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遊廓
骨の髄まで
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――あなたが愛せと言うのなら……
時は明安、帝都・戸隠の花街に見世が一つ。音に芸に春を売る、遊廓《幽玄屋》。
風変わりな名前もさることながら、見世の色子も風変わり。皆が皆、吉原の太夫が裸足で逃げ出す美貌持ち、にも関わらず誰も彼もが10代の成人に満たぬ少年達。
見世の一番人気、瑠璃羽(るりは)は言葉も話せず立つことさえもままならぬ、瞳は琥珀、髪は薄茶の愛らしくも哀しい子供。母に売られた事実も知らず、玄関で母を待つ侘しい子供。
見世の新参、葵衣(あおい)は天真爛漫、鳶の瞳は綺羅綺羅しく輝き、蜜の髪は元気に跳ね飛ぶ。病気の母に薬代を、と買われに来た孝行息子。
見世に拾われ見世で育った雪花(せっか)は艶やかな黒毛に瞳は冷たい青灰色。性根は優しいけれど、見た目に群がるのは虐げられたいはみ出しもの。踏んで叩いてと乞われる彼を抱きにくるのはただ一人。
抱けばこの世の天国が見られると評判の瑠璃羽、人懐っこく純粋な葵衣。二人の物語はまた次回。
今回はいつも眉間に皺を寄せ、傍若無人な態度に時折優しさを垣間見せる雪花の物語を少々ご覧あれ。
「で?抱かれる覚悟はできたのか?」
「寝言は寝て言いなよお客サン。俺にそっちの趣味はねぇ。男抱きてぇなら他当たんな」
窓の外はしんしんと雪の舞う季節。部屋の中は程よく暖めてはあるけれど、それでもふるりと身震いする程には寒さを感じる。雪花は目の前で嫌味な笑みを浮かべる男を見やった。
帝都防衛庁第一憲兵団隊長、桐摩 文(とうま ふみ)。それが男の名。見世では偽名を使い秋月と名乗ってはいるけれど、幽玄屋の情報網は広い。その広さは二丁目角の松長さんちの昨晩の晩飯までも、知ろうと思えば知ることが出来る程である。
もっともここでそんな情報を得たところで彼らにはそれを使う術はなく、ここから出たいならば身請けされるか年季が明けるか、もしくは命が断たれるかしかないのだが。
「その生意気なツラ見てると無性に泣かせたくなるんだよな」
「奇遇だな?俺もあんたのニヤけたツラ見てると殴りたくなるんだ」
い草の香る畳みの上に睦み逢うかのような影が落ちているのだけれど、至近距離で見つめ合う二人の間に甘やかな雰囲気は欠片もない。襖を一つ開ければ趣味を疑う真っ赤な布の張られた布団があると言うのに、文が来たときにその布団が乱れた事は一度もなかった。
けれど今日、文は強引に雪花の腕を掴み隣部屋へと誘(いざな)った。
掴んだ手首は少年らしさを持ち、肌は張り艶も良い。心ない非道な遊廓は多いけれど、幽玄屋店主竹虎は彼らを息子同然に可愛がっていると雪花の肌で知り、文はどこか安堵した。――何故自分が安堵するのかはわからないけれど。
赤の布団に雪花の黒髪が散らばり、見上げる青灰色は非難の色が濃い。しん、と静まった部屋に
『ぁ、……、ぁん…!』
あえかな喘ぎ声。
「へ~ぇ?隣部屋の坊やか?喋れねぇ割りに喘ぎは色っぽいじゃねぇの」
「そう思うなら大金はたいて瑠璃羽買えよ。天国見れるぜ?」
瑠璃羽の一晩の金額は葵衣や雪花とは桁違い。何の芸もない、話せる言葉は『お菓子』『お母さん、待ってる』『厠』のみと言っても過言ではない瑠璃羽が何故そうまで売れるのか。その理由は今は秘め事。
「俺が抱きてぇのは従順なワンコちゃんじゃねぇのよ」
「あんた根性歪んでんな」
「俺はそんな俺が大好きだ」
「聞いてねぇよ」
するり、と着物の合わせ目から差し入れた手の平に一瞬嫌そうな顔をしたもののそれ以上の抵抗はみられない。気怠げに腕を投げ出し、言ってみれば色気も何もない大の字。さあやるならやれ、と言わんばかりのその態度に流石に文も苦笑いだ。
「俺一応お客様なんですよ、雪花君」
「悪いな、俺は客に傅かせるのが専門なもんで」
「いい加減無駄金使いたくねぇんだけど?」
「だから他当たれっつってんだろ」
幾夜この態度のでかい色子の元へ通ったか。いい加減慣れてくれても良いではないか、と思うけれどこの生意気な彼をどろどろに溶かして泣かせるのもまた一興かとくつりと笑う。
「駄目だねぇ、雪花。お前は一流の色子だろ。客の求めに応えてやるのが勤めじゃねぇの?愛するふり一つもできねぇでやってけんのかよ」
「そこまで言うならいいぜ、試してみるか」
俺か、あんたか。本気になるのはどちらが先?
どこか文に似た笑みを溢して囁く。
「先に本気になった方が負けだ」
「俺は賭けに負けたことはねぇぞ、坊や」
「はっ、言ってろよお客サマ」
――あなたが愛せと言うのなら、骨の髄まで愛してあげましょう?
偽りに囁く愛の言葉に溺れて泣くのは果たしてどちら。
時は明安、帝都・戸隠の花街に見世が一つ。音に芸に春を売る、遊廓《幽玄屋》。
風変わりな名前もさることながら、見世の色子も風変わり。皆が皆、吉原の太夫が裸足で逃げ出す美貌持ち、にも関わらず誰も彼もが10代の成人に満たぬ少年達。
見世の一番人気、瑠璃羽(るりは)は言葉も話せず立つことさえもままならぬ、瞳は琥珀、髪は薄茶の愛らしくも哀しい子供。母に売られた事実も知らず、玄関で母を待つ侘しい子供。
見世の新参、葵衣(あおい)は天真爛漫、鳶の瞳は綺羅綺羅しく輝き、蜜の髪は元気に跳ね飛ぶ。病気の母に薬代を、と買われに来た孝行息子。
見世に拾われ見世で育った雪花(せっか)は艶やかな黒毛に瞳は冷たい青灰色。性根は優しいけれど、見た目に群がるのは虐げられたいはみ出しもの。踏んで叩いてと乞われる彼を抱きにくるのはただ一人。
抱けばこの世の天国が見られると評判の瑠璃羽、人懐っこく純粋な葵衣。二人の物語はまた次回。
今回はいつも眉間に皺を寄せ、傍若無人な態度に時折優しさを垣間見せる雪花の物語を少々ご覧あれ。
「で?抱かれる覚悟はできたのか?」
「寝言は寝て言いなよお客サン。俺にそっちの趣味はねぇ。男抱きてぇなら他当たんな」
窓の外はしんしんと雪の舞う季節。部屋の中は程よく暖めてはあるけれど、それでもふるりと身震いする程には寒さを感じる。雪花は目の前で嫌味な笑みを浮かべる男を見やった。
帝都防衛庁第一憲兵団隊長、桐摩 文(とうま ふみ)。それが男の名。見世では偽名を使い秋月と名乗ってはいるけれど、幽玄屋の情報網は広い。その広さは二丁目角の松長さんちの昨晩の晩飯までも、知ろうと思えば知ることが出来る程である。
もっともここでそんな情報を得たところで彼らにはそれを使う術はなく、ここから出たいならば身請けされるか年季が明けるか、もしくは命が断たれるかしかないのだが。
「その生意気なツラ見てると無性に泣かせたくなるんだよな」
「奇遇だな?俺もあんたのニヤけたツラ見てると殴りたくなるんだ」
い草の香る畳みの上に睦み逢うかのような影が落ちているのだけれど、至近距離で見つめ合う二人の間に甘やかな雰囲気は欠片もない。襖を一つ開ければ趣味を疑う真っ赤な布の張られた布団があると言うのに、文が来たときにその布団が乱れた事は一度もなかった。
けれど今日、文は強引に雪花の腕を掴み隣部屋へと誘(いざな)った。
掴んだ手首は少年らしさを持ち、肌は張り艶も良い。心ない非道な遊廓は多いけれど、幽玄屋店主竹虎は彼らを息子同然に可愛がっていると雪花の肌で知り、文はどこか安堵した。――何故自分が安堵するのかはわからないけれど。
赤の布団に雪花の黒髪が散らばり、見上げる青灰色は非難の色が濃い。しん、と静まった部屋に
『ぁ、……、ぁん…!』
あえかな喘ぎ声。
「へ~ぇ?隣部屋の坊やか?喋れねぇ割りに喘ぎは色っぽいじゃねぇの」
「そう思うなら大金はたいて瑠璃羽買えよ。天国見れるぜ?」
瑠璃羽の一晩の金額は葵衣や雪花とは桁違い。何の芸もない、話せる言葉は『お菓子』『お母さん、待ってる』『厠』のみと言っても過言ではない瑠璃羽が何故そうまで売れるのか。その理由は今は秘め事。
「俺が抱きてぇのは従順なワンコちゃんじゃねぇのよ」
「あんた根性歪んでんな」
「俺はそんな俺が大好きだ」
「聞いてねぇよ」
するり、と着物の合わせ目から差し入れた手の平に一瞬嫌そうな顔をしたもののそれ以上の抵抗はみられない。気怠げに腕を投げ出し、言ってみれば色気も何もない大の字。さあやるならやれ、と言わんばかりのその態度に流石に文も苦笑いだ。
「俺一応お客様なんですよ、雪花君」
「悪いな、俺は客に傅かせるのが専門なもんで」
「いい加減無駄金使いたくねぇんだけど?」
「だから他当たれっつってんだろ」
幾夜この態度のでかい色子の元へ通ったか。いい加減慣れてくれても良いではないか、と思うけれどこの生意気な彼をどろどろに溶かして泣かせるのもまた一興かとくつりと笑う。
「駄目だねぇ、雪花。お前は一流の色子だろ。客の求めに応えてやるのが勤めじゃねぇの?愛するふり一つもできねぇでやってけんのかよ」
「そこまで言うならいいぜ、試してみるか」
俺か、あんたか。本気になるのはどちらが先?
どこか文に似た笑みを溢して囁く。
「先に本気になった方が負けだ」
「俺は賭けに負けたことはねぇぞ、坊や」
「はっ、言ってろよお客サマ」
――あなたが愛せと言うのなら、骨の髄まで愛してあげましょう?
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