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北町のコインランドリー
北町のコインランドリー
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私は北町のコインランドリーにあるドラム回転式洗濯機。コインを入れたらグルグル回る、しがない洗濯機です。
ガソリンスタンドと七尾建築の資材置き場に挟まれた北町のコインランドリーは、特別古くも新しくもないそこそこの建物。駐車場は4台まで、営業は朝7時~夜23時まで。
裏手に小さなアパートが何軒かあるからお客さんは19時~21時までがピークで後はチラホラ。学生さんが多いかな。
それと、ここ北町のコインランドリーには私の他にもう一人暮らしてる。
たまに防犯カメラに映っちゃって大騒ぎになる幽霊のレイコさん。
レイコさんは幽霊だけど気さくで、私達はすぐ仲良しになった。私にテンちゃん、と名前をつけてくれたのもレイコさんだ。由来は回“転”式だから、らしいです。
レイコさんは浮遊霊なのだそうだけど、ここがお気に入りで地縛霊みたいにここにいる。
あとレイコさんは腐女子です。イケメンが二人揃うとテンションが上がって、たまにポルターガイストを起こしちゃうのでそこがちょっと玉に瑕。
そんな私達の楽しみはここへ来るお客さんを観察する事。
はしたないけど、でも私はここを動けないからこれしか楽しみがない。
だから今日も悪いと思いつつ、気になるあの子を観察します。
外は雪。頭に積もった雪が解けてポタポタと肩に落ちるのを気にしない彼は、確か友達に“佳那汰(かなた)”と呼ばれてた。
ちょっとつり気味な大きな目。真面目そうな黒縁眼鏡。いつも参考書を片手に持ってる優等生。女の子っぽい可愛い顔だけど、ちゃんと男の子。
その佳那汰から4つ離れた椅子に座って、雑誌を片手に座る茶髪の彼は“ワタル”。耳に何個も付けたピアスは見てるこっちが痛々しい。
二人とも年はそんなに変わらないように見える。
ワタルはいつも雑誌を片手にチラリチラリと佳那汰を見る。佳那汰は全然気付いてないけど、結構見てる。雑誌は半分くらいからいつも進まないのだ。それくらい見てる。
ワタルがいつから佳那汰を見るようになったのか定かじゃないけど、ここ半月は来る度に読まない雑誌を広げて佳那汰を伺ってる。
『話しかけるきっかけがないのよ!』
レイコさんは興奮ぎみに言った。
『そうなの?』
私が答えたら、ふと、佳那汰が顔を上げて私達の方を見て首を傾げたから二人揃ってヒヤ、とした。私のお腹は乾燥中だから熱いけど、気分はヒヤ、だ。
しばらくして佳那汰は参考書に視線を落とした。
あぁ、良かった。聞こえたのかと思った。
レイコさんも同じことを思ったのか、心なしか声を潜める。
『だからね、きっときっかけがないから話せないの!あんなナリしてシャイなのよ!』
『うーん……。否定はしないけど』
ワタルの目線がまたチラリと佳那汰に向かうのを見たレイコさんはもう我慢できない!って言うなり、蛍光灯を立て続けにパチンパチンと鳴らした。
所謂ラップ音だ。ワタルは訝しげに見上げたけど、佳那汰は動じない。……可愛い顔してなかなか度胸が座ってる。
『むむ……。やるわね……。なら……』
今度は蛍光灯をチカチカ消したり点けたり。佳那汰は迷惑そうな顔だ。
「……電球、切れそうなのかな……?」
その声にレイコさんはパッと花が咲くような笑顔……ううん、例えじゃなく私にはレイコさんの回りにホントに花が見えた。私はそれくらい全力で喜んでるレイコさんと一緒にドキドキと成り行きを見守ることにした。
佳那汰はその声でチラリとワタルを見たけど、すぐ参考書に視線を戻す。
「……幽霊でもいるんじゃない」
「あー、嘘かホントか知らねぇけどここ出るらしいもんな」
佳那汰は何だか複雑そうな表情をしたけど、参考書から目を離さない。
会話はそれで終わってしまった。
『あ~!もう、何してるのよー!!もっとガツガツ行きなさいよ!そんな悪ぶってるくせにヘタレね!!』
『ちょっとレイコさん、あんまり興奮したらまた電球割っちゃうわよ。怖がってみんな来なくなったらどうするの』
『だぁってぇ~!』
そうこうしてる内に、ピー、って音と共に佳那汰の洗濯が終わってしまって、大きめの袋に荷物を入れ立ち去ろうとするその背中にワタルが慌てて声をかけたのはレイコさんの“きっかけ”のおかげかな。
「あのさ、あの……ネコ」
佳那汰が無言で振り向いて、無視されなかった事に安心したワタルは一息に言った。
「いつだったか、ここで段ボールに入った子猫拾ってただろ?あのネコ、どうしたのかなって思って」
そうだ、一ヶ月よりもう少し前、悪いおじさんが夜子猫を置き去りにした。季節は秋で、子猫達は寒さに震えてた。
私達は見てたけど、洗濯機と幽霊じゃどうしようもない。それでもレイコさんは一生懸命誰か呼ぼうとしたけど、声を聞いてくれる人はいなかった。
そこに来たのが佳那汰。
佳那汰はここに参考書を忘れてて、閉店ギリギリに取りに来た。
それで子猫に気が付いた彼は参考書を取ると、段ボールごと子猫達を連れて帰ってくれたのだ。
あれをワタルも見てたんだ。
「……里親、探した。うちのアパートペットダメだから」
「え、でも連れて帰って怒られなかったのか?」
「怒られたけど」
「捨ててこい!ってなんなかったの?」
「……部屋でネコと死ぬって言ったら、里親見つかるまではいいって。アパート中で里親探しした」
「おま、……腹黒だな……。つか、よくそんな脅しが効いたな」
「……一度してるから」
「え?」
佳那汰はそれ以上話すことはない、とばかりに自動ドアを開けて出ていってしまって、残されたワタルも私達も茫然と見送る。
――……一度してるから
それは、死のうとしたことがあるっていう意味なのかな。
ワタルは自分の洗濯が終わってるのに気がついて荷物を取ると、ちょっと固い顔のまま帰って行った。
それから少し経ってワタルが絡むようになると、二人は最初より仲良くなった。
レイコさんは大喜びだ。
でも、仲良くなったとは言え佳那汰は殆ど喋らないし笑わない。ワタルの話しに相槌を打つだけだ。ワタルもその事に慣れたのか気にしてないみたい。
「佳那汰はさぁ、大学行くんだよな?」
「……」
今日も参考書を広げる佳那汰は黙って頷く。それから、少しだけ向いた視線が、何で?って問いかけた。
「どこ行くの?」
「……T大」
「うっそ、すげー。頭いいんだな!」
「……親、煩いから」
行きたくないのかな。私は何となくそう思う。
レイコさんは会話よりも二人の間にあった椅子の数でわかる距離がなくなって、とにかくキラキラ生気に溢れてる。
幽霊だから生気なんてない筈なのに、今にも実体化しちゃうんじゃないかってくらい。
「行きたく……ないの?」
私の疑問をワタルが代弁した。
佳那汰はよく見ないとわからないくらい微かに反応して、でも何も言わない。
ワタルもそれ以上何も訊かずに話題を変える。
「……なぁ、今日暇?」
「何で」
「ちょっと付き合ってくれない?」
「何で」
「行きたいとこあるから」
「……」
レイコさんが、うんって言え~、うんって言え~って念を送った甲斐があったのか、佳那汰はしばらく迷ってから頷いた。
「じゃあさ、一旦帰って迎えに来るからここで集合」
「……遠いの?」
「んー、車で1時間くらい?」
「……車」
「うん」
私達も佳那汰と同じように目を丸くした。私に目はないけど、でも気持ち的には丸くした。
「……あんた、いくつ?」
「ん?26」
『うっそ、マジ!?いやいやいや、見えない見えない!どう見ても10代!良くて20歳でしょ!』
レイコさんがワタルの回りをグルグル回る。
佳那汰はしばらくワタルを黙って見つめて、ポツンと言った。
「……敬語がいい?」
ワタルはきょとんとして、それから笑い出す。
「いいよ、そのままで!俺超童顔って言われるし、慣れてるから」
「……そう」
ひとしきり笑って(笑ったのはワタルだけだけど)二人はここを出て行った。
『やだ、テンちゃんどうしよう。あたし気になる!車に乗ったらダメかな?ねぇ、ダメかなぁ!?』
『落ち着いて、レイコさん。レイコさんが乗ったらバックミラーに映ったりしちゃうかもしれないじゃない』
『ちょっとしたホラーになるかしら?でもね、でもね!気になるのぉー!!二人よ?二人きりよ!?密室なのよ!?』
『そこにレイコさんが乗り込んだら密室ホラーになっちゃうじゃない!』
『じゃあ逆手にとって吊り橋効果を狙うのよ!』
『佳那汰は怖がらないでしょ?』
『あぁぁ、しまったあのやろー!無駄に男らしいー!!』
そうこうしてる内に佳那汰がもう一度やって来て、ちょっとしてから車のライトが見えた。
ワタルだ。
『ダメかなぁ?やっぱりダメかなぁ?』
『気になるけど、そっとしときましょうよ。変に引っ掻き回して二人が来なくなったら困るじゃない』
『う~。……何があったかちゃんと聞かせなさいよねー!!』
名残惜しげに自動ドアを開けたり閉めたりしながらレイコさんは叫ぶ。
誰にも聞こえないからいいけど、聞こえたら結構近所迷惑だ。
佳那汰が来るのは決まって金曜日の夜。
なのに、次の週佳那汰は来なかった。ワタルは閉店ギリギリまで待ったけど、やっぱり来なかったから帰ってしまった。
『……喧嘩でも、したのかな』
『勢い余って襲っちゃった、とか?』
ここにいる私達には何が起きたかわからない。
その次もまた佳那汰は来なくて。ワタルはやっぱり閉店ギリギリまでいたけどその日も会えずに帰って行った。
『どうしたんだろう』
『ワタルがあたしの声聞こえるならなぁ~!どんな手使っても聞き出すのに!』
次の週はクリスマスイブ。
佳那汰は来なくて、今日もワタルは閉店ギリギリまで残るつもりみたい。
見てるのか見てないのか、雑誌を何度もパラパラめくってる。
自動ドアが開いて私達もワタルも勢い良くそっちを振り向いてしまったから相手は驚いたようだ。
何度も言うけど私に首はないから気分的に、振り向いた。
まぁ、実際見えてるのはワタルの姿だけなんだけど。
「ワタル、様、でいらっしゃいますか?」
「……そうですけど」
「良かった。……あなたにお願いがあって参りました」
「はぁ」
彼は、自分は佳那汰の実家で勤めている執事だと前置いて少し悩む間を開ける。下を向いて悩んで、口を開きかけて悩んで、そうしてたっぷり間を開けてーー言った。
「佳那汰様を、どうか助けてください」
ガソリンスタンドと七尾建築の資材置き場に挟まれた北町のコインランドリーは、特別古くも新しくもないそこそこの建物。駐車場は4台まで、営業は朝7時~夜23時まで。
裏手に小さなアパートが何軒かあるからお客さんは19時~21時までがピークで後はチラホラ。学生さんが多いかな。
それと、ここ北町のコインランドリーには私の他にもう一人暮らしてる。
たまに防犯カメラに映っちゃって大騒ぎになる幽霊のレイコさん。
レイコさんは幽霊だけど気さくで、私達はすぐ仲良しになった。私にテンちゃん、と名前をつけてくれたのもレイコさんだ。由来は回“転”式だから、らしいです。
レイコさんは浮遊霊なのだそうだけど、ここがお気に入りで地縛霊みたいにここにいる。
あとレイコさんは腐女子です。イケメンが二人揃うとテンションが上がって、たまにポルターガイストを起こしちゃうのでそこがちょっと玉に瑕。
そんな私達の楽しみはここへ来るお客さんを観察する事。
はしたないけど、でも私はここを動けないからこれしか楽しみがない。
だから今日も悪いと思いつつ、気になるあの子を観察します。
外は雪。頭に積もった雪が解けてポタポタと肩に落ちるのを気にしない彼は、確か友達に“佳那汰(かなた)”と呼ばれてた。
ちょっとつり気味な大きな目。真面目そうな黒縁眼鏡。いつも参考書を片手に持ってる優等生。女の子っぽい可愛い顔だけど、ちゃんと男の子。
その佳那汰から4つ離れた椅子に座って、雑誌を片手に座る茶髪の彼は“ワタル”。耳に何個も付けたピアスは見てるこっちが痛々しい。
二人とも年はそんなに変わらないように見える。
ワタルはいつも雑誌を片手にチラリチラリと佳那汰を見る。佳那汰は全然気付いてないけど、結構見てる。雑誌は半分くらいからいつも進まないのだ。それくらい見てる。
ワタルがいつから佳那汰を見るようになったのか定かじゃないけど、ここ半月は来る度に読まない雑誌を広げて佳那汰を伺ってる。
『話しかけるきっかけがないのよ!』
レイコさんは興奮ぎみに言った。
『そうなの?』
私が答えたら、ふと、佳那汰が顔を上げて私達の方を見て首を傾げたから二人揃ってヒヤ、とした。私のお腹は乾燥中だから熱いけど、気分はヒヤ、だ。
しばらくして佳那汰は参考書に視線を落とした。
あぁ、良かった。聞こえたのかと思った。
レイコさんも同じことを思ったのか、心なしか声を潜める。
『だからね、きっときっかけがないから話せないの!あんなナリしてシャイなのよ!』
『うーん……。否定はしないけど』
ワタルの目線がまたチラリと佳那汰に向かうのを見たレイコさんはもう我慢できない!って言うなり、蛍光灯を立て続けにパチンパチンと鳴らした。
所謂ラップ音だ。ワタルは訝しげに見上げたけど、佳那汰は動じない。……可愛い顔してなかなか度胸が座ってる。
『むむ……。やるわね……。なら……』
今度は蛍光灯をチカチカ消したり点けたり。佳那汰は迷惑そうな顔だ。
「……電球、切れそうなのかな……?」
その声にレイコさんはパッと花が咲くような笑顔……ううん、例えじゃなく私にはレイコさんの回りにホントに花が見えた。私はそれくらい全力で喜んでるレイコさんと一緒にドキドキと成り行きを見守ることにした。
佳那汰はその声でチラリとワタルを見たけど、すぐ参考書に視線を戻す。
「……幽霊でもいるんじゃない」
「あー、嘘かホントか知らねぇけどここ出るらしいもんな」
佳那汰は何だか複雑そうな表情をしたけど、参考書から目を離さない。
会話はそれで終わってしまった。
『あ~!もう、何してるのよー!!もっとガツガツ行きなさいよ!そんな悪ぶってるくせにヘタレね!!』
『ちょっとレイコさん、あんまり興奮したらまた電球割っちゃうわよ。怖がってみんな来なくなったらどうするの』
『だぁってぇ~!』
そうこうしてる内に、ピー、って音と共に佳那汰の洗濯が終わってしまって、大きめの袋に荷物を入れ立ち去ろうとするその背中にワタルが慌てて声をかけたのはレイコさんの“きっかけ”のおかげかな。
「あのさ、あの……ネコ」
佳那汰が無言で振り向いて、無視されなかった事に安心したワタルは一息に言った。
「いつだったか、ここで段ボールに入った子猫拾ってただろ?あのネコ、どうしたのかなって思って」
そうだ、一ヶ月よりもう少し前、悪いおじさんが夜子猫を置き去りにした。季節は秋で、子猫達は寒さに震えてた。
私達は見てたけど、洗濯機と幽霊じゃどうしようもない。それでもレイコさんは一生懸命誰か呼ぼうとしたけど、声を聞いてくれる人はいなかった。
そこに来たのが佳那汰。
佳那汰はここに参考書を忘れてて、閉店ギリギリに取りに来た。
それで子猫に気が付いた彼は参考書を取ると、段ボールごと子猫達を連れて帰ってくれたのだ。
あれをワタルも見てたんだ。
「……里親、探した。うちのアパートペットダメだから」
「え、でも連れて帰って怒られなかったのか?」
「怒られたけど」
「捨ててこい!ってなんなかったの?」
「……部屋でネコと死ぬって言ったら、里親見つかるまではいいって。アパート中で里親探しした」
「おま、……腹黒だな……。つか、よくそんな脅しが効いたな」
「……一度してるから」
「え?」
佳那汰はそれ以上話すことはない、とばかりに自動ドアを開けて出ていってしまって、残されたワタルも私達も茫然と見送る。
――……一度してるから
それは、死のうとしたことがあるっていう意味なのかな。
ワタルは自分の洗濯が終わってるのに気がついて荷物を取ると、ちょっと固い顔のまま帰って行った。
それから少し経ってワタルが絡むようになると、二人は最初より仲良くなった。
レイコさんは大喜びだ。
でも、仲良くなったとは言え佳那汰は殆ど喋らないし笑わない。ワタルの話しに相槌を打つだけだ。ワタルもその事に慣れたのか気にしてないみたい。
「佳那汰はさぁ、大学行くんだよな?」
「……」
今日も参考書を広げる佳那汰は黙って頷く。それから、少しだけ向いた視線が、何で?って問いかけた。
「どこ行くの?」
「……T大」
「うっそ、すげー。頭いいんだな!」
「……親、煩いから」
行きたくないのかな。私は何となくそう思う。
レイコさんは会話よりも二人の間にあった椅子の数でわかる距離がなくなって、とにかくキラキラ生気に溢れてる。
幽霊だから生気なんてない筈なのに、今にも実体化しちゃうんじゃないかってくらい。
「行きたく……ないの?」
私の疑問をワタルが代弁した。
佳那汰はよく見ないとわからないくらい微かに反応して、でも何も言わない。
ワタルもそれ以上何も訊かずに話題を変える。
「……なぁ、今日暇?」
「何で」
「ちょっと付き合ってくれない?」
「何で」
「行きたいとこあるから」
「……」
レイコさんが、うんって言え~、うんって言え~って念を送った甲斐があったのか、佳那汰はしばらく迷ってから頷いた。
「じゃあさ、一旦帰って迎えに来るからここで集合」
「……遠いの?」
「んー、車で1時間くらい?」
「……車」
「うん」
私達も佳那汰と同じように目を丸くした。私に目はないけど、でも気持ち的には丸くした。
「……あんた、いくつ?」
「ん?26」
『うっそ、マジ!?いやいやいや、見えない見えない!どう見ても10代!良くて20歳でしょ!』
レイコさんがワタルの回りをグルグル回る。
佳那汰はしばらくワタルを黙って見つめて、ポツンと言った。
「……敬語がいい?」
ワタルはきょとんとして、それから笑い出す。
「いいよ、そのままで!俺超童顔って言われるし、慣れてるから」
「……そう」
ひとしきり笑って(笑ったのはワタルだけだけど)二人はここを出て行った。
『やだ、テンちゃんどうしよう。あたし気になる!車に乗ったらダメかな?ねぇ、ダメかなぁ!?』
『落ち着いて、レイコさん。レイコさんが乗ったらバックミラーに映ったりしちゃうかもしれないじゃない』
『ちょっとしたホラーになるかしら?でもね、でもね!気になるのぉー!!二人よ?二人きりよ!?密室なのよ!?』
『そこにレイコさんが乗り込んだら密室ホラーになっちゃうじゃない!』
『じゃあ逆手にとって吊り橋効果を狙うのよ!』
『佳那汰は怖がらないでしょ?』
『あぁぁ、しまったあのやろー!無駄に男らしいー!!』
そうこうしてる内に佳那汰がもう一度やって来て、ちょっとしてから車のライトが見えた。
ワタルだ。
『ダメかなぁ?やっぱりダメかなぁ?』
『気になるけど、そっとしときましょうよ。変に引っ掻き回して二人が来なくなったら困るじゃない』
『う~。……何があったかちゃんと聞かせなさいよねー!!』
名残惜しげに自動ドアを開けたり閉めたりしながらレイコさんは叫ぶ。
誰にも聞こえないからいいけど、聞こえたら結構近所迷惑だ。
佳那汰が来るのは決まって金曜日の夜。
なのに、次の週佳那汰は来なかった。ワタルは閉店ギリギリまで待ったけど、やっぱり来なかったから帰ってしまった。
『……喧嘩でも、したのかな』
『勢い余って襲っちゃった、とか?』
ここにいる私達には何が起きたかわからない。
その次もまた佳那汰は来なくて。ワタルはやっぱり閉店ギリギリまでいたけどその日も会えずに帰って行った。
『どうしたんだろう』
『ワタルがあたしの声聞こえるならなぁ~!どんな手使っても聞き出すのに!』
次の週はクリスマスイブ。
佳那汰は来なくて、今日もワタルは閉店ギリギリまで残るつもりみたい。
見てるのか見てないのか、雑誌を何度もパラパラめくってる。
自動ドアが開いて私達もワタルも勢い良くそっちを振り向いてしまったから相手は驚いたようだ。
何度も言うけど私に首はないから気分的に、振り向いた。
まぁ、実際見えてるのはワタルの姿だけなんだけど。
「ワタル、様、でいらっしゃいますか?」
「……そうですけど」
「良かった。……あなたにお願いがあって参りました」
「はぁ」
彼は、自分は佳那汰の実家で勤めている執事だと前置いて少し悩む間を開ける。下を向いて悩んで、口を開きかけて悩んで、そうしてたっぷり間を開けてーー言った。
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