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フォル
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頭を押さえていた手をゆっくり離してキールを腕に抱えて心配そうに見下ろしてくるフォルティアを見上げた。
艶やかな黒髪に、触れたら切れそうな黒曜の瞳。記憶にある姿は子供ながらも既に将来が予測出来そうな整った顔立ちの少年だった。声はまだ少し高かったけれど、キールに差し出してくれる手の温もりはあの頃と何も変わらない。
たったの半年だけ一緒にいた大切な友人。――友情、とは違う感情を教えてくれた人。
(フォル……)
昔のように呼びたくて、はく、と動かした唇から音は出ない。
「どうした、どこか痛むのか。ナーガスはまだか!?」
違うよ。痛いんじゃない……ううん。それも違う。胸が痛い。
呼びたいのに呼べない。昔はあんなに沢山おしゃべりしたのに。あんなに笑い合ったのに。
キールはぎゅう、と胸を押さえる。
(フォル……)
こっちを見て。
フォルティアはナーガスが来るのを待っているのか扉に顔を向けたままだ。
それが寂しくてもう一度呼ぼうとした時ふと視線を感じた。
フォルティアと同じ、でも少しだけグレイがかったパスカルの黒い瞳が冷たくキールを見下ろしている。
「閣下、何か言っているようですが」
瞬き1つと共に針で刺すような冷たい瞳から普段通りの表情に戻ったパスカルを思わず目で追ってしまったけれど、バッと振り向いたフォルティアに覗き込まれて視界が遮られてしまった。
「キール、どこが痛む」
――フォル
はく、と動いた唇にフォルティアがハッとした。
――フォル
やっぱり声にはならないけれどキールは笑みを浮かべる。
ずっと“キール”が羨ましかった。身代わりの奴隷なんかでは絶対手に入れられない幸せを手に入れられる、強面だけれどこの優しい人の側にいる事が出来るキール。
卑しい身の上のスレイブには届かない願い。
だけど。
(僕は、キールだ……)
今卑しい身分な事に代わりはないだろう。何故ならキールは4年もの間男娼をしていた身だから。
でもフォルティアが“キール”をずっと捜してくれていたという事実が嬉しい。
「わかるのか……?」
少し震えるフォルティアの声が聞こえて、キールの瞳からほろ、と涙が溢れ落ちる。
(わかる……わかるよ)
返事の代わりにフォルティアの手を握る。手の平を合わせてほんの少しだけ魔力を送った。
お気に入りだった2人の遊び。今ではそれが体の相性を確かめる為に使われる事を知っている。
そして少しの反発もなく魔力の循環を行える相手は運命の相手なのだと。
昔からフォルティアとの魔力循環に反発は起こらなかった。それどころかぱちぱち弾ける魔力が心地良かった事は良く覚えている。
(そういえば娼館の時も……)
フォルティアとのキスは気持ちが良かった。腹の奥に出された魔力はぱちぱちと弾けて体を蕩けさせてしまったし――そこまで考えて、子供の頃無邪気に魔力循環をして笑い合っていた事を思い出して頬に赤みがさしてしまう。
思えば知らなかった事とは言えお互い大胆な事をしていたものだ。精通を迎えていなかったからこそ無邪気に出来た遊びだろう。
「おやおや、また顔が真っ赤ですな」
ナーガスの声にハッと我に返る。
理由に思い至ったらしいフォルティアも僅かに頬を赤くしながらこほん、とわざとらしい咳払いした。
「ふむふむ、特に体に異常はないようですが……」
「昔の事を少し思い出したようだ」
「記憶が曖昧になっている、でしたかな」
「私の事も初めはわからなかった」
申し訳ない気持ちで耳羽をしょぼん、とさせているとフォルティアが、責めているわけではない、と優しく頭を撫でてくれる。
子供の頃はそこまで差はなかったと思うのにキールの顔を片手で覆ってしまえそうな程大きな手の平は、いつの間にか固く鍛えられた騎士の手になっていた。
「痛みは?」
ふるふると首を横に振る。
「他に思い出せた事は?」
そう言われてキールは首を傾げる。
確かに自分は昔フォルティアと出会っている。
でも何故奴隷商の元にいたのだろう。フォルティアとの思い出以外の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
弟達が「弟」だと知っているのは一緒に奴隷商の元にいた弟達の乳母がそう教えてくれたからだ。そして確かにフォルティアとの思い出の中にも弟達が生まれると話をした記憶が残っている。
ではそれ以外は――?
両親や、住んでいた家。他にもいたと思われる友人達の事。
(覚えて……ない)
1つも頭に浮かんでこない。
それでも思い出そうとするとズキン、と強く頭が痛んだ。
まるで思い出すなと言うかのように激しく痛む頭を両手で抱える。
(黒――そう、黒と赤い炎)
「キール!キール、もう良い!無理に思い出そうとするな!」
痛む頭を抱えるキールをフォルティアの腕が力強く支えてくれる。
若草のような爽やかな香りにズキンズキンと脈動と共に痛みを訴えていた頭からす、と痛みが引いていく。
「今日の所は安静にしておいた方が良さそうですな。閣下、上着を脱いで下され」
一瞬訝しげな顔をしたフォルティアはすぐに合点がいったように上着を脱ぐとキールをそれで包んで抱き上げた。
「部屋までは送ろう。心安くお眠り」
さっきまで読んでいた絵本の母親のような事を言いながら頬と額にキスを落としたフォルティアに、キールは痛みも忘れてまた顔を真っ赤にしたのだった。
■■■
しばらく不定期更新となってしまいます。大変申し訳ありません💦
艶やかな黒髪に、触れたら切れそうな黒曜の瞳。記憶にある姿は子供ながらも既に将来が予測出来そうな整った顔立ちの少年だった。声はまだ少し高かったけれど、キールに差し出してくれる手の温もりはあの頃と何も変わらない。
たったの半年だけ一緒にいた大切な友人。――友情、とは違う感情を教えてくれた人。
(フォル……)
昔のように呼びたくて、はく、と動かした唇から音は出ない。
「どうした、どこか痛むのか。ナーガスはまだか!?」
違うよ。痛いんじゃない……ううん。それも違う。胸が痛い。
呼びたいのに呼べない。昔はあんなに沢山おしゃべりしたのに。あんなに笑い合ったのに。
キールはぎゅう、と胸を押さえる。
(フォル……)
こっちを見て。
フォルティアはナーガスが来るのを待っているのか扉に顔を向けたままだ。
それが寂しくてもう一度呼ぼうとした時ふと視線を感じた。
フォルティアと同じ、でも少しだけグレイがかったパスカルの黒い瞳が冷たくキールを見下ろしている。
「閣下、何か言っているようですが」
瞬き1つと共に針で刺すような冷たい瞳から普段通りの表情に戻ったパスカルを思わず目で追ってしまったけれど、バッと振り向いたフォルティアに覗き込まれて視界が遮られてしまった。
「キール、どこが痛む」
――フォル
はく、と動いた唇にフォルティアがハッとした。
――フォル
やっぱり声にはならないけれどキールは笑みを浮かべる。
ずっと“キール”が羨ましかった。身代わりの奴隷なんかでは絶対手に入れられない幸せを手に入れられる、強面だけれどこの優しい人の側にいる事が出来るキール。
卑しい身の上のスレイブには届かない願い。
だけど。
(僕は、キールだ……)
今卑しい身分な事に代わりはないだろう。何故ならキールは4年もの間男娼をしていた身だから。
でもフォルティアが“キール”をずっと捜してくれていたという事実が嬉しい。
「わかるのか……?」
少し震えるフォルティアの声が聞こえて、キールの瞳からほろ、と涙が溢れ落ちる。
(わかる……わかるよ)
返事の代わりにフォルティアの手を握る。手の平を合わせてほんの少しだけ魔力を送った。
お気に入りだった2人の遊び。今ではそれが体の相性を確かめる為に使われる事を知っている。
そして少しの反発もなく魔力の循環を行える相手は運命の相手なのだと。
昔からフォルティアとの魔力循環に反発は起こらなかった。それどころかぱちぱち弾ける魔力が心地良かった事は良く覚えている。
(そういえば娼館の時も……)
フォルティアとのキスは気持ちが良かった。腹の奥に出された魔力はぱちぱちと弾けて体を蕩けさせてしまったし――そこまで考えて、子供の頃無邪気に魔力循環をして笑い合っていた事を思い出して頬に赤みがさしてしまう。
思えば知らなかった事とは言えお互い大胆な事をしていたものだ。精通を迎えていなかったからこそ無邪気に出来た遊びだろう。
「おやおや、また顔が真っ赤ですな」
ナーガスの声にハッと我に返る。
理由に思い至ったらしいフォルティアも僅かに頬を赤くしながらこほん、とわざとらしい咳払いした。
「ふむふむ、特に体に異常はないようですが……」
「昔の事を少し思い出したようだ」
「記憶が曖昧になっている、でしたかな」
「私の事も初めはわからなかった」
申し訳ない気持ちで耳羽をしょぼん、とさせているとフォルティアが、責めているわけではない、と優しく頭を撫でてくれる。
子供の頃はそこまで差はなかったと思うのにキールの顔を片手で覆ってしまえそうな程大きな手の平は、いつの間にか固く鍛えられた騎士の手になっていた。
「痛みは?」
ふるふると首を横に振る。
「他に思い出せた事は?」
そう言われてキールは首を傾げる。
確かに自分は昔フォルティアと出会っている。
でも何故奴隷商の元にいたのだろう。フォルティアとの思い出以外の記憶がすっぽりと抜け落ちている。
弟達が「弟」だと知っているのは一緒に奴隷商の元にいた弟達の乳母がそう教えてくれたからだ。そして確かにフォルティアとの思い出の中にも弟達が生まれると話をした記憶が残っている。
ではそれ以外は――?
両親や、住んでいた家。他にもいたと思われる友人達の事。
(覚えて……ない)
1つも頭に浮かんでこない。
それでも思い出そうとするとズキン、と強く頭が痛んだ。
まるで思い出すなと言うかのように激しく痛む頭を両手で抱える。
(黒――そう、黒と赤い炎)
「キール!キール、もう良い!無理に思い出そうとするな!」
痛む頭を抱えるキールをフォルティアの腕が力強く支えてくれる。
若草のような爽やかな香りにズキンズキンと脈動と共に痛みを訴えていた頭からす、と痛みが引いていく。
「今日の所は安静にしておいた方が良さそうですな。閣下、上着を脱いで下され」
一瞬訝しげな顔をしたフォルティアはすぐに合点がいったように上着を脱ぐとキールをそれで包んで抱き上げた。
「部屋までは送ろう。心安くお眠り」
さっきまで読んでいた絵本の母親のような事を言いながら頬と額にキスを落としたフォルティアに、キールは痛みも忘れてまた顔を真っ赤にしたのだった。
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しばらく不定期更新となってしまいます。大変申し訳ありません💦
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