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1ヶ月経って
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あの日から一月。雪深くなったアルバス領はしんしんと降る雪で静かだ。
市場に行けば寒いながら活気はあるし雪に慣れた領内の人間はこの雪の中でも逞しく活動している。
しかし広い辺境伯の城の中までその活気は届かないからキールは静かな部屋でフォルティアの靴を磨いていた。
フォルティアが護衛にとつけてくれたレシィは主人の部屋の掃除の時だけは別の場所を担当している。多分今頃はキールの為にお茶の準備をしている頃だろうか。
「やあ、小鳥ちゃん。元気だったかい?」
静かだなぁ、と尾羽を揺らしながらピカピカになった靴を目の前に掲げていたキールは驚いて飛び上がってしまった。耳羽がぶわわわわと広がる様に一瞬目を丸くした後で、
「ごめんごめん、驚かせてしまったね」
と笑ったのは王太子アステラである。耳羽どころか背中に残った小さな羽も尾羽もぶわっと広がる程驚いているキールにヤリノスが
「だから突然来たらビビるって言ったろ。おどかしてやるなよ」
そう言いながら悪いな、と広がった耳羽を撫で付けてくれる。フォルティアと違う体温は娼館を思い出して少し怖いけれどビク、と肩が小さく跳ねるとヤリノスの手はすぐ離れた。
「勝手に人の家をうろつくな」
途端に聞こえたのは不機嫌そうなフォルティアの声だ。
「だってこうでもしないと君は小鳥ちゃんと会わせてくれないだろう」
しかし楽しそうに言ったアステラにぎゅ、っと抱き締められてせっかく収まった耳羽がまたぶわわわわと広がってしまう。
この国の次期国王に抱き締められている、という信じられない出来事に嫌悪や恐怖を感じる前に混乱して体が動かなくなってしまった。
とりあえず流石は王族。何やら良い香りがしている。頬に当たる服の素材ももちろん一級品なのだろう。さらっと滑らかで皺1つ見当たらない。
でもそろそろ離して欲しい。
(フォル)
無意識にもそもそと動いた手がフォルティアの方に伸びると同時にアステラの腕の中からフォルティアの腕の中に移動していた。
途端に声を上げて大笑いし始めたアステラを呆れたように見るヤリノスと恨めしげに睨むフォルティア、三者三様の反応にキールは困惑して3人を見回す。
「あー、おっかしい。あの氷の彫像とまで言われたフォルがこんなに感情をあらわにするなんて、今年は槍でも降るのかな」
「喧しい。大体家主の目を盗んで侵入するなんていくら王族と言えど犯罪だろう」
「ちゃんと気配を消さないように来ただろ。本気で侵入するなら気配を消してくるさ」
それでも恐らくフォルティアには看破されてしまうだろうけど、とアステラが肩を竦めた時ガラガラとお茶と茶菓子を乗せたワゴンを押しながらレシィがやって来てキールは目を丸くした。ワゴンにはきちんと4人分のお茶が用意されていたからだ。
元傭兵のレシィだけれど見た目は清楚な女性でややつり目がちな鳶色の瞳とシニヨンにした榛色の髪。背はキールよりも高く一見近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけれどおしゃべり好きな明るい女性である。最初はメイド服に怯えたキールだったけれど今では茶飲み友達だ。
王太子の手前いつものおしゃべりはなく完璧な所作でお茶を注いで、勝手にフォルティアの私室のソファに腰かけたアステラの前にスッと音もなくティーカップを置く。本来王族には毒味がついているが護衛を連れてきているとは言え単身でどこにでも現れるアステラに付き人はいない。
もちろん王城では付き人を従えているけれど、馬車で1ヶ月以上かかるような辺境まで転移で来ている彼に付き添えるのはヤリノス1人だ。アステラがいない間はアステラの影を勤める男が代理として残っている。「1人歩きはやめてください」と涙ながらに何度も頼まれるけれどアステラは素知らぬふりである。
「全く……今度は一体何の用だ」
仕方なく他の3人――キールはレシィと共に出ていこうとしたのだが止められた――も席についてティーカップを手にした。キールの紅茶には砂糖とミルクが好みの量入れてある。
(美味しい)
治水がどうの、どこそこの領地がどうの、とどう考えてもキールには関係のない話が進む中大人しくお茶請けに出されたケーキを食べ1人至福タイムだ。時期が終わる前に買って凍らせていた苺をふんだんに使ったタルトは甘酸っぱく爽やかで何個でも食べられそう、と尾羽を振る。
「ねえ、小鳥ちゃん」
ぱく、と最後の一口を頬張った所で声をかけられて驚いて固まってしまう。何の話か全く聞いてなかった。不敬だと言われるだろうか、とオロオロしているキールにフォルティアはふ、と微笑むと頬についたケーキの屑を唇を寄せて自然な仕草で取ってしまい、今度はその事に真っ赤になってオロオロしてしまう。
「そんなに見せつけなくても取りゃしねえよ」
呆れたため息をつくヤリノスとやっぱり大笑いするアステラを横目に
「ほら、紅茶を飲め。ケーキが詰まる」
と促してやるとようやく紅茶があることを思い出したのか少しだけ行儀悪くごくごくと飲み干している。
その首筋の服ギリギリの所に見える跡は昨晩つけた物だ。まだ新しい色鮮やかな鬱血の他に体には古い跡もあるというのは自分だけが知っていれば良いとフォルティアは独占欲を滲ませる。けれど同時にキールが誰のものかわからせる意図も込めていつもギリギリ見える位置にも跡をつけてしまう。
「そんなわかりやすく牽制しなくたって小鳥ちゃんをお前から奪おうなんて強者いないだろうに」
「……見るな。キールが減る」
「ここまで来るともう怖いんだけど」
市場に行けば寒いながら活気はあるし雪に慣れた領内の人間はこの雪の中でも逞しく活動している。
しかし広い辺境伯の城の中までその活気は届かないからキールは静かな部屋でフォルティアの靴を磨いていた。
フォルティアが護衛にとつけてくれたレシィは主人の部屋の掃除の時だけは別の場所を担当している。多分今頃はキールの為にお茶の準備をしている頃だろうか。
「やあ、小鳥ちゃん。元気だったかい?」
静かだなぁ、と尾羽を揺らしながらピカピカになった靴を目の前に掲げていたキールは驚いて飛び上がってしまった。耳羽がぶわわわわと広がる様に一瞬目を丸くした後で、
「ごめんごめん、驚かせてしまったね」
と笑ったのは王太子アステラである。耳羽どころか背中に残った小さな羽も尾羽もぶわっと広がる程驚いているキールにヤリノスが
「だから突然来たらビビるって言ったろ。おどかしてやるなよ」
そう言いながら悪いな、と広がった耳羽を撫で付けてくれる。フォルティアと違う体温は娼館を思い出して少し怖いけれどビク、と肩が小さく跳ねるとヤリノスの手はすぐ離れた。
「勝手に人の家をうろつくな」
途端に聞こえたのは不機嫌そうなフォルティアの声だ。
「だってこうでもしないと君は小鳥ちゃんと会わせてくれないだろう」
しかし楽しそうに言ったアステラにぎゅ、っと抱き締められてせっかく収まった耳羽がまたぶわわわわと広がってしまう。
この国の次期国王に抱き締められている、という信じられない出来事に嫌悪や恐怖を感じる前に混乱して体が動かなくなってしまった。
とりあえず流石は王族。何やら良い香りがしている。頬に当たる服の素材ももちろん一級品なのだろう。さらっと滑らかで皺1つ見当たらない。
でもそろそろ離して欲しい。
(フォル)
無意識にもそもそと動いた手がフォルティアの方に伸びると同時にアステラの腕の中からフォルティアの腕の中に移動していた。
途端に声を上げて大笑いし始めたアステラを呆れたように見るヤリノスと恨めしげに睨むフォルティア、三者三様の反応にキールは困惑して3人を見回す。
「あー、おっかしい。あの氷の彫像とまで言われたフォルがこんなに感情をあらわにするなんて、今年は槍でも降るのかな」
「喧しい。大体家主の目を盗んで侵入するなんていくら王族と言えど犯罪だろう」
「ちゃんと気配を消さないように来ただろ。本気で侵入するなら気配を消してくるさ」
それでも恐らくフォルティアには看破されてしまうだろうけど、とアステラが肩を竦めた時ガラガラとお茶と茶菓子を乗せたワゴンを押しながらレシィがやって来てキールは目を丸くした。ワゴンにはきちんと4人分のお茶が用意されていたからだ。
元傭兵のレシィだけれど見た目は清楚な女性でややつり目がちな鳶色の瞳とシニヨンにした榛色の髪。背はキールよりも高く一見近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけれどおしゃべり好きな明るい女性である。最初はメイド服に怯えたキールだったけれど今では茶飲み友達だ。
王太子の手前いつものおしゃべりはなく完璧な所作でお茶を注いで、勝手にフォルティアの私室のソファに腰かけたアステラの前にスッと音もなくティーカップを置く。本来王族には毒味がついているが護衛を連れてきているとは言え単身でどこにでも現れるアステラに付き人はいない。
もちろん王城では付き人を従えているけれど、馬車で1ヶ月以上かかるような辺境まで転移で来ている彼に付き添えるのはヤリノス1人だ。アステラがいない間はアステラの影を勤める男が代理として残っている。「1人歩きはやめてください」と涙ながらに何度も頼まれるけれどアステラは素知らぬふりである。
「全く……今度は一体何の用だ」
仕方なく他の3人――キールはレシィと共に出ていこうとしたのだが止められた――も席についてティーカップを手にした。キールの紅茶には砂糖とミルクが好みの量入れてある。
(美味しい)
治水がどうの、どこそこの領地がどうの、とどう考えてもキールには関係のない話が進む中大人しくお茶請けに出されたケーキを食べ1人至福タイムだ。時期が終わる前に買って凍らせていた苺をふんだんに使ったタルトは甘酸っぱく爽やかで何個でも食べられそう、と尾羽を振る。
「ねえ、小鳥ちゃん」
ぱく、と最後の一口を頬張った所で声をかけられて驚いて固まってしまう。何の話か全く聞いてなかった。不敬だと言われるだろうか、とオロオロしているキールにフォルティアはふ、と微笑むと頬についたケーキの屑を唇を寄せて自然な仕草で取ってしまい、今度はその事に真っ赤になってオロオロしてしまう。
「そんなに見せつけなくても取りゃしねえよ」
呆れたため息をつくヤリノスとやっぱり大笑いするアステラを横目に
「ほら、紅茶を飲め。ケーキが詰まる」
と促してやるとようやく紅茶があることを思い出したのか少しだけ行儀悪くごくごくと飲み干している。
その首筋の服ギリギリの所に見える跡は昨晩つけた物だ。まだ新しい色鮮やかな鬱血の他に体には古い跡もあるというのは自分だけが知っていれば良いとフォルティアは独占欲を滲ませる。けれど同時にキールが誰のものかわからせる意図も込めていつもギリギリ見える位置にも跡をつけてしまう。
「そんなわかりやすく牽制しなくたって小鳥ちゃんをお前から奪おうなんて強者いないだろうに」
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「ここまで来るともう怖いんだけど」
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