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第1章 念願の国外追放
チベットスナギツネになる
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「頭……いた……」
ガンガン痛む頭に手をやろうとして動かない事に一瞬びくり、と体が跳ねたけどそこにいたのは何故かマリオットだった。
「何でここに……」
うわぁ、吐き過ぎて声が枯れてるわ。
吐いた理由を思い出してぞわり、と総毛だった僕の頭をマリオットの手が優しく撫でる。
「よしよ~し、落ち着け~。何があったか知らんけど、もう危ない事は何も起こらないからな~」
何だよ、と言いかけてちょっとだけ吐き気が引いた事に気付いた。
そうだった、そう言えばマリオットってSwitchだからDomにもなれるじゃん……。もしかしてそのおかげ?
オーナーの時に感じる絶対的な安心感とか支配されたい、甘やかされたい、みたいな感情はないけどマリオットの手が頭を撫でる度にふんわりとした温かさを感じる。
これってアフターケアしてくれてるんだよね?って事は僕はやっぱりSubドロップを起こしてたんだろう。
「えっと……ありがとう?」
まだ頭痛は酷いけど、内臓ごと外に出てしまいそうな気持ち悪さは軽減してる。マリオットが握る手はズキズキ痛むけどちゃんと手当してあって、ガーゼの下からまだ血が滲んでた。
よっぽど強く木を抉ったんだな~、なんて他人事みたいに思ってたら離れた手が僕のおでこにばし、っと濡れたタオルを叩きつけて来た。
痛いし冷たくてびっくりしたからやめてください!
でも冷たいタオルを乗せてくるって事は熱があるんだろう。この頭痛はその所為かな。
「で、何があった?」
そもそもジト、っと目を細めてくるマリオットはどうしてここにいるんだ?
「マリオットは何で……いや、何でもないです。話します」
黙ってにっこり笑うマリオットの後ろに般若が見えた!絶対いた!
「……ラーグが来てたんだ」
「弟か。何でまた」
「殿下の他国交流の付き添いだって。……父様達を追い出して自分が公爵になったから、……あの家に帰って来い、って」
あのクソ親父が簡単に追い出されるとか一体ラーグは何をしたんだろう。
だって僕のお母さんがいる間に浮気して、自分の両親が死んだ途端に浮気相手を正妻に迎えて、自分の息子を王太子妃にする為に嫌いな僕を育てたくらい強かなおっさんだ。
眉間に皺を寄せて考えてたらマリオットが首を傾げた。
「それでなんでSubドロップを起こすんだ?」
帰りたくないのはわかるけど、と言われて僕は黙ってしまう。
だって弟にキスされました、って言えと……?
ハッ、また般若が顔を出しかかってる!言えって事ですよね、わかってます!
「……き、急に、……キス、されて……」
「は?何で?」
「僕が訊きたいよ!」
何だったのあれ!スタンレールではあんな挨拶が流行ってるの!?
あんまり思い出すと気分が悪くなるから、おでこに乗ってたタオルでごしごしと唇を拭いて意識を切り替えようとしてた僕の手をまたマリオットに掴まれた。
「だから口が切れてるのか」
「え、切れてる?」
ほれ、と見せられたタオルには血がついててびっくりだ。
僕そんなに強く擦ってたかな。あ、気絶する前に結構ごしごしやったかも知れない。
「オーナーに見つかる前に回復薬で治した方が良いんだろうけど、お前効かないもんな」
僕の場合全ての病、瀕死状態を治す霊薬クラスならこの傷も治るだろうけど、普通の回復薬程度だったら血が止まるくらいしか効果が出ない。毒耐性はありがたかったけど普通の薬も耐性があるのはこういう時に困るんだよね。
というか、僕あんなに栄養状態悪かったのに良くもまあ大きな病気にもならずに生きていられたもんだ。風邪程度だって薬が効かないから命に関わっちゃう可能性高かったのに。いや、そもそも僕が病気になったからってあの両親が僕の為に薬なんて用意してくれる筈ないけど。
推しに会いた過ぎて免疫爆上がりしてたんだろうか。もしそうなら流石推し!僕の命の恩人だ!推しは命すら救ってくれるんだ!もはや神じゃないか?
でも今その神に口の傷とSubドロップを起こした理由を問われるかも知れないっていうピンチを迎えてしまった。
「……ん?けどオーナーが理由なんて気にするかな?」
「……お前本気で言ってる?」
「心配はしてくれるだろうけど……」
オーナーにとって従業員は大事な家族だから僕如きの事でも心配はしてくれると思う。
でも伝えた所で、へえ、新しい挨拶だったのか?災難だったな、みたいな感じで終わってしまわないだろうか。
だって弟にキスされるって他に一体どんな理由があるっていうんだ?全く血が繋がらないならまだしも、一応半分は血が繋がってるわけだし。
ただ相手がα×Domで僕が過剰に反応してしまっただけで……。
なんてブツブツ言い訳してたらでっかいため息をついたマリオットが僕の頬に何かをぐりぐりと押し付けてきた。
「こんなモンまで使う仲なのに、気にしないって?」
こんなもん……?って首を傾げて見たそれは……。
「うわーーー!!!そ、それは!!まだ未使用だし!!」
シーラ姉さんがくれた大人のオモチャ(初心者用)がしっかり握られてて目玉が落っこちるかと思ったわ!
大体隠してたのにどうして!?
慌てて起き上がって取り返したんだけど、直ぐ様寝てろと頭を押されて枕に逆戻りだ。仕方ないからあんまり入れたくないけど枕の下にオモチャを隠す。
ニヤニヤ笑うマリオットはもう1つのオモチャも見つけてたみたいで親指で元々の隠し場所を指しながら
「着替え探してたら出て来た」
なんて言ってくるからもう布団に潜って顔を隠すしかない。
確かにそうですね!僕吐いた上に地面に倒れたから土とか汚れもついたでしょうしね!着替えを探してくれたのは本当にありがたいよ!今清潔な服になってるのはマリオットのおかげなんだから。だけど!
「か、隠してあったんだからそのままにしておくのが優しさじゃない!?」
「いや、もうこんな物まで使うくらい進んだのかと思って好奇心が抑えられなかった」
「そこは抑えといてよ!……大体、オーナーは僕の事そんな目で見てないし!」
なんでマリオットがスンッてなるんだよ!チベットスナギツネみたいな顔しやがって!僕もハシビロコウみたいな顔してやるからな!
「じゃあ何でこんなもん持ってんの?」
「……それは、その……一度くらいはちゃんとシて欲しいな?って下心が……ありますけど!?それが何か!?」
「逆切れすんなよ……。そもそもどうしてオーナーにはそこまでして欲しいわけ?今オレだって一応Domなんだけど?これ使ってやろうか?」
「え……」
マリオットが?僕にこれを使う?
「……嘘だよ。オレはSwitchだけど、どっちかと言えばSub寄りなのは知ってるだろ」
だからそんな顔すんな、って言われて思わず自分の頬をさすってしまった。
今僕どんな顔してたんだろ。
っていうかオーナー以外の為にこれを使う勇気は……ないな。うん。他の人と、って思うと気持ち悪くなっちゃう。
「何でオーナーだったら良いと思うんだ?」
「何で……?推しだから?」
またチベットスナギツネになる!その顔やめてください!
「まずそこからだよなぁ……」
「そこ?」
こっちの話、って疲れたようなため息をつくマリオットがふ、と僕の髪を触った。
ちょっと伸びてきたから、ってナナル姉さんが整えてくれたばかりの髪だ。
ナナル姉さんは髪結いを目指してたらしくてみんなの髪を綺麗に整えるのが好きなんだよね。結局家が貧乏で髪結いで有名になる前に家族が餓死してしまいそうだったからオーナーの店にやって来たんだって。最初は姉さんの稼ぎで何とか暮らしてたけど、今では弟達は教会で勉強を教えて貰って、親達は教会から紹介してもらった仕事で生きていけるようになったからここに来てよかった、って僕の髪を整えながら教えてくれた。
今では姉さん1人の稼ぎでも充分暮らしていけるけど、家族はちゃんと働いて今度は姉さんに何かあった時に恩返しをするんだ、って一生懸命お金を貯めてるらしい。
もうナナル姉さんも安心して髪結いを目指せるんじゃないか、って訊いたんだけど思ったよりここの居心地が良いからここにいたいんだって。代わりに弟達が何か夢を見つけてその夢を叶えてくれる方が何倍も嬉しい、って。本当に素敵な家族だと思う。
なんて1人でしんみりしてたら未だに頭をさわさわと弄られてる感覚があってマリオットを見上げた。
「何?もしかしてハゲてる……!?」
事実じゃなかったらしいけど、マリーアントワネットは一夜にして髪が真っ白になったなんて話もあるくらいだ。ラーグにキスされた衝撃で毛根が一部死滅してしまう事もあるかも知れない。
ちょっと不安になって頭に手をやったけど僕の手の平が当たる部分はとりあえずふさふさしてる。
「ハゲてたら魔物の毛でいいカツラ作ってやるよ」
「え、やめてよ。ハゲてるの?ハゲてないの?どっち!?」
「どっちだろうな~」
今度は僕がチベットスナギツネになる番だ。
マリオットがこういう揶揄う口調の時は大抵なんの問題もない時だから。だったら素直に何ともないよ、って言ってくれたら良いと思う!
でも何でか未だに僕の髪を指先で掬ってさらりと落とす事を繰り返してるから微妙にソワソワしてしまう。
や、やっぱりハゲてるの!?
「髪って魔力が宿るんだよな」
「ん?まあ授業でそう言ってたね」
魔力は体全体を循環する血液みたいなものなんだけど、髪にも魔力が循環するって。別に伸ばさなくても良いんだけど、伸びてる方が魔力が貯めやすいって考え方もあって魔塔の魔導師なんかは皆髪を伸ばしてる。
でも聖騎士のギフトは短髪でバンバン魔法使ってたから髪の長さって絶対関係ないと思うんだけどね。
ただ魔王になったウルも髪長かったな~。あれは作者の『魔王は長髪』って謎のこだわりが発揮されてただけな気もするけど。
「魔力が溢れるから伸びるのか、貯める為に伸ばすのか……」
「何の話?」
また、こっちの話、って一言で僕の頭から手が離れていく。
何の事か全くわからないモヤっと感は残るけど今は絶対教えてくれない顔をしてるから訊かないでおこう。
「っていうか、マリオットはどうしてここに?」
「オーナーに用事があって来たんだけど、ルピに呼ばれてな」
丁度近くまで来た時にルピが飛んできて周りでぴいぴい鳴くから何かあったんだと思って来てみたら僕が倒れる所だったらしい。
少し前に出たラーグとは鉢合わせなかったみたいだけど……一応国外追放された僕の側にスタンレールの貴族がいたら反意あり、って思われても仕方ないから見つからなかったのなら良かった。
まあ偶然とはいえ殿下も来てたし。しかも僕を買おうとまでしてたし。マリオットがいるのも偶然だってごり押ししてもいけると思うけど。
「オーナーまだ帰ってない?」
「さっき訊いたら、また魔物の群れが現れたからそっちの討伐に駆り出されたらしい」
代わりに店には用心棒役でティールが来た、って言われたけどティールはどうでもいいや。マリオットはティールがいて嬉しそうだけど。
「ティールは連れていかなかったんだね」
「今回は辺境伯騎士団じゃなくて王城騎士団が出て来てるみたいだからな」
辺境伯は国境を守るだけあって王城騎士に引けをとらない自軍を持ってる。いざって時に王城の騎士団を待ってたらあっという間に国境を越えられてしまうだろうから。
逆に言えば王家と同じだけの戦力を有した危険人物が辺境伯だ。スタンレールでは王家と辺境伯の関係って常にぴりぴりしてたんだよね。パルヴァンがどうかはわからないけど。
一応ティールは辺境伯騎士団と行動を共にしてるから今回は休みなんだろう。でも王城騎士が来たって事はギフトも来てるんじゃないかと思うんだけど。あれ?そもそも――
「王城騎士が出て来たならどうしてオーナーは駆り出されたの?」
「傭兵枠で。あの人まだ冒険者登録切ってないらしいな」
「え、そうなの!?」
なんてこった!だったらオーナーが冒険者する姿見る機会があるかも知れないって事!?って今まさにその姿で魔物退治に出てるって事か!!見たかったーーーー!!
なんか市場に行ったらそのまま拉致状態で連れて行かれたらしいから、もしかしてムチムチヒヨコちゃんエプロンのままなんだろうか。それはそれで良すぎない?この間のマッドベア倒した時もヒヨコちゃんエプロンのままだったけど、それがまた見れるかも知れないって事?見た過ぎるーーーー!!
ベッドの上でゴロゴロ悶える僕をまたチベットスナギツネ顔で見ながらマリオットが落ち着け、って顔面押さえつけてきたから危うく息が止まるところでした。
死ぬ時はオーナーの腕の中以外認めん!それ以外で死んだら化けて出てやるからな!
ガンガン痛む頭に手をやろうとして動かない事に一瞬びくり、と体が跳ねたけどそこにいたのは何故かマリオットだった。
「何でここに……」
うわぁ、吐き過ぎて声が枯れてるわ。
吐いた理由を思い出してぞわり、と総毛だった僕の頭をマリオットの手が優しく撫でる。
「よしよ~し、落ち着け~。何があったか知らんけど、もう危ない事は何も起こらないからな~」
何だよ、と言いかけてちょっとだけ吐き気が引いた事に気付いた。
そうだった、そう言えばマリオットってSwitchだからDomにもなれるじゃん……。もしかしてそのおかげ?
オーナーの時に感じる絶対的な安心感とか支配されたい、甘やかされたい、みたいな感情はないけどマリオットの手が頭を撫でる度にふんわりとした温かさを感じる。
これってアフターケアしてくれてるんだよね?って事は僕はやっぱりSubドロップを起こしてたんだろう。
「えっと……ありがとう?」
まだ頭痛は酷いけど、内臓ごと外に出てしまいそうな気持ち悪さは軽減してる。マリオットが握る手はズキズキ痛むけどちゃんと手当してあって、ガーゼの下からまだ血が滲んでた。
よっぽど強く木を抉ったんだな~、なんて他人事みたいに思ってたら離れた手が僕のおでこにばし、っと濡れたタオルを叩きつけて来た。
痛いし冷たくてびっくりしたからやめてください!
でも冷たいタオルを乗せてくるって事は熱があるんだろう。この頭痛はその所為かな。
「で、何があった?」
そもそもジト、っと目を細めてくるマリオットはどうしてここにいるんだ?
「マリオットは何で……いや、何でもないです。話します」
黙ってにっこり笑うマリオットの後ろに般若が見えた!絶対いた!
「……ラーグが来てたんだ」
「弟か。何でまた」
「殿下の他国交流の付き添いだって。……父様達を追い出して自分が公爵になったから、……あの家に帰って来い、って」
あのクソ親父が簡単に追い出されるとか一体ラーグは何をしたんだろう。
だって僕のお母さんがいる間に浮気して、自分の両親が死んだ途端に浮気相手を正妻に迎えて、自分の息子を王太子妃にする為に嫌いな僕を育てたくらい強かなおっさんだ。
眉間に皺を寄せて考えてたらマリオットが首を傾げた。
「それでなんでSubドロップを起こすんだ?」
帰りたくないのはわかるけど、と言われて僕は黙ってしまう。
だって弟にキスされました、って言えと……?
ハッ、また般若が顔を出しかかってる!言えって事ですよね、わかってます!
「……き、急に、……キス、されて……」
「は?何で?」
「僕が訊きたいよ!」
何だったのあれ!スタンレールではあんな挨拶が流行ってるの!?
あんまり思い出すと気分が悪くなるから、おでこに乗ってたタオルでごしごしと唇を拭いて意識を切り替えようとしてた僕の手をまたマリオットに掴まれた。
「だから口が切れてるのか」
「え、切れてる?」
ほれ、と見せられたタオルには血がついててびっくりだ。
僕そんなに強く擦ってたかな。あ、気絶する前に結構ごしごしやったかも知れない。
「オーナーに見つかる前に回復薬で治した方が良いんだろうけど、お前効かないもんな」
僕の場合全ての病、瀕死状態を治す霊薬クラスならこの傷も治るだろうけど、普通の回復薬程度だったら血が止まるくらいしか効果が出ない。毒耐性はありがたかったけど普通の薬も耐性があるのはこういう時に困るんだよね。
というか、僕あんなに栄養状態悪かったのに良くもまあ大きな病気にもならずに生きていられたもんだ。風邪程度だって薬が効かないから命に関わっちゃう可能性高かったのに。いや、そもそも僕が病気になったからってあの両親が僕の為に薬なんて用意してくれる筈ないけど。
推しに会いた過ぎて免疫爆上がりしてたんだろうか。もしそうなら流石推し!僕の命の恩人だ!推しは命すら救ってくれるんだ!もはや神じゃないか?
でも今その神に口の傷とSubドロップを起こした理由を問われるかも知れないっていうピンチを迎えてしまった。
「……ん?けどオーナーが理由なんて気にするかな?」
「……お前本気で言ってる?」
「心配はしてくれるだろうけど……」
オーナーにとって従業員は大事な家族だから僕如きの事でも心配はしてくれると思う。
でも伝えた所で、へえ、新しい挨拶だったのか?災難だったな、みたいな感じで終わってしまわないだろうか。
だって弟にキスされるって他に一体どんな理由があるっていうんだ?全く血が繋がらないならまだしも、一応半分は血が繋がってるわけだし。
ただ相手がα×Domで僕が過剰に反応してしまっただけで……。
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ニヤニヤ笑うマリオットはもう1つのオモチャも見つけてたみたいで親指で元々の隠し場所を指しながら
「着替え探してたら出て来た」
なんて言ってくるからもう布団に潜って顔を隠すしかない。
確かにそうですね!僕吐いた上に地面に倒れたから土とか汚れもついたでしょうしね!着替えを探してくれたのは本当にありがたいよ!今清潔な服になってるのはマリオットのおかげなんだから。だけど!
「か、隠してあったんだからそのままにしておくのが優しさじゃない!?」
「いや、もうこんな物まで使うくらい進んだのかと思って好奇心が抑えられなかった」
「そこは抑えといてよ!……大体、オーナーは僕の事そんな目で見てないし!」
なんでマリオットがスンッてなるんだよ!チベットスナギツネみたいな顔しやがって!僕もハシビロコウみたいな顔してやるからな!
「じゃあ何でこんなもん持ってんの?」
「……それは、その……一度くらいはちゃんとシて欲しいな?って下心が……ありますけど!?それが何か!?」
「逆切れすんなよ……。そもそもどうしてオーナーにはそこまでして欲しいわけ?今オレだって一応Domなんだけど?これ使ってやろうか?」
「え……」
マリオットが?僕にこれを使う?
「……嘘だよ。オレはSwitchだけど、どっちかと言えばSub寄りなのは知ってるだろ」
だからそんな顔すんな、って言われて思わず自分の頬をさすってしまった。
今僕どんな顔してたんだろ。
っていうかオーナー以外の為にこれを使う勇気は……ないな。うん。他の人と、って思うと気持ち悪くなっちゃう。
「何でオーナーだったら良いと思うんだ?」
「何で……?推しだから?」
またチベットスナギツネになる!その顔やめてください!
「まずそこからだよなぁ……」
「そこ?」
こっちの話、って疲れたようなため息をつくマリオットがふ、と僕の髪を触った。
ちょっと伸びてきたから、ってナナル姉さんが整えてくれたばかりの髪だ。
ナナル姉さんは髪結いを目指してたらしくてみんなの髪を綺麗に整えるのが好きなんだよね。結局家が貧乏で髪結いで有名になる前に家族が餓死してしまいそうだったからオーナーの店にやって来たんだって。最初は姉さんの稼ぎで何とか暮らしてたけど、今では弟達は教会で勉強を教えて貰って、親達は教会から紹介してもらった仕事で生きていけるようになったからここに来てよかった、って僕の髪を整えながら教えてくれた。
今では姉さん1人の稼ぎでも充分暮らしていけるけど、家族はちゃんと働いて今度は姉さんに何かあった時に恩返しをするんだ、って一生懸命お金を貯めてるらしい。
もうナナル姉さんも安心して髪結いを目指せるんじゃないか、って訊いたんだけど思ったよりここの居心地が良いからここにいたいんだって。代わりに弟達が何か夢を見つけてその夢を叶えてくれる方が何倍も嬉しい、って。本当に素敵な家族だと思う。
なんて1人でしんみりしてたら未だに頭をさわさわと弄られてる感覚があってマリオットを見上げた。
「何?もしかしてハゲてる……!?」
事実じゃなかったらしいけど、マリーアントワネットは一夜にして髪が真っ白になったなんて話もあるくらいだ。ラーグにキスされた衝撃で毛根が一部死滅してしまう事もあるかも知れない。
ちょっと不安になって頭に手をやったけど僕の手の平が当たる部分はとりあえずふさふさしてる。
「ハゲてたら魔物の毛でいいカツラ作ってやるよ」
「え、やめてよ。ハゲてるの?ハゲてないの?どっち!?」
「どっちだろうな~」
今度は僕がチベットスナギツネになる番だ。
マリオットがこういう揶揄う口調の時は大抵なんの問題もない時だから。だったら素直に何ともないよ、って言ってくれたら良いと思う!
でも何でか未だに僕の髪を指先で掬ってさらりと落とす事を繰り返してるから微妙にソワソワしてしまう。
や、やっぱりハゲてるの!?
「髪って魔力が宿るんだよな」
「ん?まあ授業でそう言ってたね」
魔力は体全体を循環する血液みたいなものなんだけど、髪にも魔力が循環するって。別に伸ばさなくても良いんだけど、伸びてる方が魔力が貯めやすいって考え方もあって魔塔の魔導師なんかは皆髪を伸ばしてる。
でも聖騎士のギフトは短髪でバンバン魔法使ってたから髪の長さって絶対関係ないと思うんだけどね。
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「魔力が溢れるから伸びるのか、貯める為に伸ばすのか……」
「何の話?」
また、こっちの話、って一言で僕の頭から手が離れていく。
何の事か全くわからないモヤっと感は残るけど今は絶対教えてくれない顔をしてるから訊かないでおこう。
「っていうか、マリオットはどうしてここに?」
「オーナーに用事があって来たんだけど、ルピに呼ばれてな」
丁度近くまで来た時にルピが飛んできて周りでぴいぴい鳴くから何かあったんだと思って来てみたら僕が倒れる所だったらしい。
少し前に出たラーグとは鉢合わせなかったみたいだけど……一応国外追放された僕の側にスタンレールの貴族がいたら反意あり、って思われても仕方ないから見つからなかったのなら良かった。
まあ偶然とはいえ殿下も来てたし。しかも僕を買おうとまでしてたし。マリオットがいるのも偶然だってごり押ししてもいけると思うけど。
「オーナーまだ帰ってない?」
「さっき訊いたら、また魔物の群れが現れたからそっちの討伐に駆り出されたらしい」
代わりに店には用心棒役でティールが来た、って言われたけどティールはどうでもいいや。マリオットはティールがいて嬉しそうだけど。
「ティールは連れていかなかったんだね」
「今回は辺境伯騎士団じゃなくて王城騎士団が出て来てるみたいだからな」
辺境伯は国境を守るだけあって王城騎士に引けをとらない自軍を持ってる。いざって時に王城の騎士団を待ってたらあっという間に国境を越えられてしまうだろうから。
逆に言えば王家と同じだけの戦力を有した危険人物が辺境伯だ。スタンレールでは王家と辺境伯の関係って常にぴりぴりしてたんだよね。パルヴァンがどうかはわからないけど。
一応ティールは辺境伯騎士団と行動を共にしてるから今回は休みなんだろう。でも王城騎士が来たって事はギフトも来てるんじゃないかと思うんだけど。あれ?そもそも――
「王城騎士が出て来たならどうしてオーナーは駆り出されたの?」
「傭兵枠で。あの人まだ冒険者登録切ってないらしいな」
「え、そうなの!?」
なんてこった!だったらオーナーが冒険者する姿見る機会があるかも知れないって事!?って今まさにその姿で魔物退治に出てるって事か!!見たかったーーーー!!
なんか市場に行ったらそのまま拉致状態で連れて行かれたらしいから、もしかしてムチムチヒヨコちゃんエプロンのままなんだろうか。それはそれで良すぎない?この間のマッドベア倒した時もヒヨコちゃんエプロンのままだったけど、それがまた見れるかも知れないって事?見た過ぎるーーーー!!
ベッドの上でゴロゴロ悶える僕をまたチベットスナギツネ顔で見ながらマリオットが落ち着け、って顔面押さえつけてきたから危うく息が止まるところでした。
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