりだ。

「こっちの魔導具は魔力を増幅します」

 範囲は大きくないし人を含む生き物自体の魔力を増幅する事は出来ない。でも弱い魔石のような魔力のこもった物の力を増幅する事は出来るらしい。

「……ウルが王城で鑑定を受ける時、感じた魔力が別の場所で感知されたら?」

「確かに本人がいるのに他から感知されたら別人だと思われるかも知れないわね」

「ついでにチビちゃんの魔力量を調整する魔導具をこっそり身に付けさせておけば地下行きも何とかなるか」

「あら、辺境伯は殺される覚悟が出来たのね?」

「おじさんの可愛いチビちゃんの為だから仕方ない……!死ぬ気で頑張っちゃう」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

純情将軍は第八王子を所望します

七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。 かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。 一度、話がしたかっただけ……。 けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。 純情将軍×虐げられ王子の癒し愛

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ

樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー 消えない思いをまだ読んでおられない方は 、 続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。 消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が 高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、 それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。 消えない思いに比べると、 更新はゆっくりになると思いますが、 またまた宜しくお願い致します。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

処理中です...