【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります

ナナメ

文字の大きさ
上 下
17 / 49
第1章 念願の国外追放

ラーグ

しおりを挟む
 結論から言えば祭りの日に弟を見たというのは気のせいじゃありませんでした。
 翌朝庭で洗濯してた僕の目の前に急に影がさしたと思ったら弟が立ってたんだよ。
 思わず泡のついた手で目を擦っちゃって内心ギャー!?ってなったんだけど、それよりもこんな所でまさかラーグと出会うと思ってなかったからびっくりした。

 ハガルは母親譲りの薄ピンクの髪だけど、ラーグは父親譲りの紺色の髪と青い瞳、α×Domに相応しく16にして既に体は結構出来上がってる。
 まぁオーナーの筋肉に比べたらまだまだだけどね!
 背は高いし、顔つきも父親に似てきたんじゃないだろうか。切れ長の目と通った鼻筋、笑うことの少ない薄い唇が冷たい印象を与える所もそっくり。
 だから正直父親に似てきたその顔をずっと見ておくのはメンタルによろしくない。相手がラーグだってわかってるのにさっきから心臓がバクバク嫌な音を立ててるんだ。

 でも無言でいるわけにもいかないし、とりあえず口を開いた。

「久しぶり。どうしてここにいるの?」

「……殿下の他国交流の付き添いとして」

 え、殿下まだいたの?とっくに帰った若しくは不興をかって帰らされてるかと思ってたわ。

「ん?でも殿下の付き添いって……ラーグまだ学生でしょ?」

 殿下はもう卒業して公務一本になってるけど、ラーグは学生の身なのに付き添いってどういう事?

「公爵代理として付き添いです」

「……公爵代理?」

 えぇ……?あのクソ親父は何してるの?ここにいたのがあの人だったら僕の心臓びっくりしすぎて止まってたかも知れないけど。
 ラーグはしばらく黙って僕の手から滴る泡とタライの中の洗濯物を見つめてからおもむろに僕の肘を掴んだ。

「帰りましょう」

「え、帰るってどこに」

 僕の家ここなんだけど。

「公爵家にです。邪魔な人達は皆排除しましたから」

「邪魔な人……?排除って……、ラーグ?」

 何を言ってるんだろう?
 握られた腕を軽く引かれたけど、僕は慌てて足を踏ん張って首を横に振った。

「待って、ラーグ。公爵家に帰るつもりなんてないよ。確かに追い出された形だけど、僕はここで楽しく暮らしてるから」

 もしかして僕がここで洗濯なんてしてたから虐げられてると思ったんだろうか。
 これは僕が好きでやってるんだよ、って言っても信じない顔してるしラーグは僕が夜中こっそり井戸で洗濯してたのも知ってたからなぁ。ここでも同じ事してると思ってるのかも知れない。
 でも違うんだ!これはオーナーの防御力抜群な黒おパンツなんだ!これを洗うのは僕の使命なんだから邪魔しないで!って言ったら頭のネジが飛んだとか思われそうだし……。
 いや、そもそもどうしてこの場所をラーグが知ってるの?

「それよりラーグ、どうしてここがわかったの?」

「殿下が兄さんを見た、と」

 ……あのバカ殿下……本物のバカだったか……。バカ正直に娼館に行ったって報告したんだね。さぞやパルヴァンの王族は呆れ果てたでしょうね……。

 ちょっと遠い目になってしまったけど、目の前のラーグはまだ僕の腕を離してくれない。
 というかラーグと僕にはそんなに接点もなかったと思うんだけど、どうして僕を連れて帰ろうとするんだろう?

「僕は本当に好きでここにいるから帰らないよ。それに僕は父様――アルタメニア公爵からも勘当されてるし、殿下からも国外追放されてるんだよ?」

 まあその殿下にここで出会っちゃいましたけどね。
 でも別に殿下は僕の国外追放取り消しはしてないし、取り消されたところで帰るつもりなんて毛頭ない。公爵家なんて未練の欠片もないもの。

「……父上はもう隠居されました。まだ学生なので公には代理という立場にはなっていますが今の公爵は私です。兄さんの国外追放も取り消すよう王家には嘆願を申し立てていますから近々受理されるでしょう」

「……何で?」

 え?何で?
 いや、本当に何で??それしか言葉が出てこないんだけど。
 だって別に帰りたいとか言った覚えもなければラーグとそんなに仲良くしてた記憶もない。たまに出会うくらいだったのに、どうしてそこまで?

「……兄さんと話そうとすると父上が兄さんを酷く殴るからずっと近寄れませんでした」

 ああ……そういえば毎回だったわけじゃないけど僕は別に何もしてない気がするのに急に来て殴られた事があったな。確かにそういう時って直前にラーグがお菓子を持って来てたかも。

 もしかして小説のハガルがウルに近付かなかったのも同じ理由かな?って言っても現実のハガルは嬉々として僕の事苛めてきたけどさ。ハガルとラーグの役割が入れ替わってる感じ?
 もっともハガルもラーグも小説では公爵代理になんてならなかったし、その公爵は確か魔王の最初の犠牲者だったけど。暴走した時に巻き込んだんだよね、確か。そう考えるとあのクソ親父も僕のおかげで命拾いしたんじゃないの?感謝して欲しいくらいだわ。

「兄さん?」

 ハッ!?自分の世界に入ってた!
 えっと?つまり……。

「公爵家にはもう父様達はいない……?」

 だから田舎に行ったって事?変な時期に王都邸離れたな、って思ってたんだけどラーグが追い出した……って事だよね?

「もう兄さんを虐げる人はいませんから。私と一緒に帰りましょう」

 使用人も一新して、ハガルや継母と一緒になって僕を虐げた人達はみんないなくなってるんだって。小説で最後の一押しをしたあの従者の青年は元から側に置かなかったけどやっぱりあいつも一緒になってイビってきたからいなくなったのは正直清々する。
 でも傷ついて苦しんで魔王になってしまうウルはもうどこにもいない。だってここにいるのは僕だから。
 だから僕は別にあの家にも家族にも何の思い入れもないし戻る気もない。せっかく頑張ってくれたラーグには悪いけど、推しの側から離れるなんて絶対ごめんだよ。

「ごめんね、ラーグ。僕はここの生活が好きなんだ。この洗濯だって僕がやりたくてやってるの。やらされてるわけじゃないんだよ」

 なんせオーナーのおパンツですからね!そりゃあ気合い入れて洗うよ!

「ね、せっかく来たんだから僕の手料理食べて帰る?殿下の付き添いだったらあんまり時間ないかな?」

 あれ?そういえば公爵代理だったら護衛の人とかいるんじゃないのかな?
 ひょい、と大きな体の向こうを覗いてみても誰も見えない。もしかしてラーグもお忍びで来たんだろうか?もしそうなら殿下に続き付き添いの公爵代理まで勝手な行動をした、ってすごい反感買いそうだけど大丈夫なの?

「……あの、ラーグ?手……」

 そろそろ腕が痛くなってきたから離してくれるとありがたいんだけど。
 話してる間にすっかり泡が乾いてしまった手がカピカピしてるし、洗濯も途中だし。
 あんまり思いっきり振り払ったら可哀想かな、って思って控え目に腕を引いてみるんだけどびくともしない。
 ええ~、力強すぎない?そんなに掴まれたら痣になっちゃうよ。

「帰るって言うまで離しません」

 なんて強情!

「帰らないってば。どうしてそんなに僕を連れて帰りたいの?王太子妃になるけど、ハガルがいるでしょ?」

 僕とは半分しか血が繋がってないけど、ハガルとはちゃんと血が繋がってるんだから兄弟仲良くしなよ。
 それに一応あんなのでも王太子妃になる予定なんだしさ。公爵家としては政治的地位が上がってありがたいんじゃないの?
 その辺興味ないから知らないけど。
 なんてったって僕の頭には今推しのおパンツを早く洗って干さないとヨレヨレになっちゃう!って思いしかないからね!

「あの人は――王太子妃にはなれませんよ」

「え?何で?」

 あんなに堂々と皆の前で宣言したじゃん。今更覆せないでしょ。
 ……ハガルがダメ過ぎて無理、ってなってるのかも知れないけどそれなら別に後宮にでも入れとけば良いんじゃないの?
 未来の王妃とかには向かないだろうけど夜のお相手は喜んでしてくれると思うけどな~。

「……わかりました。今は時期尚早だったかも知れません」

「どの時期に来ても帰らないよ?」

 何なの?その意地でも連れて帰ります、みたいな顔は。
 わけがわからなくて見上げたら思いの外近い場所にラーグの顔があって――

「……んん!?」

 唇に当たる柔らかな感触は何なんだ。
 どうして視界一杯にラーグの顔があるんだ。
 わけがわからなくて固まった僕とラーグの唇の間で、ちゅ、なんて可愛らしい音が立ったのは一体どういう事なんだ。

 驚きすぎてそのまま上目で見上げたら、目元を赤くしたラーグの顔がまた近寄ってきて……。

『ぴぃ!!!』

 バシ!と鋭い音がして我に返った。

「魔物!?」

「ルピ!」

 僕の腕を掴んでいたラーグの手を嘴で突いたルピは思いきり振り払われた所為で地面に叩き付けられてしまった。
 慌てて手のひらで掬い上げるけど、泥だらけの体のままぴいぴいと元気に鳴いてる様子を見た限りでは怪我はしてないみたいだ。良かった。
 ルピはこの間のおじさん達の一件から僕のピンチ以外にはあんまり外に出てこなくなったんだよね。あの網で捕まったのがよっぽど怖かったのか……それとも何かしら学習したのか。マリオット曰く凶鳥とかハルピュイアは賢い部類の魔物だっていうし。

「それは魔物です!」

「大丈夫だよ。魔物学者がこの子は弱い個体だから普通の鳥と変わらないって言ってたし」

 いや、その前に何で今キスした?
 え?今キスされたよね?気のせいじゃなかったよね?
 まだ唇に感触が残ってるんだけど!

「今のは何?」

「……また来ます」

 くる、っと背を向けるラーグにもう1回説明は!って叫んだけどそのまま行ってしまった。
 追いかける事も出来たけどそんな気にならなくて、とりあえず感触の残る唇をゴシゴシと袖で拭く。

「……ルピ……あれ何だったと思う?新しい挨拶?」

『ぴぃ?』

 一緒に首を傾げてみるけど答えなんて出るわけがない。
 大体こんな展開小説にはなかった。
 いやウルが魔王になってない時点で小説とは全然違うけど。
 でもラーグが公爵代理になった?
 ハガルが王太子妃になれないってどういう事?
 一応公爵家の長男っていう立場ではあったけど除籍された僕の存在がラーグの邪魔になるって事はない筈だ。
 ラーグは一体何を考えてるんだろう?全くわからない。一番わからないのは今のキスだけど。

 ……誰にも見られてないよね?
 ふと不安になって周りを見回す。別に僕からしたわけじゃないし、何のキスだったのかもわかんないんだけど謎に浮気した気分になるわ。
 僕は!オーナー一筋!!
 結構騒いだけどお姉さん達は寝てる時間だし、オーナーは今日も市場だったし幸い誰にも見られてなかったみたいで一安心。

 でも驚きが過ぎたら今度は気持ちが悪くなってきた。
 何だか覚えがある気持ち悪さだ。何だっけ、これ。

(ああ、そうだ……)

 Subドロップする時の気持ち悪さだ。
 グラグラする視界の中、何とかみんなの洗濯物から離れて庭の隅まで歩く。
 だってオーナーのおパンツに吐き散らかすわけにいかないからね!!いや、お姉さん達のほぼ紐な下着達もだけど!
 そんな事考えながら無意識にゴシゴシと唇を擦って、庭の隅に行って。何とか耐えてた吐き気がそこでピークに達したからゲロっと吐いてしまった。
 一度出しても止まらない。元々そんなに物が入らない胃の中身が全部出て胃液ばっかりになっても止まらなくて息が苦しい。

 どうしよう、気持ち悪い。
 頭痛い。
 吐き過ぎて息出来ない。

 支えにしてた木に爪を立てた所為で血が出てるのがぼやけた視界に映ったのを最後に意識が遠退いていく。
 ぴい、と鳴くルピの声と誰かが僕の名前を呼んだ気がしたけどぶつりと強制的にテレビを切られたみたいな感じで僕の意識はなくなった。

 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

お飾り王婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?

深凪雪花
BL
 前世の記憶を取り戻した侯爵令息エディ・テルフォードは、それをきっかけにベータからオメガに変異してしまう。  そしてデヴォニア国王アーノルドの正婿として後宮入りするが、お飾り王婿でいればそれでいいと言われる。  というわけで、お飾り王婿ライフを満喫していたら……あれ? なんか溺愛ルートに入ってしまいました? ※★は性描写ありです ※2023.08.17.加筆修正しました

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

処理中です...