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一緒の夜
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「起きてたのか」
フォルティアが執務室での仕事を終えて自室に戻ると普段ならもう夢の中にいるキールが枕を背に絵本を開いて待っていた。
膝の上に大事そうにフォルティアの上着を抱え、顔を上げにこっと笑うその笑顔に昔の面影を見て知らずフォルティアも微笑みを浮かべる。
その笑顔はキールにとっても見知った笑顔だ。
上着を返すのは嫌だったけれど、本人が帰ってきたのだから我慢しようと、でも帰ってきてくれて嬉しい、とフォルティアの着替えを待っている間ぴこぴこと揺れる尾羽がシルクの寝巻きに擦れて微かに音をさせている。
その事にさらに笑みを深くしたフォルティアがベッドに上がると執務が早く終わる日にやるようにキールを足の間に座らせた。そのままフォルティアの逞しい胸に体を預けたキールが振り返ってまたにこ、っと笑った。
(フォル)
つい昨日まで畏れ多いと思っていたフォルティアの腕の中が暖かくてキールは頭をすりすりと擦りつける。
「キール」
フォルティアの大きな手の平が頭を撫でてくれてキールの尾羽がぴこぴこと揺れる。
位置がやや際どい、と1つ咳払いをしてから改めてキールを横抱きにすると本人はにこにことしたまま首を傾げた。
そのキールの額や鼻先にキスをするとくすぐったそうに首を竦めながらフォルティアの胸にまた頭を擦り付けた。
子供の頃と変わらないその仕草に声が出ていた頃の事を思い出して耳の奥で弾けるような笑い声が聞こえるような気すらしてくる。
「私を思い出してくれてありがとう、キール」
黒曜の瞳が優しく細められるのを見上げたキールもフォルティアの頬にキスをした。
子供の頃はこれが2人の挨拶だった。いつもくすぐったくて笑ってしまって、だけど胸がドキドキ煩いくらい高鳴って。
(フォル)
名前が呼びたい。
貴方の名前を呼びたい。
強い想いはあるけれど、やっぱり口からは空気が漏れる音しか聞こえない。
だから鞄から魔法の板を取り出して懸命に文字を書く。
今まで知らなかった文字の中最初に書くのはフォルティアの名前だと決めていたから、絵本を読んでもらう度に彼の名前の文字を懸命に目に焼き付けていた。
『フオル』
小文字をまだ覚えていないキールの書いた文字は少しだけ間違っていたけれど、フォルティアは嬉しそうに笑ってキールの頬にまたキスをする。
「覚えてくれたのか」
フォルティアの腿にぴこぴこと動く尾羽が当たる。
「正しくはこう書く」
拙いキールの文字の下にフォルティアの綺麗な字が並ぶ。
キールが真剣な顔をしてその字を真似ているのを眺めながら耳羽を撫でた。ふわふわと柔らかく暖かいのは子供の頃から変わらない。16年も経って子供の頃の円やかさはなくなったけれど、その分美しさが増したと思う。
上手く書けたのか満足そうにフォルティアを見上げるキールの金の瞳は昔と同じように純粋なきらめきを宿している。
16年前何があった、と訊けたらロマノンド家の益になる話が聞けるかもしれない。
(フォル)
けれどやっと昔のように笑ってくれるようになったキールの笑顔を失うかと思うとやはりフォルティアにはそれ以上踏み込む事は出来なかった。
キールは良く書けたと頭を撫でてくれるフォルティアの厚い胸板に頭を擦りつけた。
キールの好きな若草の香りがふわりと漂ってぐりぐりとすり寄るキールにフォルティアが笑う。
フォルティアの笑顔が好きだ。子供の頃、ほんの少しの間しか一緒にいなかったけれど楽しい思い出は全てあの半年に凝縮されていると言っても過言ではないくらい色んな事をした。
だからふと不安になる。
フォルティアといた半年より前、それから奴隷商の元に行くまでの間の記憶が全てなくなっている事が。
(どうして覚えてないんだろう)
奴隷商の元にいた時も娼館にいた時も忘れたくなるような辛い目に沢山あってきた。それこそ記憶を失くしてしまえれば良いのにと何度も願った事もある。
特に初めて客を取らされた時。
初めてだからと手加減してくれるわけもなく、強引に中に入ってきた痛みは今でも忘れられない。体を引き裂かれるかと怖かったし、心も痛くて泣いていた。
だけどそんな忘れたい記憶も鮮明に残っているのに、奴隷商の元に来る前だけ記憶が綺麗に消え去っているのは何故なんだろう。
「どうした」
じっとフォルティアを見ると微笑みと共に頬にキスされて擽ったくて首を竦めた。
「傷が痛むか?そろそろ休んだ方が良い」
キールの手から板を取ったフォルティアが鞄にしまってそのまま流れるようにキールの体をベッドに寝かしつけてしまう。今日も一緒に眠るだけだ。
むぅ、と唇を尖らせたキールがフォルティアの分厚い体にしがみつくと、寒いのか、なんて見当違いの言葉が返ってくる。
違うと行動で示す為に寝巻きの開いた胸元に手を差し入れると意図を察したフォルティアはふ、と笑ってキールを自分の体の上に乗せた。
「そういう事は傷が治ってからだ」
ついでに尖らせた唇にちゅ、と吸い付かれ一気に顔を赤くするキールに声を上げて笑うフォルティアの逞しい胸をポカポカ殴るけれど、赤子に叩かれたくらいの反応しかしないフォルティアにますます頬が膨らんでしまうのだった。
フォルティアが執務室での仕事を終えて自室に戻ると普段ならもう夢の中にいるキールが枕を背に絵本を開いて待っていた。
膝の上に大事そうにフォルティアの上着を抱え、顔を上げにこっと笑うその笑顔に昔の面影を見て知らずフォルティアも微笑みを浮かべる。
その笑顔はキールにとっても見知った笑顔だ。
上着を返すのは嫌だったけれど、本人が帰ってきたのだから我慢しようと、でも帰ってきてくれて嬉しい、とフォルティアの着替えを待っている間ぴこぴこと揺れる尾羽がシルクの寝巻きに擦れて微かに音をさせている。
その事にさらに笑みを深くしたフォルティアがベッドに上がると執務が早く終わる日にやるようにキールを足の間に座らせた。そのままフォルティアの逞しい胸に体を預けたキールが振り返ってまたにこ、っと笑った。
(フォル)
つい昨日まで畏れ多いと思っていたフォルティアの腕の中が暖かくてキールは頭をすりすりと擦りつける。
「キール」
フォルティアの大きな手の平が頭を撫でてくれてキールの尾羽がぴこぴこと揺れる。
位置がやや際どい、と1つ咳払いをしてから改めてキールを横抱きにすると本人はにこにことしたまま首を傾げた。
そのキールの額や鼻先にキスをするとくすぐったそうに首を竦めながらフォルティアの胸にまた頭を擦り付けた。
子供の頃と変わらないその仕草に声が出ていた頃の事を思い出して耳の奥で弾けるような笑い声が聞こえるような気すらしてくる。
「私を思い出してくれてありがとう、キール」
黒曜の瞳が優しく細められるのを見上げたキールもフォルティアの頬にキスをした。
子供の頃はこれが2人の挨拶だった。いつもくすぐったくて笑ってしまって、だけど胸がドキドキ煩いくらい高鳴って。
(フォル)
名前が呼びたい。
貴方の名前を呼びたい。
強い想いはあるけれど、やっぱり口からは空気が漏れる音しか聞こえない。
だから鞄から魔法の板を取り出して懸命に文字を書く。
今まで知らなかった文字の中最初に書くのはフォルティアの名前だと決めていたから、絵本を読んでもらう度に彼の名前の文字を懸命に目に焼き付けていた。
『フオル』
小文字をまだ覚えていないキールの書いた文字は少しだけ間違っていたけれど、フォルティアは嬉しそうに笑ってキールの頬にまたキスをする。
「覚えてくれたのか」
フォルティアの腿にぴこぴこと動く尾羽が当たる。
「正しくはこう書く」
拙いキールの文字の下にフォルティアの綺麗な字が並ぶ。
キールが真剣な顔をしてその字を真似ているのを眺めながら耳羽を撫でた。ふわふわと柔らかく暖かいのは子供の頃から変わらない。16年も経って子供の頃の円やかさはなくなったけれど、その分美しさが増したと思う。
上手く書けたのか満足そうにフォルティアを見上げるキールの金の瞳は昔と同じように純粋なきらめきを宿している。
16年前何があった、と訊けたらロマノンド家の益になる話が聞けるかもしれない。
(フォル)
けれどやっと昔のように笑ってくれるようになったキールの笑顔を失うかと思うとやはりフォルティアにはそれ以上踏み込む事は出来なかった。
キールは良く書けたと頭を撫でてくれるフォルティアの厚い胸板に頭を擦りつけた。
キールの好きな若草の香りがふわりと漂ってぐりぐりとすり寄るキールにフォルティアが笑う。
フォルティアの笑顔が好きだ。子供の頃、ほんの少しの間しか一緒にいなかったけれど楽しい思い出は全てあの半年に凝縮されていると言っても過言ではないくらい色んな事をした。
だからふと不安になる。
フォルティアといた半年より前、それから奴隷商の元に行くまでの間の記憶が全てなくなっている事が。
(どうして覚えてないんだろう)
奴隷商の元にいた時も娼館にいた時も忘れたくなるような辛い目に沢山あってきた。それこそ記憶を失くしてしまえれば良いのにと何度も願った事もある。
特に初めて客を取らされた時。
初めてだからと手加減してくれるわけもなく、強引に中に入ってきた痛みは今でも忘れられない。体を引き裂かれるかと怖かったし、心も痛くて泣いていた。
だけどそんな忘れたい記憶も鮮明に残っているのに、奴隷商の元に来る前だけ記憶が綺麗に消え去っているのは何故なんだろう。
「どうした」
じっとフォルティアを見ると微笑みと共に頬にキスされて擽ったくて首を竦めた。
「傷が痛むか?そろそろ休んだ方が良い」
キールの手から板を取ったフォルティアが鞄にしまってそのまま流れるようにキールの体をベッドに寝かしつけてしまう。今日も一緒に眠るだけだ。
むぅ、と唇を尖らせたキールがフォルティアの分厚い体にしがみつくと、寒いのか、なんて見当違いの言葉が返ってくる。
違うと行動で示す為に寝巻きの開いた胸元に手を差し入れると意図を察したフォルティアはふ、と笑ってキールを自分の体の上に乗せた。
「そういう事は傷が治ってからだ」
ついでに尖らせた唇にちゅ、と吸い付かれ一気に顔を赤くするキールに声を上げて笑うフォルティアの逞しい胸をポカポカ殴るけれど、赤子に叩かれたくらいの反応しかしないフォルティアにますます頬が膨らんでしまうのだった。
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