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第1章 念願の国外追放
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マリオットが来てから1ヶ月が経った。
あれから特に何もないし、ギフト経由で店や教会周辺の警邏がそれとなく増えたらしいけど本当に何事もなかったから今では通常に戻ってる。
他国交流っていう名目のマリオットは一応この国の研究機関にたまに顔を出しているらしい。
僕はもちろん生態が怖いのと僕の配下になってたかも知れない彼らを弄るのが怖くて専攻してなかったけど、魔物生態学を専攻してたマリオットは最年少博士号を取った天才だ。……僕が万が一魔王になってしまったらマリオットに取っ捕まって研究されてしまうかも知れないからそういう意味でも絶対魔王化は避けないといけないんだ。だって絶対容赦ないもん。歯くらいなら嬉々として引っこ抜いてきそうだもん。
そのマリオット本人はいつの間にか教会を借宿にしててびっくりした。
確かに他国交流なら教会にいてもいいけどさ。しかもマリオットの護衛騎士がいるから変な奴がいても教会には寄り付かないだろうし。
でも僕は知ってる。あいつはティール目当てだ。ティールには相手にされないらしいけど、本人は毎日推しを眺められて嬉しそうだから。その気持ちはわかるよ!僕も毎日推しと一緒で幸せだもん!!
ただティールにとっては若干迷惑なのか、マリオットの護衛騎士がいるのを良いことに最近では教会よりも店の方にいる事が増えてきて僕はちょっと嫌なんだよね~!
だって魔王と勇者だよ!?相入れない存在が同じ空間にいるとかどんな拷問だよ。
「何でまたいるんだよ」
「うるさいな。お前に関係ない」
ほらこれですよ、可愛くない!お前には絶対僕の手料理なんて食べさせてやんないからな!
「お前らな……年も近いんだから仲良くしろよ」
お互いそっぽ向き合う僕らにオーナーは呆れたようなため息をついた。
「年が近くたって仲良くなれない人だっているんです~」
いや……魔王化した時に退治されないように仲良くなっておくべきか……?
いやいや、でも絶対こいつは容赦なくぶった切ってくるだろう。仲良くなり損になるのは火を見るより明らかだ。
「僕は~、こんな顔だけの仏頂面男より~、オーナーと仲良ししたいな?」
頬に手を当ててきゅるるん、って上目で見るけどまたため息をつかれてしまった。
ついでに隣からも大きなため息が聞こえた。
「っていうか何で隣に座ってんの?もっと離れてよ」
「は?ここ俺んちでもあるんだけど?どこに座ろうと勝手だろ」
やだ、コイツ感じ悪い!嫌い!マリオット男見る目ない!!今度出会ったらあいつは絶対やめておけ、って注意しておかなきゃ!まだギフトの方が良いよ!それにどうせこいつはこの国の……名前は忘れたけど第3王子に見初められるんだから、叶わない恋なんてするもんじゃないよ。
僕が魔王化してないからどうやって出会うかしらないけど、きっとそこら辺の町中とかにお忍びでやって来てた第3王子がゴロツキに絡まれてあわや手篭めに……!?って所に颯爽と現れて惚れられたりするんだろ。
で、本来なら魔王を倒した功績で一代限りの爵位を得たティール・エーデルワイス卿は第3王子との結婚を果たしたけど、ただのティールのまま恋に落ちた二人は身分の違いに苦しんで……。
『貴方には俺では釣り合わない。貴方に相応しい方と幸せになってくれ』
そう言って二度と戻らない旅に出ようとするティール。
『貴方以外、誰が私を幸せにしてくれるというのです……!私が貴方を選んだのです!貴方以外いりません!ティール!』
行かないで、と泣いて背中に縋る第3王子。
拳を握り、今にも振り返って抱き締めてしまいそうになる心にグッと蓋をして、冷たく第3王子を振り払うティール。
『俺が貴方を本気で愛した事は一度もない』
冷たい石畳の地面に倒れる第3王子へわざと冷たく言って、一度も振り返らないまま去っていくティール。
ポタポタとタイミング良く降ってきた水滴はやがて大粒の雨となり……。
『ティール……それでも、それでも私は貴方を……』
愛しています、と王族への贈り物としては些か安物過ぎる指輪の、ティールの瞳に合わせた色の石。冷たいそれに唇にあてて呟く第3王子。彼の細く頼りない肩は冷たい雨にうたれて震え、そのきめ細やかな頬には熱い涙が――
「何てヤツだ!!本当にお前は嫌なヤツだな!!」
「何の話だ!」
「ハッ!?しまった、妄想が口から出た!」
でもやりそうじゃない、こいつ?
自ら身を引いて相手の幸せを願う、と見せかけたヘタレ行為しそうじゃない?まあ相手が王族だから全てを捨てて駆け落ちなんてしようもんなら王族誘拐で処刑だろうけど。
「……僕には応援しか出来ないけど、何か手柄を立てられるように頑張れよ……」
ぽん、と肩に置いた手を再び何の話だ、っていう突っ込みと共に嫌そうに振り払われてしまった。ほら、こいつ絶対第3王子にもこれやるって。絶対!!!
いい加減第3王子の名前思い出せないけど、なんて可哀想な第3王子……!
だなんて妄想に浸る僕を、血の繋がりなんてない筈の2人がそっくりな顔で訝しげに見てくる。
他人でも長年一緒にいると似るって言うもんな。う、羨ましくなんてないぞ!僕だって毎日洗濯頑張ってるから腕にちょっと筋肉ついてきたもんね!オーナーに似た筋肉目指すもんね!!
「何の事か良くわからんが、とりあえずお前はユリアのマッサージの日なんだろ?早く飯食え」
ことん、と置かれた皿にはオーナー特製の昼食。オリーブの白身魚の包み焼きは両端がキャンディのように可愛くねじってある。
包みをゆっくり開ければ中からはふわりと爽やかなハーブの香り。これは……タイムの香りかな?オリーブの実もコロコロ出てきて、キノコとトマト、玉葱も入っていて具沢山。バターのいい香りもしてる。
もう1つことり、と置かれたのはオニオンスープ。僕の弱い顎じゃ固いパルヴァンパンは噛み切れないからね。良く見ればスープにもバジルが散らしてあって、思わずむふふと笑ってしまった。
僕がハーブを使ってるからなのか最近オーナーも使ってくれるようになったんだよね。だからなのか、最近はオーナーからもハーブみたいないい香りがする事があるんだ~。ティールみたいに表情が似たりはしないけど、ハーブの香りはお揃いに出来るんだからな!
むふふ、と勝ち誇った笑みを浮かべる僕を気持ち悪そうに見ていたティールは僕を見てふと首を傾げた。
「何か変なにおいするな?」
「何!?僕が臭いって言いたいの!?」
そんなバカな!毎日マリーゴールドのハーブ石鹸で体洗ってるし、洗濯物だって良い香りがするってお姉さん達からもお客さん達からも好評なのに!?
いや、と言ってから続けて何かを言おうとしていたティールの声に被せるようにドアがけたたましく叩かれて飛び上がる。
「エオロー!エオロー、開けてくれ!」
「カヴェン?どうした」
お向かいに住むカヴェンさんはオーナーより何歳か年上のヒゲもじゃさんだ。焦げ茶の髪とヒゲで覆われた顔、大きくてずんぐりむっくりなカヴェンさんを見てると熊を思い出してしまう。熊は可愛い顔して狂暴だけどカヴェンさんは強そうな見た目なのに気弱で優しい。そんなカヴェンさんの大きな声なんて初めて聞くかもしれない。
僕はオーナーお手製の昼食を食べながらチラチラと玄関を見た。あんなに大きな声で入ってきたのに、声が小さすぎて何言ってるか全然わかんないよ~。
「お前、それだけで足りるの?」
しかもまだいる未来の勇者が話しかけてくるし!
「これでも食べられる量増えたんだからな!」
魚は半身を2/3だけ。パンは一切れ半。他の人にとっては少なすぎ、って思われる量だろうけど最初はもっと少なかった。おかずは1、2口しか食べられなかったし、パンも今の半分くらい。
実家にいる時は料理長にバレないように残飯だったり使ってもバレなさそうな量の材料で食事を作ってた。だからお腹一杯食べられる量を手に入れられる日なんかなかったし、学園の寮にいる時だって何度も毒を盛られたから安心して食事なんて出来なかった。そんな日々を過ごす内に胃が縮んでしまったんだろう。
そもそも子供の頃から僕の部屋に出される食事は腐りかけた残飯か、まともなご飯は大体毒入りだったから特技を増やす為っていう名目もあったけど、何より作らないと生きていけなかったから作ってたんだ。部屋に出される残飯よりも夕食に使った野菜屑やみんなが残した残飯の方が新鮮だったし。
ただ自分の為に、って作るのは何だか悲しくて虚しくて、だからオーナーっていう推しを思い出した時嬉しかった。生きる意味と活力を貰えたから。
推しは凄い。あんなに辛かった日々だって推しがいるから乗り越えられた。魔王になって殺される未来だって今のところ訪れそうもない。全ては推しのおかげ、オーナー様々、神様だ。
その推しの!手料理を食べられる僕!本当に幸せだ!
頬に手を当てて推しの手料理を食べられる幸せを噛み締めてたら話が終わったらしいオーナーが何やら眉間に皺を寄せて戻ってきた。
「カヴェンさんなんだって?」
何だかんだ気になってたのかティールが訊く。
何だよ、気になってたなら黙って話に耳傾けとけよ!カヴェンさんの声小さすぎて何にも聞こえなかったけどさ。
「畑に魔物が出るらしい」
「僕じゃないよ!?」
「誰も疑ってねえだろ」
オーナーに呆れたように言われてハッとする。そうだった。僕まだ魔王じゃないんだった。
いや“まだ”じゃないわ!ずっと魔王になる予定なんてなかったわ!危ない危ない。自分から魔王フラグ立ててしまいそうだった。
なんて内心焦りつつ話を聞くと。
少し前から畑の作物が荒らされるようになった。
最初は森の動物かと思ったけど、見たことのない足跡だったから困っていたら通りすがった学者さんがこれは魔物の足跡だって教えてくれた。
学者さん曰く、雑食の魔物で今は農作物が目の前にあったからそれを狙っただけで家畜や下手したら人間も襲う可能性があるから早急に退治した方が良いと言われた。
「――で、その学者が……」
「オレです」
キラン、なんて歯の横に光のエフェクトと効果音がつきそうなくらいの爽やかな笑顔でマリオットが立っていた。
◇
「何で僕まで~……」
「うるさい、ぼやくな」
オーナーの店やカヴェンさんの家がある川沿いから逆に向かっていくとそこは広大な農地になっている。
水源は豊富だし、川から引いた用水路は地下で複雑に張り巡らされていて魔導水やり装置……まあいわゆるスプリンクラーがあっちこっちで水を撒いている。
そこから奥に行ったら今度は果樹園、その先はまだ未開拓な深い森だ。魔物はそこから来ているんだろう、と魔物生態学の博士はしたり顔をしている。
でも何で僕まで連れていく必要があるんだ、って訴えたらマリオットのバカタレは僕が魔法を使える事をあっさりばらしやがったんだ。
しかも――
『え、お前隠してたのか?てっきり衣類が傷むから手洗いしてるんだとばかり……』
なんてオーナーに言われてしまってびっくりだ。
思わず、
『べ、別にオーナーのおパンツに触りたいからじゃないよ!?』
なんて口走ってしまったから危うく僕の至福のおパンツタイムを奪われてしまうところだった。危ない危ない。
魔法が使えるのに手洗いばかりしてるから自動で洗うとそんなに傷むのかと思って魔導洗濯装置――いわゆる洗濯機を買うのを躊躇していたらしいけど、今度買ってくれるらしい。
最後まで手洗いがしたい、って粘ったけど許してくれなかった……。この間からちょこちょこ熱出してるのがダメな理由だって。
僕の体は毒も効きにくいけど薬も効きにくいんだよね。だからしばらく寝込む羽目になるんだ。
別に元気なのに、って言っても頑として譲ってくれないからみんなのおパンツだけは絶対手洗い!!って僕も譲らなかった。
最後には見兼ねたマリオットがこういうお店だから下着からハーブのいい匂いがするのは客からも魅力的じゃないか、って言われてやっと納得してくれたから僕の至福のおパンツタイムは守られたんだ。
魔法使えるのバレちゃったけど……。
「大体何で隠しておきたかったんだ?」
いつも肩から前に流してる髪をアップにして勇ましく木々を鉈で払いながら聞いてくるマリオットをじっとりとした目で見る。
「魔塔に目をつけられたくないんだ」
「確かに未来のま――」
「わー!!」
バカバカ!未来の勇者もここにいるんだよ!!
あと本来なら僕はもう魔王になってる時期だから!魔王になる未来はもうないから!
マリオットの口を両手で押さえる僕を怪訝な顔で見ていたティールがふと表情を険しくした。
僕を後ろに隠した男前なマリオットや存在感なくついてきているマリオットの護衛騎士達もティールと同じ方向を見てる。
ちなみに僕は何かあった時の回復要員として連れてこられただけだから戦闘には不参加だ。
だって怖いもん。マリオットは専攻科目が魔物生態学だからこういう場面は幾度となく経験しただろうけど、僕は一応“魔力もないのに魔力制御の授業に出てた変人”枠なんで。戦闘経験なんて皆無なんで。みんなの後ろで隠れてます。オーナーからも散々言われたしね。
1人で何とかしようとするな。
みんなの後ろから出るな。
ティールから離れるな。
本当は元冒険者だったオーナーがティールの代わりに来たかったみたいだけど、店を休みにするわけにいかないし僕に絶対無茶をさせないように、ってティールにめちゃくちゃ言い聞かせて送り出してくれた。
心配は嬉しいんだけど……僕そんなに無茶しそうかな?命大事に派なんだけど。ガンガンいこうぜ、とか絶対思わないけど。
とりあえずみんなの邪魔にならないようにひっそり息を潜めておく。僕の鼻息とかで気配がわからん、とか言われたらやだし。
っていうかみんなどこ見てるの?
なんて気軽な気持ちで上を見上げて思わず悲鳴を上げるところだった。ぎ、までで悲鳴を飲み込んだ僕を誰か誉めてくれない?
みんなが見てる上の方には……木々に刺さった無数の骸骨。獣、魔物、人間っぽい物もある。中にはまだ身がついてるのもあったけどもうミイラ化しててカラカラだ。それらが沢山木に刺してあるんだ。腐臭がないのはもう干からびてるからなのかな?
そういえば前の世界でもこんな鳥いたよな。外国では絞め殺す天使とか呼ばれてる変わった習性の鳥が。その鳥が鳴く夜は人が死ぬみたいな……。
「凶鳥だ!!!」
誰かが叫んで、ティールの腕が僕を地面に押し倒す。
鼓膜が破れそうな、衝撃波でも出てるんじゃないかってくらいの鳴き声が森に響き渡って驚いた野鳥達が一斉に飛び立つ様がまるでホラー映画のようだ。
僕の真上を鋭い爪が通り過ぎていった。
「縄張り主張をしてる凶鳥は1羽で行動しない!番がいるから気をつけろ!」
マリオットの声が響く。
魔物の生態には詳しくないけど多分あの骸骨達が縄張りの主張なんだろう。
しかも番でいるって事は子供もいるかも知れない。
ふと頭に太古のDNAから蘇らせた恐竜達の島で逃げ惑ったり戦ったりする人間の姿を描いた映画が過った。確かあれにも翼竜の巣に人間が餌として放り込まれるシーンがあった筈だ。何とか助かってた筈だけど……。
「僕は助かるかなぁ……」
真上を通り過ぎていった筈の爪はしっかりと僕の背負っていたリュックを捉えていた。
あれから特に何もないし、ギフト経由で店や教会周辺の警邏がそれとなく増えたらしいけど本当に何事もなかったから今では通常に戻ってる。
他国交流っていう名目のマリオットは一応この国の研究機関にたまに顔を出しているらしい。
僕はもちろん生態が怖いのと僕の配下になってたかも知れない彼らを弄るのが怖くて専攻してなかったけど、魔物生態学を専攻してたマリオットは最年少博士号を取った天才だ。……僕が万が一魔王になってしまったらマリオットに取っ捕まって研究されてしまうかも知れないからそういう意味でも絶対魔王化は避けないといけないんだ。だって絶対容赦ないもん。歯くらいなら嬉々として引っこ抜いてきそうだもん。
そのマリオット本人はいつの間にか教会を借宿にしててびっくりした。
確かに他国交流なら教会にいてもいいけどさ。しかもマリオットの護衛騎士がいるから変な奴がいても教会には寄り付かないだろうし。
でも僕は知ってる。あいつはティール目当てだ。ティールには相手にされないらしいけど、本人は毎日推しを眺められて嬉しそうだから。その気持ちはわかるよ!僕も毎日推しと一緒で幸せだもん!!
ただティールにとっては若干迷惑なのか、マリオットの護衛騎士がいるのを良いことに最近では教会よりも店の方にいる事が増えてきて僕はちょっと嫌なんだよね~!
だって魔王と勇者だよ!?相入れない存在が同じ空間にいるとかどんな拷問だよ。
「何でまたいるんだよ」
「うるさいな。お前に関係ない」
ほらこれですよ、可愛くない!お前には絶対僕の手料理なんて食べさせてやんないからな!
「お前らな……年も近いんだから仲良くしろよ」
お互いそっぽ向き合う僕らにオーナーは呆れたようなため息をついた。
「年が近くたって仲良くなれない人だっているんです~」
いや……魔王化した時に退治されないように仲良くなっておくべきか……?
いやいや、でも絶対こいつは容赦なくぶった切ってくるだろう。仲良くなり損になるのは火を見るより明らかだ。
「僕は~、こんな顔だけの仏頂面男より~、オーナーと仲良ししたいな?」
頬に手を当ててきゅるるん、って上目で見るけどまたため息をつかれてしまった。
ついでに隣からも大きなため息が聞こえた。
「っていうか何で隣に座ってんの?もっと離れてよ」
「は?ここ俺んちでもあるんだけど?どこに座ろうと勝手だろ」
やだ、コイツ感じ悪い!嫌い!マリオット男見る目ない!!今度出会ったらあいつは絶対やめておけ、って注意しておかなきゃ!まだギフトの方が良いよ!それにどうせこいつはこの国の……名前は忘れたけど第3王子に見初められるんだから、叶わない恋なんてするもんじゃないよ。
僕が魔王化してないからどうやって出会うかしらないけど、きっとそこら辺の町中とかにお忍びでやって来てた第3王子がゴロツキに絡まれてあわや手篭めに……!?って所に颯爽と現れて惚れられたりするんだろ。
で、本来なら魔王を倒した功績で一代限りの爵位を得たティール・エーデルワイス卿は第3王子との結婚を果たしたけど、ただのティールのまま恋に落ちた二人は身分の違いに苦しんで……。
『貴方には俺では釣り合わない。貴方に相応しい方と幸せになってくれ』
そう言って二度と戻らない旅に出ようとするティール。
『貴方以外、誰が私を幸せにしてくれるというのです……!私が貴方を選んだのです!貴方以外いりません!ティール!』
行かないで、と泣いて背中に縋る第3王子。
拳を握り、今にも振り返って抱き締めてしまいそうになる心にグッと蓋をして、冷たく第3王子を振り払うティール。
『俺が貴方を本気で愛した事は一度もない』
冷たい石畳の地面に倒れる第3王子へわざと冷たく言って、一度も振り返らないまま去っていくティール。
ポタポタとタイミング良く降ってきた水滴はやがて大粒の雨となり……。
『ティール……それでも、それでも私は貴方を……』
愛しています、と王族への贈り物としては些か安物過ぎる指輪の、ティールの瞳に合わせた色の石。冷たいそれに唇にあてて呟く第3王子。彼の細く頼りない肩は冷たい雨にうたれて震え、そのきめ細やかな頬には熱い涙が――
「何てヤツだ!!本当にお前は嫌なヤツだな!!」
「何の話だ!」
「ハッ!?しまった、妄想が口から出た!」
でもやりそうじゃない、こいつ?
自ら身を引いて相手の幸せを願う、と見せかけたヘタレ行為しそうじゃない?まあ相手が王族だから全てを捨てて駆け落ちなんてしようもんなら王族誘拐で処刑だろうけど。
「……僕には応援しか出来ないけど、何か手柄を立てられるように頑張れよ……」
ぽん、と肩に置いた手を再び何の話だ、っていう突っ込みと共に嫌そうに振り払われてしまった。ほら、こいつ絶対第3王子にもこれやるって。絶対!!!
いい加減第3王子の名前思い出せないけど、なんて可哀想な第3王子……!
だなんて妄想に浸る僕を、血の繋がりなんてない筈の2人がそっくりな顔で訝しげに見てくる。
他人でも長年一緒にいると似るって言うもんな。う、羨ましくなんてないぞ!僕だって毎日洗濯頑張ってるから腕にちょっと筋肉ついてきたもんね!オーナーに似た筋肉目指すもんね!!
「何の事か良くわからんが、とりあえずお前はユリアのマッサージの日なんだろ?早く飯食え」
ことん、と置かれた皿にはオーナー特製の昼食。オリーブの白身魚の包み焼きは両端がキャンディのように可愛くねじってある。
包みをゆっくり開ければ中からはふわりと爽やかなハーブの香り。これは……タイムの香りかな?オリーブの実もコロコロ出てきて、キノコとトマト、玉葱も入っていて具沢山。バターのいい香りもしてる。
もう1つことり、と置かれたのはオニオンスープ。僕の弱い顎じゃ固いパルヴァンパンは噛み切れないからね。良く見ればスープにもバジルが散らしてあって、思わずむふふと笑ってしまった。
僕がハーブを使ってるからなのか最近オーナーも使ってくれるようになったんだよね。だからなのか、最近はオーナーからもハーブみたいないい香りがする事があるんだ~。ティールみたいに表情が似たりはしないけど、ハーブの香りはお揃いに出来るんだからな!
むふふ、と勝ち誇った笑みを浮かべる僕を気持ち悪そうに見ていたティールは僕を見てふと首を傾げた。
「何か変なにおいするな?」
「何!?僕が臭いって言いたいの!?」
そんなバカな!毎日マリーゴールドのハーブ石鹸で体洗ってるし、洗濯物だって良い香りがするってお姉さん達からもお客さん達からも好評なのに!?
いや、と言ってから続けて何かを言おうとしていたティールの声に被せるようにドアがけたたましく叩かれて飛び上がる。
「エオロー!エオロー、開けてくれ!」
「カヴェン?どうした」
お向かいに住むカヴェンさんはオーナーより何歳か年上のヒゲもじゃさんだ。焦げ茶の髪とヒゲで覆われた顔、大きくてずんぐりむっくりなカヴェンさんを見てると熊を思い出してしまう。熊は可愛い顔して狂暴だけどカヴェンさんは強そうな見た目なのに気弱で優しい。そんなカヴェンさんの大きな声なんて初めて聞くかもしれない。
僕はオーナーお手製の昼食を食べながらチラチラと玄関を見た。あんなに大きな声で入ってきたのに、声が小さすぎて何言ってるか全然わかんないよ~。
「お前、それだけで足りるの?」
しかもまだいる未来の勇者が話しかけてくるし!
「これでも食べられる量増えたんだからな!」
魚は半身を2/3だけ。パンは一切れ半。他の人にとっては少なすぎ、って思われる量だろうけど最初はもっと少なかった。おかずは1、2口しか食べられなかったし、パンも今の半分くらい。
実家にいる時は料理長にバレないように残飯だったり使ってもバレなさそうな量の材料で食事を作ってた。だからお腹一杯食べられる量を手に入れられる日なんかなかったし、学園の寮にいる時だって何度も毒を盛られたから安心して食事なんて出来なかった。そんな日々を過ごす内に胃が縮んでしまったんだろう。
そもそも子供の頃から僕の部屋に出される食事は腐りかけた残飯か、まともなご飯は大体毒入りだったから特技を増やす為っていう名目もあったけど、何より作らないと生きていけなかったから作ってたんだ。部屋に出される残飯よりも夕食に使った野菜屑やみんなが残した残飯の方が新鮮だったし。
ただ自分の為に、って作るのは何だか悲しくて虚しくて、だからオーナーっていう推しを思い出した時嬉しかった。生きる意味と活力を貰えたから。
推しは凄い。あんなに辛かった日々だって推しがいるから乗り越えられた。魔王になって殺される未来だって今のところ訪れそうもない。全ては推しのおかげ、オーナー様々、神様だ。
その推しの!手料理を食べられる僕!本当に幸せだ!
頬に手を当てて推しの手料理を食べられる幸せを噛み締めてたら話が終わったらしいオーナーが何やら眉間に皺を寄せて戻ってきた。
「カヴェンさんなんだって?」
何だかんだ気になってたのかティールが訊く。
何だよ、気になってたなら黙って話に耳傾けとけよ!カヴェンさんの声小さすぎて何にも聞こえなかったけどさ。
「畑に魔物が出るらしい」
「僕じゃないよ!?」
「誰も疑ってねえだろ」
オーナーに呆れたように言われてハッとする。そうだった。僕まだ魔王じゃないんだった。
いや“まだ”じゃないわ!ずっと魔王になる予定なんてなかったわ!危ない危ない。自分から魔王フラグ立ててしまいそうだった。
なんて内心焦りつつ話を聞くと。
少し前から畑の作物が荒らされるようになった。
最初は森の動物かと思ったけど、見たことのない足跡だったから困っていたら通りすがった学者さんがこれは魔物の足跡だって教えてくれた。
学者さん曰く、雑食の魔物で今は農作物が目の前にあったからそれを狙っただけで家畜や下手したら人間も襲う可能性があるから早急に退治した方が良いと言われた。
「――で、その学者が……」
「オレです」
キラン、なんて歯の横に光のエフェクトと効果音がつきそうなくらいの爽やかな笑顔でマリオットが立っていた。
◇
「何で僕まで~……」
「うるさい、ぼやくな」
オーナーの店やカヴェンさんの家がある川沿いから逆に向かっていくとそこは広大な農地になっている。
水源は豊富だし、川から引いた用水路は地下で複雑に張り巡らされていて魔導水やり装置……まあいわゆるスプリンクラーがあっちこっちで水を撒いている。
そこから奥に行ったら今度は果樹園、その先はまだ未開拓な深い森だ。魔物はそこから来ているんだろう、と魔物生態学の博士はしたり顔をしている。
でも何で僕まで連れていく必要があるんだ、って訴えたらマリオットのバカタレは僕が魔法を使える事をあっさりばらしやがったんだ。
しかも――
『え、お前隠してたのか?てっきり衣類が傷むから手洗いしてるんだとばかり……』
なんてオーナーに言われてしまってびっくりだ。
思わず、
『べ、別にオーナーのおパンツに触りたいからじゃないよ!?』
なんて口走ってしまったから危うく僕の至福のおパンツタイムを奪われてしまうところだった。危ない危ない。
魔法が使えるのに手洗いばかりしてるから自動で洗うとそんなに傷むのかと思って魔導洗濯装置――いわゆる洗濯機を買うのを躊躇していたらしいけど、今度買ってくれるらしい。
最後まで手洗いがしたい、って粘ったけど許してくれなかった……。この間からちょこちょこ熱出してるのがダメな理由だって。
僕の体は毒も効きにくいけど薬も効きにくいんだよね。だからしばらく寝込む羽目になるんだ。
別に元気なのに、って言っても頑として譲ってくれないからみんなのおパンツだけは絶対手洗い!!って僕も譲らなかった。
最後には見兼ねたマリオットがこういうお店だから下着からハーブのいい匂いがするのは客からも魅力的じゃないか、って言われてやっと納得してくれたから僕の至福のおパンツタイムは守られたんだ。
魔法使えるのバレちゃったけど……。
「大体何で隠しておきたかったんだ?」
いつも肩から前に流してる髪をアップにして勇ましく木々を鉈で払いながら聞いてくるマリオットをじっとりとした目で見る。
「魔塔に目をつけられたくないんだ」
「確かに未来のま――」
「わー!!」
バカバカ!未来の勇者もここにいるんだよ!!
あと本来なら僕はもう魔王になってる時期だから!魔王になる未来はもうないから!
マリオットの口を両手で押さえる僕を怪訝な顔で見ていたティールがふと表情を険しくした。
僕を後ろに隠した男前なマリオットや存在感なくついてきているマリオットの護衛騎士達もティールと同じ方向を見てる。
ちなみに僕は何かあった時の回復要員として連れてこられただけだから戦闘には不参加だ。
だって怖いもん。マリオットは専攻科目が魔物生態学だからこういう場面は幾度となく経験しただろうけど、僕は一応“魔力もないのに魔力制御の授業に出てた変人”枠なんで。戦闘経験なんて皆無なんで。みんなの後ろで隠れてます。オーナーからも散々言われたしね。
1人で何とかしようとするな。
みんなの後ろから出るな。
ティールから離れるな。
本当は元冒険者だったオーナーがティールの代わりに来たかったみたいだけど、店を休みにするわけにいかないし僕に絶対無茶をさせないように、ってティールにめちゃくちゃ言い聞かせて送り出してくれた。
心配は嬉しいんだけど……僕そんなに無茶しそうかな?命大事に派なんだけど。ガンガンいこうぜ、とか絶対思わないけど。
とりあえずみんなの邪魔にならないようにひっそり息を潜めておく。僕の鼻息とかで気配がわからん、とか言われたらやだし。
っていうかみんなどこ見てるの?
なんて気軽な気持ちで上を見上げて思わず悲鳴を上げるところだった。ぎ、までで悲鳴を飲み込んだ僕を誰か誉めてくれない?
みんなが見てる上の方には……木々に刺さった無数の骸骨。獣、魔物、人間っぽい物もある。中にはまだ身がついてるのもあったけどもうミイラ化しててカラカラだ。それらが沢山木に刺してあるんだ。腐臭がないのはもう干からびてるからなのかな?
そういえば前の世界でもこんな鳥いたよな。外国では絞め殺す天使とか呼ばれてる変わった習性の鳥が。その鳥が鳴く夜は人が死ぬみたいな……。
「凶鳥だ!!!」
誰かが叫んで、ティールの腕が僕を地面に押し倒す。
鼓膜が破れそうな、衝撃波でも出てるんじゃないかってくらいの鳴き声が森に響き渡って驚いた野鳥達が一斉に飛び立つ様がまるでホラー映画のようだ。
僕の真上を鋭い爪が通り過ぎていった。
「縄張り主張をしてる凶鳥は1羽で行動しない!番がいるから気をつけろ!」
マリオットの声が響く。
魔物の生態には詳しくないけど多分あの骸骨達が縄張りの主張なんだろう。
しかも番でいるって事は子供もいるかも知れない。
ふと頭に太古のDNAから蘇らせた恐竜達の島で逃げ惑ったり戦ったりする人間の姿を描いた映画が過った。確かあれにも翼竜の巣に人間が餌として放り込まれるシーンがあった筈だ。何とか助かってた筈だけど……。
「僕は助かるかなぁ……」
真上を通り過ぎていった筈の爪はしっかりと僕の背負っていたリュックを捉えていた。
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「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》
クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。
そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。
アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。
その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。
サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。
一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。
R18は多分なるからつけました。
2020年10月18日、題名を変更しました。
『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。
前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
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ムーンライトノベルズでも連載中。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
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