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第1章 念願の国外追放

娼館

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「だから……ご褒美ほしいなぁ……」

 なんて自分の呟きで目が覚めてしまった。
 どこだここ、と視線を巡らせるとカーテン越しの窓がほんのり明るくなってきててがばり、と身体を起こす。

「こら、まだ寝てろ」

「!オーナー!!!」

 ひょこ、っと壁の向こうから顔を出してくる無精髭のおっさんは今日も変わらずムチムチな男前だ。素敵。その上腕二頭筋でブランコさせて欲しい!!
 しかもムチムチなおっさんの黒エプロンにヒヨコちゃんの刺繍がしてあるなんて素晴らしすぎじゃない?多分お姉さん達からの親愛を込めた嫌がらせのプレゼントなんだろうけど、お姉さん達わかってるぅ~!!しかもサイズ感も最高だよね!普通の人が着たらぴったりなんだろうけど、ムチムチなオーナーが着ると両乳首が隠れる程度で横から雄っぱい丸見えだ。裸エプロンしてみて欲しい!!!

「はぁ、はぁ……オーナー、今日もえっちだね……!」

「バカな事言ってないで医者行くぞ、医者に!」

「えっ、僕の変態趣味は医者には治せないよ!?」

「本当にバカだな、お前は!昨日来るなり倒れただろうが」

 ああ、そうだった。バカ王太子が遠慮なく叩いてきたせいで脳震盪みたいになったんだったわ。

「オーナー、僕の顔まだ腫れてる?」

「ああ」

「よしよし。じゃあ……」

 ふ、と自分の身体を見下ろして……絶句。
 ブカブカの白いシャツ、下着は穿いてるけど僕の生っ白くて細い足がシャツから伸びてる。無言でベッドから降りてもう一度見下ろして――自分の体を思いっきり抱き締めた。

「ふぉぉぉぉ……っ!!彼シャツぅぅぅぅー!!!!」

 オーナーがドン引きしてるけどそんなの知ったこっちゃない。
 サイズ的にオーナーのシャツだろう服はとてもブカブカで、指先しか出ない長さの袖と腿の半分くらいまでの長さの裾。上まできっちり留めても鎖骨がばっちり見えてしまう広い襟ぐり。
 男のロマン!彼シャツだ!!!いや、本来は自分の服を相手に着てもらって喜ぶべきなんだろうけど、僕の服をオーナーが着たらボタン留まらないし何だったら弾け飛んじゃうからね。いや、弾け飛んで恥じらうオーナーとか見たくないか……?見たいな……すごく見たい!
 でも今はそんな楽しい妄想をしてる暇ないんだった!時間的にそろそろ動かないと怪しまれちゃう。

「ねえ、オーナー!僕の制服は?」

「あ?汚れてたから洗おうと思って」

 そこの籠に、と指した籠からえんじ色のブレザーとベージュのスラックス、白いシャツを取り出す。ネクタイは……まあなくても良いか。ついてなかったらどこかで落としたって勝手に自己完結してくれるだろう。
 後は……。

「う~ん、ちょっと綺麗すぎるか」

 外に投げられてこけた時に僅かについた汚れだけでは綺麗すぎる。ほつれも何もない様は怪しい事この上ないだろう。
 小説のウルティスレットはこの位の時間まで見知らぬ男達に穢され続けてた筈だから。
 恐怖と、絶望と、痛みと、混乱。
 最後にはありとあらゆる感情を消し去るくらいの理不尽な暴力が実の父親からの依頼だった、って知るのはこの後すぐだ。
 まあ小説と違う事はちょこちょこ起きてるけど恐らくこの件に関しては間違いなく手配されてた筈。
 ただはどこで奴らが待ち伏せてるか知ってたからそこの道は通らなかった。父親から依頼された暴漢達から僕は行方不明になったって連絡が行っているだろう。
 でもウルティスレットは絶世の美少年。中身が僕になってても外側の美少年ぶりは健在だから、首輪をつけた王立貴族院の制服の美少年が一人泣きながら歩いてたらそこら辺のならず者が小屋とか連れ込み宿とかに引きずり込んでても不思議じゃない。
 首輪=Ω。しかも貴族子息。だったらその体を穢し尽くしても貴族の親はスキャンダルを隠したいだろうから訴えられる事はないだろう、って。Ωの、それもSubは弱い存在で他の性を持つ人達の欲望の捌け口だから。
 子供が大事な親なら絶対ΩやSub性を持つ我が子を一人で歩かせたりしない。でもそんな親の束縛から一時の火遊び感覚で逃げて一生の傷を負う事になった子も少なくはない。
 どんなに説明されてたってほんの少し羽目を外したかった、とか親に反発してみたかった、とかSubじゃなかったら若気の至りだったよね、って笑い話で済む事が僕達にとっては最悪の事態を生むんだ。
 だから無理矢理引っ張って破られた、みたいな惨状を演出したくて渾身の力でブレザーの袖を引っ張ってみたんだけど……。

「や、破れない~~~!」

 んぎぎぎぎぎ、って気合を込めても全然びくともしない!流石王立貴族院の制服だ。良い布地、良い裁縫師だ。オーダーメイドのハガルと違って既製品をぽい、と投げて寄越されたんだけど大量生産の既製品ですらこんなにいい仕事をしてるなんて素晴らしい!是非オーナーにその雄っぱいを強調するような服を作って欲しい!むっちりバニーちゃんとか良くない?オーナーの大殿筋を引きたてつつちょこん、ってフワフワの尻尾つけたらめちゃくちゃ可愛くない?んんん!!滾っちゃう~~~~!!!
 なんて言ってる場合じゃなかったわ。

 うんとこしょー、どっこいしょ。まだまだ布地は破れません。
 大きなカブが頭に浮かんだけど、そろそろ手が痛くなってきた。どうしよう。どうせ魔術陣でパッと行ってパッと帰ってくるつもりだし、いっその事下着一枚と泥で汚したブレザーだけ羽織って行こうかな。そっちの方が悲惨かも?いや、でもな~。あっちこっち破れて薄汚れた服の方がそれっぽいんだけど……。

「さっきから何してるんだ?頭打ってますますおかしくなったか?」

「オーナーがいるじゃん!」

「ずっといただろうが」

「オーナー!これイイ感じに破って!」

 訝しむオーナーに理由を説明したら絶句してたけど、幸いにもオーナーはそれ以上何も言わなかった。
 だからこれも、これも、と次々注文を出しながらブレザーの袖を半分くらい引きちぎってもらって、パンツは股の所をナイフで切り取って、シャツのボタンは千切れ飛ぶか辛うじてぶら下がってる程度にしてもらって、わざと乳首の所とか切れ目を入れたりシャツも袖を破り取ったり抵抗した雰囲気を出す。
 こっちはオーナーに頼んだら全力拒否されたから仕事終わりでくつろいでたお姉さんに鎖骨の辺りとか胸元とかお腹の辺りとかにキスマークもつけてもらった。
 後はお姉さんの仕事道具の中から青とか紫の色が付く粉を出して顔とかお腹とかに痣っぽい色をつけていく。
 良く見たら数日前に学院で殴られた跡が残ってるけどこれだとちょっと古いもんな。

「うん、よしよし」

 最後に大きな鏡で全身確かめて大きく頷いた。
 これならどう見ても見知らぬ誰かに手籠めにされました感満載だ。あまりの出来栄えにお姉さんもオーナーも顔を顰めてるくらい上出来だ。

「イイ感じだね!最後の仕上げしに行ってきまーす!」

 ◇

 そう言って出て行ってから早3ヶ月。
 あの日小説と同じく明らかな暴行の跡をつけて帰った僕を父親は除籍された証明書類を見せて嘲笑い、銀貨を投げて寄越した。
 その書類は本当に本物なのか、って哀れっぽく詰め寄って証明書も手に入れたし、これで僕が多大な魔力を持ってるって知られて呼び戻される事はないだろう。
 一度除籍したら撤回出来ないし、また僕をあの家に連れ戻したいのなら養子縁組になる。それには僕自身の同意が必須だけどどんなにお金積まれたって脅されたってこんな家絶対戻るもんか。
 
 本物のウルティスレットは自分に魔力があるなんて知らなくて、本来ならここで魔力を暴走させるシーンだった。でも僕は元から魔力があるって知ってたから魔力制御の授業に出てたんだよね。魔力があるってバレたくなかったから座学だけなんだけど(後から一人で実地した)。
 周りからは魔力もないのに無駄な事を、って笑われてたのは知ってるけどウルティスレットは魔王になる存在だ。たった一人で世界を恐怖に陥れるくらい基本スペックは高いんだからな!

 ――父様、どうして……

 殴られて頬を腫らした息子を見てどうしてそんなに笑えるんだろう。
 明らかに望まない性交をされた跡(偽物だけど)を見てどうしてそんなに酷い事が言えるんだろう。
 ウルティスレットは……本当の僕はずっと貴方に認めて欲しくて、ハガルや弟のラーグみたいに愛して欲しくて頑張ったのにどうしてそんなに平気で突き放す事が出来るんだろう。

(いいよ、ウル。僕が一緒にいるから)

 その言葉が本当のウルからだったのか僕が本当のウルに言った言葉だったのかは自分でもわからない。
 ただ僕は最後まで僕を愛さなかったクソ親父を見限ってあの家を後にしたんだ。
 それで今度こそ本当に終わったって除籍証明書をオーナーに渡したら、正式に雇ってくれる事になったからここまでの苦労なんて何でもないよね~!
 
 だって!こっちの建物はお姉さん達の宿舎を兼ねてるから!僕は敷地内にあるオーナーの家に住ませてもらえる事になったんだもん!!
 推しとひとつ屋根の下、ベッド1つしかないから一緒に寝られるとか、僕前世でどんな善行積んだんだろう!最高過ぎる!
 前世、って言っても僕が覚えてるのは前世がどんな世界だったか、とかハーブとかアロマとか好きだったのかそれ系の知識、小説の印象に残ってるシーンとコンビニにいたら凄まじい音と共に車が突っ込んできたシーンくらいな物だ。
 がどこの誰でどんな人生を歩んでいたか、何歳まで生きたのか性別はなんだったのかなんて事は記憶には残っていない。
 でも推しの風呂上りとか!寝起きとか!見れちゃうんだよ!毎日鼻血もんだよ!!よっぽど善行積んだとしか思えないよ!何回か興奮して鼻血出したら、次変態行為働いたら教会の方に送るぞ!って言われたから我慢してるんだけどね。
 
 ここで雇って、と言ったからには働かないといけない。だから何が出来るかって訊かれて正直に家事全般出来るって言ったら貴族がそんな事出来るわけない、って信じてもらえなくて悲しかったけど、オーナーに食べてもらう妄想しながら練習した料理が思いの外お姉さん達に受けてしまった。
 勿論オーナーも美味しいって言ってくれて僕はその料理を十八番だと言うようにしよう!って密かに思ったもんだ。
 あの日作ったのはジャガイモとチーズ、ディルを使ったガレットだったっけ。
 ディルは鎮静効果もあるハーブだから確かオーナーに美味しいって言ってもらえるか雄っぱいに気を取られてドキドキする僕自身を鎮静させる為に使ったんだよね。
 千切りにしたジャガイモと他の材料をちょっと多めのオリーブオイルで表面カリカリ中ふっくらで焼き上げると美味しいんだ。チーズは何に入れても万能だと思う……。
 一緒にカリカリに焼くのも良いし、中で溶かして食べた時にみょ~ん、って伸びる感じにしても美味しいだろうなぁ~。今度はそっちバージョンで作ってみよう。

 そんなわけで料理の腕も認めてもらえたし、洗濯もここへ来る度預けてた荷物の中から自前の石鹸を出したらこれまたお姉さん達がワラワラ寄って来てあっという間に沢山の洗濯物を渡された。
 ハーブ入りの手作り石鹸、そんなに珍しかったかな?良い匂いがするって好評で嬉しいけど。
 
 と、今日も自前のローズマリーが埋め込んである石鹸を眺めてからお姉さん達の洗濯物をざぶざぶ洗う。
 このドライハーブは石鹸にどの精油が使ってあったか忘れた時の為にいれてある飾りだ。
 若葉っぽい爽やかな匂いがして好きなんだけど、一度植えると結構頑丈な木になってしまうからここの庭にはちょっと不向きだろうなあ。
 っていうか普通に際どいおパンツまで僕に洗わせるのどうなんだ?まあ僕はお姉さん達のこれほぼ紐だけどどこが隠れてるの?って首を傾げたくなるおパンツよりもオーナーの防御力抜群な黒おパンツの方が興奮するんですけどね!!
 無断は良くないと思ったから、嗅いでも良い?ってちゃんと訊いたのに無言で取り上げられた時は絶望したわ。
 嗅がないから!変な事に使わないから!!僕に洗わせてください!!って涙目で三日三晩頼み込んじゃったよ。
 嗅いだら教会、と言われてるから大人しく、でも一秒でも長く触っていたいから念入りにおパンツを洗う。他の服も洗って干して、午前の仕事はそれで終わり。僕のも含めて10人分手洗いだから時間かかるんだよね。とは言え脱水はこっそり魔術使ってるんだけど。

「さて、これが終わったらご飯の仕込みして、開店前に今日はシーラ姉さんのマッサージだったっけな」

 こんな感じで僕の日常は忙しい。
 だけど出される物出される物全部毒入りだったり心無い陰口や悪意に晒される事のない生活はとっても穏やかだ。しかも、

「おい、そろそろ飯にするぞ」

 推しが!生きているこの場所で!!一緒に生活が出来るこの幸運!!!

「本当に僕生きてて良かったぁ……」

 両手を合わせて拝みながらハラハラと涙を流したら何とも言えない顔のオーナーに小突かれてしまった。
 それはクソ親父やクソ継母の暴力と違って優しい拳だった。

 ◇
 
「ね、オーナー!ご飯の後ちょっと買い物行ってきても良い?」

「買い物?何買うんだ」

 今日のご飯はオーナーが作った男飯だ。
 ここパルヴァン王国固有の牛、クロンゲワル牛という黒毛の牛肉を使ったステーキは昼から食べるもんじゃないよな~と思わせるくらいこってり脂がのっている。皿がギトギトになっちゃうくらいの脂たっぷりの牛ステーキと昨日の残りのミネストローネに、籠の中には固いパンがある。パルヴァンパンっていうんだけど、いわゆるフランスパンだ。
 オーナーは上にレタスと肉を乗せてガシガシ食べてるけど顎がそんなに強くない僕はスープにパンを浸して柔らかくしながら答える。

「シーラ姉さんが足が浮腫むって言ってたから雑貨屋に行って精油買ってこようと思って」

 ローズマリーはあるからそっち使っても良いんだけど、あれは子宮を縮める効果があるから使いすぎはあんまり良くないんだよね。
 正式に雇って貰うまでは荷物預けすぎるのもな、って思ってたし、ここに来てからは来てからで慣れることが多すぎて買い物にも行けずまだ買ってないハーブ類沢山あるし、せっかくマッサージの依頼してくれるなら精油の種類増やしておきたい。
 何だったらオーナーもマッサージするよ!もー隅から隅まで!!余すことなく!!って売り込みしたんだけど、普通に拒否られた。ヒドイ。
 あー、オーナーのムチムチお肌に触りたい……!絶対程よく弾力あって気持ちいいだろうに……!!

 むふふ、とにやける僕をいつもの何とも言えない顔で見つめつつ

「出掛けるならティール連れてけ」

 なんて言ってきたから僕の機嫌は一気に急降下だ。

「やだよ。ボク、アイツ、キライ」

 だってティールは将来光の勇者になって魔王ぼくを殺しに来るんだよ?魔王フラグは折ったと思うけど、それでもいつか自分を殺すかも知れないやつと仲良くなんか出来ないよ!
 そもそもこの3ヶ月、ティールは僕の事顔だけの怪しい人間だと思ってるのか毛を逆立てた猫みたいなんだ。
 ティールは主にオーナーが支援してる教会の方の用心棒兼何でも屋みたいな事してるから娼館の方にはあんまり来ないんだけど、それでもたまにやって来ては僕を睨んでくる。眼光だけで殺されるんじゃないかって毎回ヒヤヒヤするよ。

「何で片言なんだ。……連れていかないなら外出させないぞ」

「えぇー!!オーナー可愛い子は閉じ込めておきたいタイプ!?」

「バカな事言ってないでちゃんと言うこと聞け」

 推しの言うことには絶対服従しますけども。
 気が重いなぁ……。あいつ何考えてるかわかんないんだもん。オーナーとだったらデートみたいで楽しいからウキウキお出掛け出来るのになぁ……。
 なんて最後までブツブツ言ってみたけど、年が近いもの同士仲良くしろ、とか何とか言われて呼ばれてやって来た仏頂面の未来の勇者様共々ポイッと外に放り出されてしまった。

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