上 下
21 / 23

1ヶ月経って

しおりを挟む
 あの日から一月。雪深くなったアルバス領はしんしんと降る雪で静かだ。
 市場に行けば寒いながら活気はあるし雪に慣れた領内の人間はこの雪の中でも逞しく活動している。
 しかし広い辺境伯の城の中までその活気は届かないからキールは静かな部屋でフォルティアの靴を磨いていた。
 フォルティアが護衛にとつけてくれたレシィは主人の部屋の掃除の時だけは別の場所を担当している。多分今頃はキールの為にお茶の準備をしている頃だろうか。

「やあ、小鳥ちゃん。元気だったかい?」

 静かだなぁ、と尾羽を揺らしながらピカピカになった靴を目の前に掲げていたキールは驚いて飛び上がってしまった。耳羽がぶわわわわと広がる様に一瞬目を丸くした後で、

「ごめんごめん、驚かせてしまったね」

 と笑ったのは王太子アステラである。耳羽どころか背中に残った小さな羽も尾羽もぶわっと広がる程驚いているキールにヤリノスが

「だから突然来たらビビるって言ったろ。おどかしてやるなよ」

 そう言いながら悪いな、と広がった耳羽を撫で付けてくれる。フォルティアと違う体温は娼館を思い出して少し怖いけれどビク、と肩が小さく跳ねるとヤリノスの手はすぐ離れた。

「勝手に人の家をうろつくな」

 途端に聞こえたのは不機嫌そうなフォルティアの声だ。

「だってこうでもしないと君は小鳥ちゃんと会わせてくれないだろう」

 しかし楽しそうに言ったアステラにぎゅ、っと抱き締められてせっかく収まった耳羽がまたぶわわわわと広がってしまう。
 この国の次期国王に抱き締められている、という信じられない出来事に嫌悪や恐怖を感じる前に混乱して体が動かなくなってしまった。
 とりあえず流石は王族。何やら良い香りがしている。頬に当たる服の素材ももちろん一級品なのだろう。さらっと滑らかで皺1つ見当たらない。
 でもそろそろ離して欲しい。

(フォル)

 無意識にもそもそと動いた手がフォルティアの方に伸びると同時にアステラの腕の中からフォルティアの腕の中に移動していた。
 途端に声を上げて大笑いし始めたアステラを呆れたように見るヤリノスと恨めしげに睨むフォルティア、三者三様の反応にキールは困惑して3人を見回す。

「あー、おっかしい。あの氷の彫像とまで言われたフォルがこんなに感情をあらわにするなんて、今年は槍でも降るのかな」

「喧しい。大体家主の目を盗んで侵入するなんていくら王族と言えど犯罪だろう」

「ちゃんと気配を消さないように来ただろ。本気で侵入するなら気配を消してくるさ」

 それでも恐らくフォルティアには看破されてしまうだろうけど、とアステラが肩を竦めた時ガラガラとお茶と茶菓子を乗せたワゴンを押しながらレシィがやって来てキールは目を丸くした。ワゴンにはきちんと4人分のお茶が用意されていたからだ。

 元傭兵のレシィだけれど見た目は清楚な女性でややつり目がちな鳶色の瞳とシニヨンにした榛色の髪。背はキールよりも高く一見近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけれどおしゃべり好きな明るい女性である。最初はメイド服に怯えたキールだったけれど今では茶飲み友達だ。

 王太子の手前いつものおしゃべりはなく完璧な所作でお茶を注いで、勝手にフォルティアの私室のソファに腰かけたアステラの前にスッと音もなくティーカップを置く。本来王族には毒味がついているが護衛ヤリノスを連れてきているとは言え単身でどこにでも現れるアステラに付き人はいない。
 もちろん王城では付き人を従えているけれど、馬車で1ヶ月以上かかるような辺境まで転移で来ている彼に付き添えるのはヤリノス1人だ。アステラがいない間はアステラの影を勤める男が代理として残っている。「1人歩きはやめてください」と涙ながらに何度も頼まれるけれどアステラは素知らぬふりである。

「全く……今度は一体何の用だ」

 仕方なく他の3人――キールはレシィと共に出ていこうとしたのだが止められた――も席についてティーカップを手にした。キールの紅茶には砂糖とミルクが好みの量入れてある。

(美味しい)

 治水がどうの、どこそこの領地がどうの、とどう考えてもキールには関係のない話が進む中大人しくお茶請けに出されたケーキを食べ1人至福タイムだ。時期が終わる前に買って凍らせていた苺をふんだんに使ったタルトは甘酸っぱく爽やかで何個でも食べられそう、と尾羽を振る。

「ねえ、小鳥ちゃん」

 ぱく、と最後の一口を頬張った所で声をかけられて驚いて固まってしまう。何の話か全く聞いてなかった。不敬だと言われるだろうか、とオロオロしているキールにフォルティアはふ、と微笑むと頬についたケーキの屑を唇を寄せて自然な仕草で取ってしまい、今度はその事に真っ赤になってオロオロしてしまう。

「そんなに見せつけなくても取りゃしねえよ」

 呆れたため息をつくヤリノスとやっぱり大笑いするアステラを横目に

「ほら、紅茶を飲め。ケーキが詰まる」

 と促してやるとようやく紅茶があることを思い出したのか少しだけ行儀悪くごくごくと飲み干している。
 その首筋の服ギリギリの所に見える跡は昨晩つけた物だ。まだ新しい色鮮やかな鬱血の他に体には古い跡もあるというのは自分だけが知っていれば良いとフォルティアは独占欲を滲ませる。けれど同時にキールが誰のものかわからせる意図も込めていつもギリギリ見える位置にも跡をつけてしまう。

「そんなわかりやすく牽制しなくたって小鳥ちゃんをお前から奪おうなんて強者いないだろうに」

「……見るな。キールが減る」

「ここまで来るともう怖いんだけど」
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【BLーR18】箱入り王子(プリンス)は俺サマ情報屋(実は上級貴族)に心奪われる

奏音 美都
BL
<あらすじ>  エレンザードの正統な王位継承者である王子、ジュリアンは、城の情報屋であるリアムと秘密の恋人関係にあった。城内でしか逢瀬できないジュリアンは、最近顔を見せないリアムを寂しく思っていた。  そんなある日、幼馴染であり、執事のエリックからリアムが治安の悪いザード地区の居酒屋で働いているらしいと聞き、いても立ってもいられず、夜中城を抜け出してリアムに会いに行くが……  俺様意地悪ちょいS情報屋攻め×可愛い健気流され王子受け

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...