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北町のコインランドリー
北町のコインランドリー2
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「どういう事ですか?」
執事さんの話では、ワタルと出掛けた翌日佳那汰は実家へ帰ってきたらしい。それで、執事さんが初めて聞いた“佳那汰の本音”を旦那様……佳那汰のお父さんに一生懸命訴えたんだって。あの無口な佳那汰が一生懸命一生懸命言葉を紡いで、わかってほしい、って。
でも……聞いてもらえなかったんだって。
「……旦那様は、佳那汰様を軟禁してしまわれました。……やはり自分の手元に置かなければダメなのだ、と」
佳那汰の家は元々お金持ちで何かの会社を経営してるって初めて聞いた。だって佳那汰、自分の事一つも話さなかったから。
それに佳那汰のお母さんはお父さんの事が嫌になって小さい頃に出ていっちゃったみたい。だからお父さんはお母さんがいた時よりもっともっと佳那汰に厳しくなったんだって。
「あの方は何をなさるかわかりません。一度は佳那汰様に死を選ばせたことをあんなに悔いておられたのに……」
一生懸命やってもゴールが見えなくて苦しくなって、家を出たいって言った佳那汰にお父さんはとてもとても酷いことをしたそうだ。佳那汰が死を選んでしまうほどに。
まさかそんな選択をするだなんて思わなかったお父さんはびっくりして、後悔して、佳那汰をお母さんの弟さんが管理してるアパートに移した。やっとお父さんから解放されたのに、少し時間が経った頃お父さんは佳那汰の進路を勝手に決めてしまった。
佳那汰はお父さんされた“酷いこと”が忘れられなくて嫌だって言えなかったみたい。
その佳那汰が勇気を振り絞ったのはあの日ワタルが何か言ったからなのかな?
ちら、と無言のワタルを見たらレイコさんがワタルの顔面に張り付いてた。
『行くわよね、ワタル!!勿論行くのよね!?てゆーか行かなかったら取り憑くわよ!!末代まで呪うわよ!?』
『ちょ、ちょっと!レイコさん落ち着いて!ポルターガイスト起きたら二人とも逃げちゃうかもしれないでしょ!』
私に手があったら、レイコさんを必死で羽交い締めにしてる。でも残念な事に私に手はないから止められなくて、レイコさんはワタルの回りをグルグルグルグル回り出した。
『レイコさん、怖い、怖いよ!』
『だって何で黙ってるのよこのヤンキー!行きなさいよ、男でしょ!?』
「あの、何で……俺なんですか」
『そーんーなーの~!佳那汰があんたに助けて欲しくて執事に頼んだに決まってるじゃない!!』
レイコさんは空中で器用に地団駄を踏んでる。
「佳那汰様は旦那様に軟禁され、塞ぎ込んでしまわれて……、先日より臥せっております。貴方のお名前を呼んでらっしゃいました」
『ほら、呼ばれてるじゃない~!!行きなさいよ!早く!は、や、くー!!』
『レイコさん、悪霊みたいな顔になってるからぁー!』
「しかしお名前以外の事がわからず……佳那汰様の叔父にあたる方にお尋ねしたのです」
それで、佳那汰の叔父さんはもしかしたらランドリーで良く会うって言ってた人かも、と答えたのだそうだ。
「ここで会えなければ私が佳那汰様をお連れしようかと思っておりました」
「何で最初からそうしないんですか?寝込むくらいそこにいるのが嫌なんだろ、あんたそれわかってんだろ!?」
「わかっております!!佳那汰様をお救いしたい、しかし、私には旦那様を裏切ることは出来ない!」
『え、やだ!こっちにも何かフラグ立ってるわよテンちゃん!』
『楽しそうね、レイコさん…』
悪霊から一転、回りに花を飛ばしながらレイコさんはワタルの肩にしがみついた。
ワタルは見えないけど、違和感を感じたのか軽く肩を動かして溜め息をつく。
「俺、そーゆーの良くわかんねぇわ。何もかも“旦那様”が絶対とか、そんなん操り人形と同じだ」
「……」
「……案内してくれ」
『行くの?行くのね!?流石よワタル!!大好き!』
レイコさんはそう言って小躍りして、執事さんは小さく頭を下げて歩き出しワタルもそれについていく。
『テンちゃん!今度こそ止めないで!あたしは行くわ!最後まで見届けるの!見届ける義務があるのよ!!』
『義務かはわからないけど、心配だものね。いってらっしゃい』
『後で聞かせてあげるからねぇ~!!』
レイコさんはそう言ってワタルに憑いて車に乗り込んだ。
どうかどうか、レイコさんがミラーに映りませんように。
万一映ってもびっくりしてハンドル操作誤りませんように。
佳那汰が帰ってきますように。
私は誰も居なくなった寂しいコインランドリーで一人祈った。
今日はクリスマスイブ。サンタクロースがいい子にプレゼントをくれる日だもの。きっときっと、大丈夫。
これは後日、レイコさんが興奮して電球を割りながらしてくれた話。
ワタルは車の中で誰かにメールを送って、その返事を見て悪代官みたいな笑い方をした。
『誰から?』
聞こえるはずもないから答えはなかったけど、レイコさんはきっと切り札だって直感したらしい。
お屋敷について、執事さんは佳那汰の部屋にワタルを連れて行って。
でも佳那汰の部屋からは啜り泣きみたいな声が漏れてて、執事さんはワタルを一旦別室に案内して暫くしてから部屋へ通してくれた。
『絶対何かイタズラされてたのよ!だって泣き声だったもの!“鳴き声”じゃないわよ?嫌がって泣いてる“泣き声”よ?』
私に違いはよくわからないけど、レイコさんにとっては重要な事みたいだ。
レイコさんは幽霊だから見に行けたんじゃないのかと思うけど、本当にイタズラされてたらテーブルとか吹っ飛ばしちゃいそうだから行かなかったのだという。
部屋に入ったら佳那汰は寝てて“旦那様”がいた。
「どういうつもりだ、北岡」
北岡執事さんは俯いた。これは誰だ、と聞かれて答えたのはワタルだ。
「佳那汰君のお父様ですか」
「君は誰か、と聞いている」
「俺は佳那汰君の友達です。約束があったので執事さんに頼んで、佳那汰君を迎えに来ました」
「北岡」
追い返せ、と言外に言われたけど北岡執事さんは踏ん張ったんだって。
「旦那様……」
「私の命令が聞けないのか、北岡!」
「まぁまぁ、落ち着いて。あんたは佳那汰をどうしたいんだ?こんな寝込むほど嫌がってるの知ってて自分の考えを押し付けてるんだ、相当立派な理由があるんだよな?」
「佳那汰は私の跡を継ぐ、その為に必要なことをさせているだけだ」
「自分の意思を潰されて、人形みたいになっても?」
「何を言っている!?私は佳那汰の意思を尊重してきた!だから今まで連れ戻さずにいてやった!それを……恩を仇で返すような…!!」
「じゃあ、あんたは佳那汰が“本当は”何をしたいのかも知ってるんだよな」
「何?」
「T大なんて行かずに、他の大学で学びたいことがあるって知ってるんだよな?」
「そんな道楽者に育てた覚えはない!」
ワタルは、ふーん、と気のない返事をした。それから少し考える素振りを見せる。
その間レイコさんはグルグルと佳那汰の回りを回って、王子様が迎えに来たよ!って言い続けたらしい。
「道楽……ねぇ」
「私は佳那汰の為を思ってやってるんだ。間違ったことなど一つもない」
旦那さんは全然聞く耳を持ってくれなくて、ワタルの方が分が悪い筈なのにワタルに焦りは全くなくて、逆に旦那さんを挑発するみたいなことを言った。
「親の敷いたレールに乗ってりゃ安泰って?時代錯誤じゃねぇかなぁ」
「何だと」
「世の中は移り変わりが早いんだよね。あんたのとこ、何の会社だっけ。えーと、インテリア関係か」
思い出すように天井を見上げながら言って、続ける。
レイコさんはふと佳那汰の目が開いた事に気が付いた。
二人は気が付かないし、執事さんは俯いたままだから当然見てない。
『佳那汰、大丈夫?ワタルが来たよ!もうちょっとで帰れるからね!!』
佳那汰はレイコさんの声が聞こえたように2、3回瞬きをしてから視線を僅かに横へと向けた。
「佳那汰はさぁ、あんたの跡を継がないなんて言ってないよ。それでもたった一つだけ諦められない夢があるんだって。大学4年の間だけでいいから、その夢を追ってみたいんだってそう言ってた」
「下らん!何かは知らんがそんな夢なんていう曖昧な物に出す金などない!」
「そう言われると思ったから言えなかったんだ。でもそうやって子供の意思を潰して、夢を見れなくさせて、そんなんでいい跡継ぎになると思うの?佳那汰の考えは独創的だよ。伸ばしてやったらもっと良くなる」
旦那さんはそれでも頑としてワタルの話を聞かなくて挙げ句、使用人さん達を呼び出してワタルを外に放り出せって言った。
レイコさんは怒って、祟ってやろうかジジイー!!って騒いだけど聞いてもらえないから実行しようとしたらしい。
その前にワタルは大袈裟な溜め息をついた。
「じゃあ、残念」
「……何がだ」
「あんたの所とはもう手を切るよ」
「何を言っている?お前みたいな薄汚いガキと手を組んだ覚えはないぞ」
「次こそは結果を出す、って言うわりにあんたんとこは業績が低迷し続けてるよな。さっきも言ったけど、佳那汰はきっと今より売り上げを伸ばせるよ。だから将来の利益を考えて、それまでの負債は大目にみようって思ったんだけどその佳那汰の可能性を潰すならあんたを抱えてても仕方ない。うちは手を引かせてもらうよ」
あ、けど佳那汰は俺が貰ってくから安心してね。ってワタルが笑って、レイコさんはその言葉にガッツポーズ。ついでに、これ聞こえたら完全にホラーだよっていう含み笑いも。
旦那さんは、何を言ってるんだ!って烈火みたいに怒りかけて目の前に差し出された名刺を受け取って、あっという間に青くなった。
「な、七尾グループの……取締役……!?」
「俺10代に間違われるからあんま子会社に顔出すなって言われてるんだ。でもあんたとは何回か電話でやり取りしたよな?」
声を思い出したのか、旦那さんは青かった顔からさらに血の気が引いてレイコさん並みに白くなる。
「そ、そんなの会長が……」
「会長は好きにしろ、って。何だったら電話するか?」
ワタルは車で見てたメールを開いて旦那さんの前に差し出す。
好きにしたら~?って結構軽い。
後で聞いたけど、大手企業七尾グループを3年の間にさらに伸ばしたのがワタルなのだそうだ。
父親である会長は口を出しつつもほぼ全面的に息子に任せている。
ヘタリ、と床に座ってしまった旦那さんに執事さんが駆け寄った。
佳那汰は体を起こして黙ってワタルを見つめる。ワタルが気付いて微笑んだ。
「どっちにしろ佳那汰はしばらく借りていくよ」
人質、って笑ったけどその後の話で佳那汰が次期社長として育つまでは、ワタルの部下から何人か回して業務の立て直しをはかるつもりでいると言った。
佳那汰が継ぐ頃にはきっと今より良くなってるだろう。
旦那さんは佳那汰の好きな大学に行かせる事と、卒業後何年かはワタルの元で働く事を承諾した。
「佳那汰、帰ろ」
ワタルが笑って広げた両腕に佳那汰は何の迷いもなく飛び込んだんだって。
『いやぁ、ホント良かったわぁ!もうなんてゆーか、あたし昇天しちゃうかと思ったもの!』
『……いつかレイコさんもいなくなっちゃうの?』
『やぁねぇ、テンちゃん!あたしはまだまだ成仏しないわよ!このお店がなくなるまで、ううん、テンちゃんがいる間はずっと居座ってやるんだから!』
私は感動で目が潤む感覚がした。
『でも、佳那汰が大学に行っちゃったらもうここには来ないのかしら……』
そんな話をしてたら噂の佳那汰がやって来て、ちょっとしてからワタルも。
私達は少しの寂しさを湛えて二人を見る。
「……ずっと、不思議だったんだけど」
佳那汰からワタルに話しかけたの、初めて見たかも。レイコさんはさっきまでの消沈ぶりが嘘みたいにまた生気溢れて二人の側を漂ってる。
「何が?」
「……取締役なら、家に洗濯機くらいあるんじゃないの?」
「あるよ」
「じゃあ何で……」
「ここに来れば佳那汰に会えるでしょ?」
レイコさんが花火みたいに弾けた。
『レイコさーんっ!?』
『危ない!不意討ちに殺られかけたわ!』
驚いて叫んだ私の隣にパッと現れる。良かった、無事で。
「……何で」
「佳那汰さぁ、夏頃のパーティ来てたよね。あの時随分辛そうな顔してんなぁ……って気になってさ。で、ちょっとしてからここで佳那汰見かけたから」
それでここに来るようになったのだと。でも、佳那汰はいつも参考書とにらめっこしてるし話しかける機会を伺ってたらしい。
いきなり話しかけて逃げられても困るし、かと言って身分を明かすのも何だか汚い気がするし。
ワタルがそう言ったら、佳那汰が吹き出した。私達もワタルも驚いて佳那汰を見る。
「何か、変な不良が凄い見てくるなって思ってた」
「バレてたのか。というか、変な不良って何だよ!」
笑う佳那汰につられてワタルも笑いだして、レイコさんはもうホントに店中覆い尽くすんじゃないかってくらい花を飛ばしてる。
しばらく笑って、世間話して、ふと静かになったタイミングでワタルが天井を向きながら
「あー、で、さ。卒業したらうち住まねぇ?」
そう言った。
途端にレイコさんはまた花火みたいに弾けとんでしまった。
『レ、レイコさーんっ!?』
『やるわね、ワタル……。このあたしに二度も不意討ち食らわせるなんて!』
レイコさんは元気だ。
「何で」
「ここから通うとなると遠いだろ?うち、お前が行きたいって言った大学の近くなんだ。ついでに暇な時とかうちの会社でバイトしてよ」
「……あんた、あんなとこから通ってたの?」
佳那汰は驚いて、また吹き出した。
「何その執念」
「そのくらい仲良くしたかったのー!」
ひとしきり笑って、佳那汰は考えとくよって言った。
春になって佳那汰は来なくなったからきっと引っ越したんだと思う。
最後に来たとき佳那汰は私達にありがとうって言ったから、やっぱり私達の存在がバレてたみたい。
『テンちゃん!今日も来たよ!』
明るいレイコさんの声に見たら、大人しそうな男の子。
でもいつもワイシャツを入れるからきっと新人サラリーマン。
この子が気にしてるのはちょっとくたびれた感じのおじさんだ。おじさんって言っても、ちゃんとした格好をしたらきっともっと若く見えるんだろう。
私達はその二人を今日も観察する。
北町のコインランドリーでは小さなドラマがいくつもあって、それは私達の宝物。今日もキラキラ、ドラマが始まる。
■■■■■■■■
読んでくれてありがとうございました。二人の初夜編も今度書いてみよう…
執事さんの話では、ワタルと出掛けた翌日佳那汰は実家へ帰ってきたらしい。それで、執事さんが初めて聞いた“佳那汰の本音”を旦那様……佳那汰のお父さんに一生懸命訴えたんだって。あの無口な佳那汰が一生懸命一生懸命言葉を紡いで、わかってほしい、って。
でも……聞いてもらえなかったんだって。
「……旦那様は、佳那汰様を軟禁してしまわれました。……やはり自分の手元に置かなければダメなのだ、と」
佳那汰の家は元々お金持ちで何かの会社を経営してるって初めて聞いた。だって佳那汰、自分の事一つも話さなかったから。
それに佳那汰のお母さんはお父さんの事が嫌になって小さい頃に出ていっちゃったみたい。だからお父さんはお母さんがいた時よりもっともっと佳那汰に厳しくなったんだって。
「あの方は何をなさるかわかりません。一度は佳那汰様に死を選ばせたことをあんなに悔いておられたのに……」
一生懸命やってもゴールが見えなくて苦しくなって、家を出たいって言った佳那汰にお父さんはとてもとても酷いことをしたそうだ。佳那汰が死を選んでしまうほどに。
まさかそんな選択をするだなんて思わなかったお父さんはびっくりして、後悔して、佳那汰をお母さんの弟さんが管理してるアパートに移した。やっとお父さんから解放されたのに、少し時間が経った頃お父さんは佳那汰の進路を勝手に決めてしまった。
佳那汰はお父さんされた“酷いこと”が忘れられなくて嫌だって言えなかったみたい。
その佳那汰が勇気を振り絞ったのはあの日ワタルが何か言ったからなのかな?
ちら、と無言のワタルを見たらレイコさんがワタルの顔面に張り付いてた。
『行くわよね、ワタル!!勿論行くのよね!?てゆーか行かなかったら取り憑くわよ!!末代まで呪うわよ!?』
『ちょ、ちょっと!レイコさん落ち着いて!ポルターガイスト起きたら二人とも逃げちゃうかもしれないでしょ!』
私に手があったら、レイコさんを必死で羽交い締めにしてる。でも残念な事に私に手はないから止められなくて、レイコさんはワタルの回りをグルグルグルグル回り出した。
『レイコさん、怖い、怖いよ!』
『だって何で黙ってるのよこのヤンキー!行きなさいよ、男でしょ!?』
「あの、何で……俺なんですか」
『そーんーなーの~!佳那汰があんたに助けて欲しくて執事に頼んだに決まってるじゃない!!』
レイコさんは空中で器用に地団駄を踏んでる。
「佳那汰様は旦那様に軟禁され、塞ぎ込んでしまわれて……、先日より臥せっております。貴方のお名前を呼んでらっしゃいました」
『ほら、呼ばれてるじゃない~!!行きなさいよ!早く!は、や、くー!!』
『レイコさん、悪霊みたいな顔になってるからぁー!』
「しかしお名前以外の事がわからず……佳那汰様の叔父にあたる方にお尋ねしたのです」
それで、佳那汰の叔父さんはもしかしたらランドリーで良く会うって言ってた人かも、と答えたのだそうだ。
「ここで会えなければ私が佳那汰様をお連れしようかと思っておりました」
「何で最初からそうしないんですか?寝込むくらいそこにいるのが嫌なんだろ、あんたそれわかってんだろ!?」
「わかっております!!佳那汰様をお救いしたい、しかし、私には旦那様を裏切ることは出来ない!」
『え、やだ!こっちにも何かフラグ立ってるわよテンちゃん!』
『楽しそうね、レイコさん…』
悪霊から一転、回りに花を飛ばしながらレイコさんはワタルの肩にしがみついた。
ワタルは見えないけど、違和感を感じたのか軽く肩を動かして溜め息をつく。
「俺、そーゆーの良くわかんねぇわ。何もかも“旦那様”が絶対とか、そんなん操り人形と同じだ」
「……」
「……案内してくれ」
『行くの?行くのね!?流石よワタル!!大好き!』
レイコさんはそう言って小躍りして、執事さんは小さく頭を下げて歩き出しワタルもそれについていく。
『テンちゃん!今度こそ止めないで!あたしは行くわ!最後まで見届けるの!見届ける義務があるのよ!!』
『義務かはわからないけど、心配だものね。いってらっしゃい』
『後で聞かせてあげるからねぇ~!!』
レイコさんはそう言ってワタルに憑いて車に乗り込んだ。
どうかどうか、レイコさんがミラーに映りませんように。
万一映ってもびっくりしてハンドル操作誤りませんように。
佳那汰が帰ってきますように。
私は誰も居なくなった寂しいコインランドリーで一人祈った。
今日はクリスマスイブ。サンタクロースがいい子にプレゼントをくれる日だもの。きっときっと、大丈夫。
これは後日、レイコさんが興奮して電球を割りながらしてくれた話。
ワタルは車の中で誰かにメールを送って、その返事を見て悪代官みたいな笑い方をした。
『誰から?』
聞こえるはずもないから答えはなかったけど、レイコさんはきっと切り札だって直感したらしい。
お屋敷について、執事さんは佳那汰の部屋にワタルを連れて行って。
でも佳那汰の部屋からは啜り泣きみたいな声が漏れてて、執事さんはワタルを一旦別室に案内して暫くしてから部屋へ通してくれた。
『絶対何かイタズラされてたのよ!だって泣き声だったもの!“鳴き声”じゃないわよ?嫌がって泣いてる“泣き声”よ?』
私に違いはよくわからないけど、レイコさんにとっては重要な事みたいだ。
レイコさんは幽霊だから見に行けたんじゃないのかと思うけど、本当にイタズラされてたらテーブルとか吹っ飛ばしちゃいそうだから行かなかったのだという。
部屋に入ったら佳那汰は寝てて“旦那様”がいた。
「どういうつもりだ、北岡」
北岡執事さんは俯いた。これは誰だ、と聞かれて答えたのはワタルだ。
「佳那汰君のお父様ですか」
「君は誰か、と聞いている」
「俺は佳那汰君の友達です。約束があったので執事さんに頼んで、佳那汰君を迎えに来ました」
「北岡」
追い返せ、と言外に言われたけど北岡執事さんは踏ん張ったんだって。
「旦那様……」
「私の命令が聞けないのか、北岡!」
「まぁまぁ、落ち着いて。あんたは佳那汰をどうしたいんだ?こんな寝込むほど嫌がってるの知ってて自分の考えを押し付けてるんだ、相当立派な理由があるんだよな?」
「佳那汰は私の跡を継ぐ、その為に必要なことをさせているだけだ」
「自分の意思を潰されて、人形みたいになっても?」
「何を言っている!?私は佳那汰の意思を尊重してきた!だから今まで連れ戻さずにいてやった!それを……恩を仇で返すような…!!」
「じゃあ、あんたは佳那汰が“本当は”何をしたいのかも知ってるんだよな」
「何?」
「T大なんて行かずに、他の大学で学びたいことがあるって知ってるんだよな?」
「そんな道楽者に育てた覚えはない!」
ワタルは、ふーん、と気のない返事をした。それから少し考える素振りを見せる。
その間レイコさんはグルグルと佳那汰の回りを回って、王子様が迎えに来たよ!って言い続けたらしい。
「道楽……ねぇ」
「私は佳那汰の為を思ってやってるんだ。間違ったことなど一つもない」
旦那さんは全然聞く耳を持ってくれなくて、ワタルの方が分が悪い筈なのにワタルに焦りは全くなくて、逆に旦那さんを挑発するみたいなことを言った。
「親の敷いたレールに乗ってりゃ安泰って?時代錯誤じゃねぇかなぁ」
「何だと」
「世の中は移り変わりが早いんだよね。あんたのとこ、何の会社だっけ。えーと、インテリア関係か」
思い出すように天井を見上げながら言って、続ける。
レイコさんはふと佳那汰の目が開いた事に気が付いた。
二人は気が付かないし、執事さんは俯いたままだから当然見てない。
『佳那汰、大丈夫?ワタルが来たよ!もうちょっとで帰れるからね!!』
佳那汰はレイコさんの声が聞こえたように2、3回瞬きをしてから視線を僅かに横へと向けた。
「佳那汰はさぁ、あんたの跡を継がないなんて言ってないよ。それでもたった一つだけ諦められない夢があるんだって。大学4年の間だけでいいから、その夢を追ってみたいんだってそう言ってた」
「下らん!何かは知らんがそんな夢なんていう曖昧な物に出す金などない!」
「そう言われると思ったから言えなかったんだ。でもそうやって子供の意思を潰して、夢を見れなくさせて、そんなんでいい跡継ぎになると思うの?佳那汰の考えは独創的だよ。伸ばしてやったらもっと良くなる」
旦那さんはそれでも頑としてワタルの話を聞かなくて挙げ句、使用人さん達を呼び出してワタルを外に放り出せって言った。
レイコさんは怒って、祟ってやろうかジジイー!!って騒いだけど聞いてもらえないから実行しようとしたらしい。
その前にワタルは大袈裟な溜め息をついた。
「じゃあ、残念」
「……何がだ」
「あんたの所とはもう手を切るよ」
「何を言っている?お前みたいな薄汚いガキと手を組んだ覚えはないぞ」
「次こそは結果を出す、って言うわりにあんたんとこは業績が低迷し続けてるよな。さっきも言ったけど、佳那汰はきっと今より売り上げを伸ばせるよ。だから将来の利益を考えて、それまでの負債は大目にみようって思ったんだけどその佳那汰の可能性を潰すならあんたを抱えてても仕方ない。うちは手を引かせてもらうよ」
あ、けど佳那汰は俺が貰ってくから安心してね。ってワタルが笑って、レイコさんはその言葉にガッツポーズ。ついでに、これ聞こえたら完全にホラーだよっていう含み笑いも。
旦那さんは、何を言ってるんだ!って烈火みたいに怒りかけて目の前に差し出された名刺を受け取って、あっという間に青くなった。
「な、七尾グループの……取締役……!?」
「俺10代に間違われるからあんま子会社に顔出すなって言われてるんだ。でもあんたとは何回か電話でやり取りしたよな?」
声を思い出したのか、旦那さんは青かった顔からさらに血の気が引いてレイコさん並みに白くなる。
「そ、そんなの会長が……」
「会長は好きにしろ、って。何だったら電話するか?」
ワタルは車で見てたメールを開いて旦那さんの前に差し出す。
好きにしたら~?って結構軽い。
後で聞いたけど、大手企業七尾グループを3年の間にさらに伸ばしたのがワタルなのだそうだ。
父親である会長は口を出しつつもほぼ全面的に息子に任せている。
ヘタリ、と床に座ってしまった旦那さんに執事さんが駆け寄った。
佳那汰は体を起こして黙ってワタルを見つめる。ワタルが気付いて微笑んだ。
「どっちにしろ佳那汰はしばらく借りていくよ」
人質、って笑ったけどその後の話で佳那汰が次期社長として育つまでは、ワタルの部下から何人か回して業務の立て直しをはかるつもりでいると言った。
佳那汰が継ぐ頃にはきっと今より良くなってるだろう。
旦那さんは佳那汰の好きな大学に行かせる事と、卒業後何年かはワタルの元で働く事を承諾した。
「佳那汰、帰ろ」
ワタルが笑って広げた両腕に佳那汰は何の迷いもなく飛び込んだんだって。
『いやぁ、ホント良かったわぁ!もうなんてゆーか、あたし昇天しちゃうかと思ったもの!』
『……いつかレイコさんもいなくなっちゃうの?』
『やぁねぇ、テンちゃん!あたしはまだまだ成仏しないわよ!このお店がなくなるまで、ううん、テンちゃんがいる間はずっと居座ってやるんだから!』
私は感動で目が潤む感覚がした。
『でも、佳那汰が大学に行っちゃったらもうここには来ないのかしら……』
そんな話をしてたら噂の佳那汰がやって来て、ちょっとしてからワタルも。
私達は少しの寂しさを湛えて二人を見る。
「……ずっと、不思議だったんだけど」
佳那汰からワタルに話しかけたの、初めて見たかも。レイコさんはさっきまでの消沈ぶりが嘘みたいにまた生気溢れて二人の側を漂ってる。
「何が?」
「……取締役なら、家に洗濯機くらいあるんじゃないの?」
「あるよ」
「じゃあ何で……」
「ここに来れば佳那汰に会えるでしょ?」
レイコさんが花火みたいに弾けた。
『レイコさーんっ!?』
『危ない!不意討ちに殺られかけたわ!』
驚いて叫んだ私の隣にパッと現れる。良かった、無事で。
「……何で」
「佳那汰さぁ、夏頃のパーティ来てたよね。あの時随分辛そうな顔してんなぁ……って気になってさ。で、ちょっとしてからここで佳那汰見かけたから」
それでここに来るようになったのだと。でも、佳那汰はいつも参考書とにらめっこしてるし話しかける機会を伺ってたらしい。
いきなり話しかけて逃げられても困るし、かと言って身分を明かすのも何だか汚い気がするし。
ワタルがそう言ったら、佳那汰が吹き出した。私達もワタルも驚いて佳那汰を見る。
「何か、変な不良が凄い見てくるなって思ってた」
「バレてたのか。というか、変な不良って何だよ!」
笑う佳那汰につられてワタルも笑いだして、レイコさんはもうホントに店中覆い尽くすんじゃないかってくらい花を飛ばしてる。
しばらく笑って、世間話して、ふと静かになったタイミングでワタルが天井を向きながら
「あー、で、さ。卒業したらうち住まねぇ?」
そう言った。
途端にレイコさんはまた花火みたいに弾けとんでしまった。
『レ、レイコさーんっ!?』
『やるわね、ワタル……。このあたしに二度も不意討ち食らわせるなんて!』
レイコさんは元気だ。
「何で」
「ここから通うとなると遠いだろ?うち、お前が行きたいって言った大学の近くなんだ。ついでに暇な時とかうちの会社でバイトしてよ」
「……あんた、あんなとこから通ってたの?」
佳那汰は驚いて、また吹き出した。
「何その執念」
「そのくらい仲良くしたかったのー!」
ひとしきり笑って、佳那汰は考えとくよって言った。
春になって佳那汰は来なくなったからきっと引っ越したんだと思う。
最後に来たとき佳那汰は私達にありがとうって言ったから、やっぱり私達の存在がバレてたみたい。
『テンちゃん!今日も来たよ!』
明るいレイコさんの声に見たら、大人しそうな男の子。
でもいつもワイシャツを入れるからきっと新人サラリーマン。
この子が気にしてるのはちょっとくたびれた感じのおじさんだ。おじさんって言っても、ちゃんとした格好をしたらきっともっと若く見えるんだろう。
私達はその二人を今日も観察する。
北町のコインランドリーでは小さなドラマがいくつもあって、それは私達の宝物。今日もキラキラ、ドラマが始まる。
■■■■■■■■
読んでくれてありがとうございました。二人の初夜編も今度書いてみよう…
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甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
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