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ナナメ

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北町のコインランドリー

手の鳴る方へ2

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 家を出た。
 出来るだけ人目につかない場所を選んで歩く。ただひたすら、誰にも目を止められないように。

(わかってたよ、タケルが俺を家族としてしか見てない事くらい)

 でも、もしかしてって思ってしまった。
 愛されたいって願ってしまった。

ーー俺が守ってやるよ。

 優しい腕と優しい笑顔に縋ってしまった。

(“俺”が愛されるわけないのに)

 夢を見てたんだ。
 大好きな人が出来て、大切な居場所が出来て、それが永遠に続いたらいいな、って。ーー夢は所詮夢でしかなくて、いつかは醒めてしまう。
 だから、そのいつかが来る前にーー目の前でタケルが俺じゃない他の誰かと愛を誓い合う姿を見るくらいなら。

(死んでもいい)

 4日間さまよったのは死に場所を探していたのか、タケルとの思い出を辿っていたのか。
 初めて出会った場所、初めて連れていってくれた場所、誕生日を祝ってくれたのも、料理を教えてくれたのも、夜は怖いものじゃないって教えてくれたのも、家族にしてくれたのも、全部全部タケルだった。
 俺にとってタケルは唯一だけど、タケルにとっての俺は家族の一人。
 涙は出ない。出ないから余計に苦しくて、今日はこの辺で寝ようと立ち寄った公園でーー悪夢に出会った。

 いや、タケルといたのが夢だったなら、俺は本当に夢から醒めてしまったんだ。

「よぉ、桂弥。やっぱり生きてやがったんだな」

「……橋場……ッ」

 タケルが教えてくれた、きらきらとした世界。その真逆を刻み付けた男。タケルと出会うまで俺を“所有”していたのは橋場この男だ。
 数歩下がった背中に誰かの胸が当たって、驚いて振り向く前に地面に突き飛ばされ体を押さえつけられる。

「お前を見かけたって奴がいてよぉ……。まさか、って思ったけど。会えて嬉しいぜ」

「……っ」

 過去が過って体が震える。

「すっかり薬も抜けたみてぇだなぁ?ま、ラリッてもらっちゃ困るからそんな強いのは使ってねぇけど」

 首輪と。
 ドラッグと。
 セックスと、暴力と。

「後ろはどうなんだ?淫乱なお前の事だからココで色んな男たぶらかしてんだろ?なぁ、桂弥」

 夜が来るのが怖かった。男達は昼間には来ないから。でもそれは、俺がそう認識してただけで多分男達は昼夜問わず来ていたんだろう。
 俺の世界には闇しかなかった。ずっと。

(もう、いいや…)

 幸せな夢は醒めてしまったんだから。
 暗闇から現れた男達が俺を囲むようにして、下卑た笑いを浮かべてる。

「みんなお前の具合が忘れられなくて、ずっと捜してたんだ。良かったなぁ、桂弥。大好きなモノがまた一杯貰えるぜ?」

「頭、悪い」

 第三者の声は突然、輪の外からかかった。
 全員そっちを向いて一瞬呆気に取られたのは無理もない。だってそこにいたのは龍介が大好きな戦隊ものに出てるウェーブレッド。ーーお面だけど。
 でも現れ方のタイミングはバッチリだ。

「そこ退いて」

 でもこの声は。

「誰だてめぇ!ふざけたかっこしやがって舐めてんのか!!」

「……そんな事しない。汚れる」

(佳那汰!?)

 何でここに!
 橋場がニヤニヤしながら立ち上がって

「兄ちゃんよぉ、正義の味方でも気取ってんのかぁ?だったら怪我しねぇうちにどっか行った方が」

 その言葉は最後まで続かなかった。

「がっ」

 誰も何が起きたかわからない、そんな中橋場が地面に転がってる。

「て、てめぇ!!」

「危な……ッ」

 伸ばした男の腕を逆に掴んで、背負い投げ。小柄な体のどこにそんな力があるのか。
 俺の心配なんて嘲笑うかのように次々男達が放り投げられて地面に伸びていく。俺はただ呆然とウェーブレッドが悪者を倒していく光景を見つめてた。
 大外刈を決められた男が伸びて、佳那汰の顔が向いた先で男達が息を呑む。

「ひっ、……ふ、ふざけたかっこしやがって……!覚えてろよ!!」

「……月並みだ」

 佳那汰にしては珍しく馬鹿にしたような声音で吐き捨てて、投げた自分の鞄を拾うと俺の手を掴んだ。

「帰ろう」

 その言葉に唇を噛み締める。
 帰らない。ーーそう言おうと思ったけど、橋場が転がってるここでは嫌だ。
 だから立ち上がって、手を引かれるまま歩いた。佳那汰は何も言わないし聞かなくて、俺達は無言で歩く。
 表通りに出た辺りで佳那汰はお面を外すと真っ直ぐにコインランドリーに入った。少し古びてるけどそれなりにお客さんはいるようで、今も何個か洗濯機が回ってる。だけど……。

「何でランドリー……?」

「待ち合わせ、してるから」

それに、と佳那汰があらぬ方を見上げた。

「ここなら安全だと思う」

 安全?何が?不意に蛍光灯がチカチカして俺は逆に不安になった。
 ……幽霊とか、いないよな…??

「佳那汰……何であそこにいたんだ?」

 てゆーか今誰に頷いた?佳那汰は何もいない空間から俺に視線を戻す。

「近くに、叔父さん住んでるから」

 アパートの管理人をしてる母方の叔父なのだという。たまには顔を見せにこい、と言われ見せてきた帰りなのだそうだ。
 母親とは疎遠だけど母親が出ていった後も叔父さんは父親に隠れて何かと佳那汰の面倒をみてくれていたらしい。それが母親からの願いだったみたい、っていうのは佳那汰がいないときにワタルがワタルのお父さんに言ってたのを偶然聞いてしまった。子供を置いて逃げた自分には合わせる顔がないから、と。

(佳那汰に教えてあげたらいいのに)

 母親は佳那汰をずっと気にしてたんだよ、って。その時はそう思ったけど、ワタルは

ーー佳那汰が自分でその事に気付けるまでは言わない

 って言ってた。
 佳那汰の心に周りを見る余裕が出来るまで混乱させたくないんだって。ただでさえ父親との色々で閉じ気味だった佳那汰の心が少し落ち着いて、折角自分の道を見つけて歩き出してる所なのに母親を思い出させて過去に囚われてしまうのが怖いんだって。

(いいな、愛されてて)

 俺と佳那汰の違いを見せつけられた気がしてふ、と自嘲気味に笑う。

「帰りがけに、桂弥を見つけたから」

 だから追いかけた、と佳那汰は何故居たかの理由を言ってから不意に表情を曇らせた。
 春先に来たときはかけていた伊達眼鏡は、ワタルと住むようになってから外している事の方が多くなった。表情も豊かになったと思う。こうやって俺でも変化がわかるくらいに。

「タケル、捜してるよ」

 いきなり聞こえた名前に心臓を鷲掴みにされた心地。

「え…」

「毎日捜してる」

 蛍光灯がまたチカ、と点滅した。……電球切れそう、なのかな……?

「でも俺は、帰らない」

「何で」

「俺がいるとタケルの邪魔になる」

「何で」

「……タケルは、いつか結婚して子供作って幸せになるんだ。そこに俺はいらない」

「何で、そんな怖がるの」

 佳那汰は俯いてしまってるけど、少し怒ってるみたいに見える。何で佳那汰が怒るんだ?
 怖がる?怖がるって何だ。

「タケルが邪魔って、言ったの?」

「言ってないけど、でも……」

 そんなの言われなくたってわかるだろう。いや、きっとタケルの事だからお嫁さんを貰っても俺たちを家族として扱ってくれるんだろう。
 でも、タケルをただの“家族”として見れない俺はあの家では異物だ。きっとお嫁さんに嫉妬して、タケルの大事な人を傷つけてしまう。そんな人間が何でタケルの側にいれると思うんだ。
 そう文句を言おうとした瞬間自動ドアが開いて俺達は息を呑んだ。地面に転がったせいで薄汚れた橋場がそこに立ってたからだ。
 手に、ナイフを握って。

「桂弥の横にいるって事ぁさっきのふざけたお面野郎はてめぇか、ガキ……」

「……まだダメ」

 え?と窺い見た佳那汰の視線は俺に向いてない。勿論橋場でもない。……誰に言ってるんだ?

「随分可愛い顔してんなぁ、えぇ?てめぇもヤク漬けにしてやろうか!」

 また自動ドアが開いて、さっきとは違う男達が入ってくる。さっきより人数が多くて、流石に佳那汰の背中が強ばった。

「不細工はお断り、……だって」

 それなのに、蛍光灯がチカチカ点滅するのと同時に佳那汰が挑発するような事を言う。

「はっ、その不細工に犯されて悦がれるように躾てやるよ」

「出来るもんなら」

 佳那汰は見た目に反して強い。だけどここは自由に動ける外じゃない。あっという間に追い詰められて、床に殴り倒されて。

「佳那汰!!」

両手両足、押さえ込まれた佳那汰は動かなかった。そのまま動かずに言った。

「壁まで下がって」

「はぁ!?何言ってんだ、こんな時に!橋場!この子は関係ない!離せ!!」

「そりゃ出来ねぇ相談だなぁ。こんな上玉離せるわけねぇだろ?ちょっとお転婆だけど、躾甲斐あっていいじゃねぇか。誰にでも股開けるようにしてやんねぇとなぁ」

「桂弥、信じて。壁まで下がって」

 佳那汰の目は真剣で、俺は気迫に押されるままわけもわからずまで下がる。もういいよ、って佳那汰が誰かに言ったその瞬間ーー佳那汰に降り注がない位置の電球が破裂した。
 それから、洗濯機が全部ガタガタ鳴り出して椅子が浮く。
 ……何、これ。

「な、何だよこれ……」

 謀らずも同じ台詞が橋場から洩れて解放され立ち上り側まで来た佳那汰が

「だから不細工お断り……だって」

 なんて他人事みたいに言った。



 その後佳那汰と待ち合わせてたワタルがタケルと一緒に現れて、この惨状に警察を呼んでくれたから橋場達は現行犯逮捕された。ついでに店の惨状もあいつらのせいって事に。
 物が勝手に動いたんだよ!って騒いでたけどドラッグの幻覚じゃないか、ってさらなる嫌疑をかけられててざまぁみろ、だ。

「…タケル…」

 タケルは無言で立ってる。
 俺は俯いて、帰らないって伝えようとした。

 バシッ!

 激しい音に一瞬火花が散って、少しの間何が起きたかわからなくてそれからジワジワとーー頬を叩かれたんだって理解した。


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