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北町のコインランドリー
7日間の奇跡2
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アホで、役に立たなくて、変な価値観もってて、アホで、悪徳セールスマンの明らかに嘘っぱちな身の上話にホロホロ泣いて騙されそうになる世間知らずで、アホな小太郎も、毎日俺と料理を作ってたからか4日経つと炒める程度の料理は出来るようになった。
出来るって言っても味はかなり微妙だし、指は切り傷だらけだし。魔法みたいなのでパパっとすれば?って言ったらまた説教。小太郎の基準はよくわからない……。
というか、こいつは本当に悪魔なのか?悪魔がエプロンして台所で悪戦苦闘しながら料理してるとか、燕尾服の悪魔より有り得ないんじゃね?って思う。
「ただい……ま!?」
そして4日目の夜、それは起きた。
「な、な、な……」
「あ、太一さん!おかえりなさぁい」
俺は震える指を小太郎に向ける。
何故。
何故お前は。
「何で裸エプロンなんだよ!!?」
「はい!お隣の巴姐さんに殿方は手料理と裸エプロンに萌えるって聞いたので!!」
あのクソカマ野郎ぉぉぉぉ!!!!
隣に住んでいるごっついオネエのおっさんを思い浮かべる。すっぴんは完全におっさんなんだ。
個人の色々に偏見は持ってないんだけど巴姐さん(本名は雅弘)は無駄なボディタッチが多くて苦手。知らん内に小太郎に接触していたらしい。
つーか!男が!男の!裸エプロン見て喜べるかぁぁぁ!!
「お風呂にする?ご飯にする?それとも」
「ふんっ!」
「痛ぁ!」
最後まで言わせるもんか!遠慮のない回し蹴りは見事に小太郎にヒットして床にぺたん、と倒れ込む。小太郎はそのまま床で拳を唇に当ててしくしく泣き出したけどそんなもんで誤魔化されねぇよ!?
超絶美形が裸エプロンでしくしく泣いてる、なんて一体なんの罰ゲームだ。普通なら罰ゲームを課せられたのは小太郎、ってなるんだろうけど小太郎は素でやってるから始末に負えない。この場合罰ゲームを課せられてるのは誰だ?俺だよ!!
「何で怒るんですかぁ~。俺はお疲れの太一さんが少しでも喜ぶようにと思って……」
「お前の中で俺の位置は何処だ!?変態か!?変態の欄にいるのか!?それとあんま動くな!見えたらどうしてくれる!!」
本当にこの悪魔は頭が悪い。
「わぁ~」
「おい、はしゃぐなよ」
5日目の休日、いつも食材をまとめ買いするスーパーに小太郎を連れて行ったら、はしゃぐなと言ったそばからまず自動ドアを開けたり閉めたりと遊びだして。
それから冷凍コーナーで氷を削るわ、ペットコーナーの金魚を掬おうとするわ、カートの子供が乗るとこに乗りたいとか言い出すわもう本当に大変で。子連れのお母さんって……大変なんだな……。なんてしみじみと道行く親子連れを見つめてしまう。
たかがスーパーごときでこんなに疲れるなんてもっと大きな店に連れてったらどうなるんだろう。
……。
…………。
……………。
考えるのをやめた。
「太一さん、太一さん!あれ何ですか?」
「えー?どれー」
荷物を抱えた小太郎が興奮気味に見上げる先に飛行機雲。小太郎は見るものが何でも珍しいのか、こうやって目をキラキラさせながらあれは何?これは何?って聞いてくる。ホント子供みたいな奴だ……。
でもこういう反応を見る限り、やっぱりこいつ喚ばれたの初めてなんじゃないかって思うのだけれど実際のところはどうなんだろう。一緒に暮らしながら何度か願い事言ってみたけど未だに叶えてくれないし。
見上げた空には一筋の雲。周りに一つも雲がないのにそこだけに雲がある、というのが気になって仕方のない顔。
「飛行機雲だ」
「?よくわからないけど、何か綺麗ですね!」
「……そう?」
「はい!」
よくわからない、は俺の台詞だけど小太郎が本当に楽しそうに見上げてるから、まぁいいかって思う。
「すーぱー、楽しかったですねぇ」
「楽しいわけあるか。俺は疲れた!」
「え~?じゃあ、家帰ったらマッサージしてあげます!」
「いらねぇよ!どうせお前の事だからわけわかんねぇことするんだろ!」
「しませんよ!失礼です!」
失礼も何も実際役に立った事なんて数えるくらいしかないくせに!
そんなやり取りをして家に帰って、何だかまだ出掛けたい気分だったから食材を仕舞ってラーメンを食べに行った。小太郎はまたおおはしゃぎで大変だったんだけど、不覚にもアイツがいなくなってから久しぶりに楽しい休日だった。
「ねぇ、太一さん。あれは誰の部屋なんですか?」
風呂上がりにリビングのソファーに座って小太郎の髪を乾かしてたらそう訊かれて、点いたままのテレビが音をなくしたように錯覚する。
小太郎が訝しげに振り向いた。
「……太一さん?」
「あ、……え?何だって?」
「……大丈夫ですか?顔、青いです」
「大丈夫……」
あの部屋は、友達の部屋だった。ある日突然いなくなってしまった友達の。
アイツはラブホで死体になって発見された。援交親父に殺されたんだ。犯人は捕まっていない。
何度もやめとけ、って止めたけどアイツは聞かなかった。いい稼ぎになるって言って、むしろ一緒にやろうって誘われて。何度も何度も止めた。けど聞いてくれた事は一度もなかった。
あの日もそうだった。でも俺はもう止めても無駄って思って、あの日は見送りさえしなかったんだ。
「……太一さん?」
小太郎が体ごと向き直って掴んだ両腕は情けなく震えてる。小太郎の言う通り顔も真っ青なんだろう。
「俺、……俺が……」
あの日、止めてたら。
それより前にもっと本気で止めてたら。
もしかしたらまだアイツはここにいたんじゃないかとか、そんな後悔ばかり繰り返す。
「太一さん、泣かないでください……」
「泣いてねぇよ!!」
「わかりました。俺には見えないから、太一さんは泣いてません」
そう言って小太郎に抱き寄せられる。途端に色んな物が溢れてしまって。
小太郎は黙って聞いて、最後に太一さんのせいじゃありませんよ、って言った。
今まで聞いた中で一番暖かくて優しい声色で。髪をすいてくれる手があんまりにも優しくて気が付いたらその腕に抱かれたまま夢も見ずに眠ってた。
「おはようございまぁす」
スズメの声と共に目を覚ました一発目が悪魔の顔ドアップ。俺は叫んで床を転がる。
「何ですか!その化物見た!的な反応!今回は俺じゃないですよ!!太一さんが離してくれなかったんですからね!」
穴があったら入りたい。
まさか抱きついたまま寝てるなんて。有り得ない!信じられない!俺のバカ!!
「あー、でも太一さんの寝顔可愛かっ、ぶっ」
「忘れろ!今すぐ忘れろ!」
小太郎に乗り上げてその顔面に枕を押しつける。
「ぐ、ぐるじい……」
「忘れたか?忘れたな!?忘れたよな小太郎!!」
「わ、わずれまじだ……」
「ホントだな!?」
「うー……えい!」
酸欠にブルブルしてる手が枕を掴んで思いっきり引っ張ったもんだから。
「うわ!」
バランスを崩して端正な顔の横に肘をつく。超、至近距離。互いの息がかかる距離だ。
(あ、睫毛長い……)
そんな取り止めないことが頭を過る。小太郎の手が後頭部をそっと押して、押されるままに前に出てそのまま、小太郎の首に顔を埋めた。
ぎゅ、と背中に回った腕に力が籠る。
「もう大丈夫、ですか」
「あ、うん……。大丈夫……」
「じゃあ、ご飯にしましょう」
「うん」
よしよし、って頭を撫でて俺の体を離すと小太郎が起き上がる。鼻歌まじりに去るその後ろ姿を見送って、俺は口を手の平で覆った。
(……キ、キスされるかと思った……ッ)
心臓が音にすればドッドッドッ、って感じで今更早鐘を打ってる。
だって、あんな顔は初めて見た。
男は狼って言うよねー、でも俺も男だけどねー、しかもあっちは悪魔なんだけどねー!!
混乱した頭の中で誰かが叫んでいる。
「太一さん?早く食べないと遅刻しちゃいますよ~」
「ぅわ!はい!!」
思わずいい返事が出た。
「そこのお前」
学校の帰り道。黒づくめに呼び止められて咄嗟に走って逃げてしまった。だってあれは酒の名前の謎組織でも片翼なのにびゅんびゅん飛び回るラスボスでもない、絶対悪魔だ。
「何故逃げる」
「あんたが追ってくるからです!……って、え、体動かな……」
そいつは小太郎と違って、アッサリ魔法みたいなのを使って俺の足を止めさせると、くん、と俺の首筋を匂って頷く。
「間違いない。お前だ」
「何がですか!?」
「シュベルツェを召喚したのが、だ」
誰、って思ったけど黒づくめの仲間は黒づくめ。きっと小太郎の本名だ。
「……だったら、何ですか」
「何故願いを言わない」
「はぁ?」
言わない、って俺は言ったけど小太郎が叶えてくれないんだ。
でもそんな事を知る筈もない男はイライラと言葉を重ねる。
「シュベルツェを殺すつもりか」
「……あの、何の話……」
「……悪魔は召喚されて7日以内に願いを叶えないと死ぬんだ」
「!」
「明日の昼で7日経つ。さっさと願いを言え!」
言いたいだけ言って、男は消えた。でも俺は男が消えたか、なんて確認する間もなく自由になると同時に家まで走った。
肺が痛くなるくらい走り続けて、靴を脱ぐ間も惜しんで部屋に上がったら小太郎がいつもみたいに笑って、おかえりなさいって迎えてくれたけれどそれに応える事もしないまま胸に縋った。
「7日以内に願いを叶えないと死ぬってホントか」
小太郎はきょとん顔。
「何ですか、それ?」
「とぼけるな!今日会った悪魔が言ってた!ホントなのか!?」
「そんな馬鹿な話ありませんよ。俺は今までもこうやって人道に反するような願いとかは聴かずに契約を終えてるんですよ?そんなルールあったら疾うに死んでますって」
「でも!」
「多分、それ騙されたんですよ。きっと俺の匂いがするから寄って来たんでしょう。悪魔は基本人間をからかうのが大好きなんです」
「……ホント、だな?」
「はい」
「嘘つくなよ?」
「はい。……それにしても。そんなことで息切らして帰ってきてくれるなんて、太一さん可愛いです!」
ちょん、と鼻先をつつかれるけど怒りは湧かなかった。怒りよりも何よりも、このアホな悪魔が死んでしまうんじゃないか、ってそればかりがグルグルと胸の内で渦巻いているから。だって、そんなの、ーー絶対嫌だ。何で嫌なのか、なんて答えはまだ持っていないけれど、その答えを探す為にもいなくなられては困るんだ。
小太郎はちょっと困った様子で眉を寄せて、それから俺を抱き締めた。
「大丈夫、太一さんに嘘はつきませんよ」
小太郎の声は優しい。でもむしろそのせいで不安は増した。
何でそんな優しい声を出すんだ。いつもみたいにアホな顔して、まだ疑ってるんですか?酷いです!なんて怒って見せてくれ。どうしてそんなに悲しい顔をしてるんだ?
小太郎はいつまでも胸に縋ったままの俺を、本当に困った顔をして見つめると両手で頬を包む。
「太一さん、ごめんなさい」
ごめんって何が。
訊く前に唇は塞がれた。
出来るって言っても味はかなり微妙だし、指は切り傷だらけだし。魔法みたいなのでパパっとすれば?って言ったらまた説教。小太郎の基準はよくわからない……。
というか、こいつは本当に悪魔なのか?悪魔がエプロンして台所で悪戦苦闘しながら料理してるとか、燕尾服の悪魔より有り得ないんじゃね?って思う。
「ただい……ま!?」
そして4日目の夜、それは起きた。
「な、な、な……」
「あ、太一さん!おかえりなさぁい」
俺は震える指を小太郎に向ける。
何故。
何故お前は。
「何で裸エプロンなんだよ!!?」
「はい!お隣の巴姐さんに殿方は手料理と裸エプロンに萌えるって聞いたので!!」
あのクソカマ野郎ぉぉぉぉ!!!!
隣に住んでいるごっついオネエのおっさんを思い浮かべる。すっぴんは完全におっさんなんだ。
個人の色々に偏見は持ってないんだけど巴姐さん(本名は雅弘)は無駄なボディタッチが多くて苦手。知らん内に小太郎に接触していたらしい。
つーか!男が!男の!裸エプロン見て喜べるかぁぁぁ!!
「お風呂にする?ご飯にする?それとも」
「ふんっ!」
「痛ぁ!」
最後まで言わせるもんか!遠慮のない回し蹴りは見事に小太郎にヒットして床にぺたん、と倒れ込む。小太郎はそのまま床で拳を唇に当ててしくしく泣き出したけどそんなもんで誤魔化されねぇよ!?
超絶美形が裸エプロンでしくしく泣いてる、なんて一体なんの罰ゲームだ。普通なら罰ゲームを課せられたのは小太郎、ってなるんだろうけど小太郎は素でやってるから始末に負えない。この場合罰ゲームを課せられてるのは誰だ?俺だよ!!
「何で怒るんですかぁ~。俺はお疲れの太一さんが少しでも喜ぶようにと思って……」
「お前の中で俺の位置は何処だ!?変態か!?変態の欄にいるのか!?それとあんま動くな!見えたらどうしてくれる!!」
本当にこの悪魔は頭が悪い。
「わぁ~」
「おい、はしゃぐなよ」
5日目の休日、いつも食材をまとめ買いするスーパーに小太郎を連れて行ったら、はしゃぐなと言ったそばからまず自動ドアを開けたり閉めたりと遊びだして。
それから冷凍コーナーで氷を削るわ、ペットコーナーの金魚を掬おうとするわ、カートの子供が乗るとこに乗りたいとか言い出すわもう本当に大変で。子連れのお母さんって……大変なんだな……。なんてしみじみと道行く親子連れを見つめてしまう。
たかがスーパーごときでこんなに疲れるなんてもっと大きな店に連れてったらどうなるんだろう。
……。
…………。
……………。
考えるのをやめた。
「太一さん、太一さん!あれ何ですか?」
「えー?どれー」
荷物を抱えた小太郎が興奮気味に見上げる先に飛行機雲。小太郎は見るものが何でも珍しいのか、こうやって目をキラキラさせながらあれは何?これは何?って聞いてくる。ホント子供みたいな奴だ……。
でもこういう反応を見る限り、やっぱりこいつ喚ばれたの初めてなんじゃないかって思うのだけれど実際のところはどうなんだろう。一緒に暮らしながら何度か願い事言ってみたけど未だに叶えてくれないし。
見上げた空には一筋の雲。周りに一つも雲がないのにそこだけに雲がある、というのが気になって仕方のない顔。
「飛行機雲だ」
「?よくわからないけど、何か綺麗ですね!」
「……そう?」
「はい!」
よくわからない、は俺の台詞だけど小太郎が本当に楽しそうに見上げてるから、まぁいいかって思う。
「すーぱー、楽しかったですねぇ」
「楽しいわけあるか。俺は疲れた!」
「え~?じゃあ、家帰ったらマッサージしてあげます!」
「いらねぇよ!どうせお前の事だからわけわかんねぇことするんだろ!」
「しませんよ!失礼です!」
失礼も何も実際役に立った事なんて数えるくらいしかないくせに!
そんなやり取りをして家に帰って、何だかまだ出掛けたい気分だったから食材を仕舞ってラーメンを食べに行った。小太郎はまたおおはしゃぎで大変だったんだけど、不覚にもアイツがいなくなってから久しぶりに楽しい休日だった。
「ねぇ、太一さん。あれは誰の部屋なんですか?」
風呂上がりにリビングのソファーに座って小太郎の髪を乾かしてたらそう訊かれて、点いたままのテレビが音をなくしたように錯覚する。
小太郎が訝しげに振り向いた。
「……太一さん?」
「あ、……え?何だって?」
「……大丈夫ですか?顔、青いです」
「大丈夫……」
あの部屋は、友達の部屋だった。ある日突然いなくなってしまった友達の。
アイツはラブホで死体になって発見された。援交親父に殺されたんだ。犯人は捕まっていない。
何度もやめとけ、って止めたけどアイツは聞かなかった。いい稼ぎになるって言って、むしろ一緒にやろうって誘われて。何度も何度も止めた。けど聞いてくれた事は一度もなかった。
あの日もそうだった。でも俺はもう止めても無駄って思って、あの日は見送りさえしなかったんだ。
「……太一さん?」
小太郎が体ごと向き直って掴んだ両腕は情けなく震えてる。小太郎の言う通り顔も真っ青なんだろう。
「俺、……俺が……」
あの日、止めてたら。
それより前にもっと本気で止めてたら。
もしかしたらまだアイツはここにいたんじゃないかとか、そんな後悔ばかり繰り返す。
「太一さん、泣かないでください……」
「泣いてねぇよ!!」
「わかりました。俺には見えないから、太一さんは泣いてません」
そう言って小太郎に抱き寄せられる。途端に色んな物が溢れてしまって。
小太郎は黙って聞いて、最後に太一さんのせいじゃありませんよ、って言った。
今まで聞いた中で一番暖かくて優しい声色で。髪をすいてくれる手があんまりにも優しくて気が付いたらその腕に抱かれたまま夢も見ずに眠ってた。
「おはようございまぁす」
スズメの声と共に目を覚ました一発目が悪魔の顔ドアップ。俺は叫んで床を転がる。
「何ですか!その化物見た!的な反応!今回は俺じゃないですよ!!太一さんが離してくれなかったんですからね!」
穴があったら入りたい。
まさか抱きついたまま寝てるなんて。有り得ない!信じられない!俺のバカ!!
「あー、でも太一さんの寝顔可愛かっ、ぶっ」
「忘れろ!今すぐ忘れろ!」
小太郎に乗り上げてその顔面に枕を押しつける。
「ぐ、ぐるじい……」
「忘れたか?忘れたな!?忘れたよな小太郎!!」
「わ、わずれまじだ……」
「ホントだな!?」
「うー……えい!」
酸欠にブルブルしてる手が枕を掴んで思いっきり引っ張ったもんだから。
「うわ!」
バランスを崩して端正な顔の横に肘をつく。超、至近距離。互いの息がかかる距離だ。
(あ、睫毛長い……)
そんな取り止めないことが頭を過る。小太郎の手が後頭部をそっと押して、押されるままに前に出てそのまま、小太郎の首に顔を埋めた。
ぎゅ、と背中に回った腕に力が籠る。
「もう大丈夫、ですか」
「あ、うん……。大丈夫……」
「じゃあ、ご飯にしましょう」
「うん」
よしよし、って頭を撫でて俺の体を離すと小太郎が起き上がる。鼻歌まじりに去るその後ろ姿を見送って、俺は口を手の平で覆った。
(……キ、キスされるかと思った……ッ)
心臓が音にすればドッドッドッ、って感じで今更早鐘を打ってる。
だって、あんな顔は初めて見た。
男は狼って言うよねー、でも俺も男だけどねー、しかもあっちは悪魔なんだけどねー!!
混乱した頭の中で誰かが叫んでいる。
「太一さん?早く食べないと遅刻しちゃいますよ~」
「ぅわ!はい!!」
思わずいい返事が出た。
「そこのお前」
学校の帰り道。黒づくめに呼び止められて咄嗟に走って逃げてしまった。だってあれは酒の名前の謎組織でも片翼なのにびゅんびゅん飛び回るラスボスでもない、絶対悪魔だ。
「何故逃げる」
「あんたが追ってくるからです!……って、え、体動かな……」
そいつは小太郎と違って、アッサリ魔法みたいなのを使って俺の足を止めさせると、くん、と俺の首筋を匂って頷く。
「間違いない。お前だ」
「何がですか!?」
「シュベルツェを召喚したのが、だ」
誰、って思ったけど黒づくめの仲間は黒づくめ。きっと小太郎の本名だ。
「……だったら、何ですか」
「何故願いを言わない」
「はぁ?」
言わない、って俺は言ったけど小太郎が叶えてくれないんだ。
でもそんな事を知る筈もない男はイライラと言葉を重ねる。
「シュベルツェを殺すつもりか」
「……あの、何の話……」
「……悪魔は召喚されて7日以内に願いを叶えないと死ぬんだ」
「!」
「明日の昼で7日経つ。さっさと願いを言え!」
言いたいだけ言って、男は消えた。でも俺は男が消えたか、なんて確認する間もなく自由になると同時に家まで走った。
肺が痛くなるくらい走り続けて、靴を脱ぐ間も惜しんで部屋に上がったら小太郎がいつもみたいに笑って、おかえりなさいって迎えてくれたけれどそれに応える事もしないまま胸に縋った。
「7日以内に願いを叶えないと死ぬってホントか」
小太郎はきょとん顔。
「何ですか、それ?」
「とぼけるな!今日会った悪魔が言ってた!ホントなのか!?」
「そんな馬鹿な話ありませんよ。俺は今までもこうやって人道に反するような願いとかは聴かずに契約を終えてるんですよ?そんなルールあったら疾うに死んでますって」
「でも!」
「多分、それ騙されたんですよ。きっと俺の匂いがするから寄って来たんでしょう。悪魔は基本人間をからかうのが大好きなんです」
「……ホント、だな?」
「はい」
「嘘つくなよ?」
「はい。……それにしても。そんなことで息切らして帰ってきてくれるなんて、太一さん可愛いです!」
ちょん、と鼻先をつつかれるけど怒りは湧かなかった。怒りよりも何よりも、このアホな悪魔が死んでしまうんじゃないか、ってそればかりがグルグルと胸の内で渦巻いているから。だって、そんなの、ーー絶対嫌だ。何で嫌なのか、なんて答えはまだ持っていないけれど、その答えを探す為にもいなくなられては困るんだ。
小太郎はちょっと困った様子で眉を寄せて、それから俺を抱き締めた。
「大丈夫、太一さんに嘘はつきませんよ」
小太郎の声は優しい。でもむしろそのせいで不安は増した。
何でそんな優しい声を出すんだ。いつもみたいにアホな顔して、まだ疑ってるんですか?酷いです!なんて怒って見せてくれ。どうしてそんなに悲しい顔をしてるんだ?
小太郎はいつまでも胸に縋ったままの俺を、本当に困った顔をして見つめると両手で頬を包む。
「太一さん、ごめんなさい」
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訊く前に唇は塞がれた。
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