鳴けない金糸雀(カナリア)

ナナメ

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目が覚めた

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 キールがしっかりと目を覚ましたのはさらに3日が経ってからだった。
 昨晩キールの腕にあった卵が光と共に体内に戻っていくのを見ていたフォルティアは不思議な気持ちでその腹を撫でてしまったのだけれど、もちろん金色の目をぱっちり開いて固まっているキールはその事実を知らない。

 フォルティアは固まったままのキールの頬を撫でて問う。

「目が覚めて良かった。まだ痛むか?」

 キールが無意識に作った巣はフォルティアが入り込むには少し狭かったがあまり形を崩すのも鳥人族にとっては良いことではないと聞いて、出来るだけ形を崩さないように寝転んでいる。背の高いフォルティアには狭すぎて長い足や分厚い体が巣からはみ出してしまっているが。
 しばらく固まっていたキールの白い頬に徐々に赤みが差してきてじわじわと耳羽が広がっていくのを小さく笑って見ていたフォルティアは次のキールの動きを察してその体の上に腕を置いた。キールにとってはきっと重たく感じるであろう腕にぶわわわわ、と顔の赤みと耳羽の広がりが酷くなる。
 その腕に一瞬だけ、フォルティアにとってはそよ風のような負荷がかかったのはキールが飛び起きようとしたからだろう。

「急に起きるな。頭の傷は怖いんだ」

(でも、でも……っ!!)

 声が出たらわー!!っと叫びだしそうな程恥ずかしい、とキールは未だ包帯の巻かれた両手で顔を覆ってしまう。
 確かにフォルティアはいつも共寝を求めてくる。ただその腕の中で子供のように抱かれながら寝るだけで体を求められた事など1度もない。
 それなのにキールはフォルティアの服をかき集めて巣を作ってしまったのだ。夢だと思っていたけれどしっかりとフォルティアの服で作った巣の中で寝ていた。それは鳥人族にとって求婚に近い行為である。

(どうしよう、ご主人様は不快に思っておられないかな……)

 いや、むしろ巣の意味を知らない可能性もある。そう思って指の隙間からちらりとフォルティアの顔を窺った。
 天蓋から下がる薄い布とカーテンの向こうから微かな光が差し込む部屋の中、いつもはきっちりとセットしてある髪がさらりと額にかかっている。いつもはきりりとした黒曜の瞳が柔らかく瞬いてキールを優しく見ている。口元には見間違えようのない微笑みが浮かんだ。
 だからきっと巣の意味を知らないのだとキールは一先ず胸を撫で下ろした。辺境伯という立場の彼がどこの者ともわからない卑しい自分に求婚されたと知ればきっと不快に思うだろうから。

(ご主人様が待っているのは“キール”様で、キールスレイブじゃない)

 チクッと胸を刺す棘。
 どうして出会ったばかりのフォルティアにこんなにも惹かれるのかわからないけれど彼にはもう想い人がいるのだから、チクチクする胸に蓋をする。
 ソッと手のひらを顔から離せばフォルティアの柔らかな唇が頬に当たった。

「今医者を呼ぼう。起き上がるのはそれからだ」

 ちりん、と涼やかな音を鳴らせば直ぐ様天蓋から垂れる布の向こうで人の気配がする。

「お呼びでしょうか」

 イアンの声は僅かに緊張を孕んでいたが、フォルティアの
 
「キールが目覚めたから医者を呼んでくれ」

 という指示にパッと明るい声になった。
 
「直ぐ呼んで参ります!」

 イアンにしては珍しく小走りのような足音を立てて部屋を出ていった事にフォルティアは苦笑しながらキールの頬をまたゆるりと撫でる。

「イアンも君の事を心配していた」

 前開きの寝巻きからフォルティアの逞しい胸が見えてせっかく引いた頬にまた赤みが差してしまう。同じ前開きの寝巻きでもキールの物はきっちり首まで締まるデザインだから見えないけれど、同じようなデザインだったら自分の貧相さがより目立つだろう。
 自分と全然違う体にドキドキして思わずその胸に手を伸ばして――

 ガチャリ、と音を立てて開いた扉に耳羽がぶわっと広がった。

「あまり大きな音を立てるな。キールが驚いている」
  
 見当違いなフォルティアの声を聞きながらキールはもう一度両手で顔を覆った。

(僕……っ、今何をしようとしてた……!?)

 ご主人様に触れたくて、その腕にもっと抱いて欲しくて、――初めて会った時みたいに奥を暴いてほしくて……。

(はしたない……!!)

 イアンがベッドの布を開けカーテンも開ける。明るくなった部屋の中、キールを良く診てもらう為だろう。フォルティアがベッドから下りてしまうだけでも胸に穴が空いてしまうようだ。

「おやおや、顔色が良くなりましたな。些か赤過ぎる気もしますが」

「何だと。ナーガス、熱があるという事か?」

 腕にいる時そこまでの体の熱さは感じなかった、と覗き込んでくるフォルティアにますます赤くなってしまうキールに事情を察したのだろう。ナーガスは微笑みながらフォルティアを下がらせてくれる。
 
「どれ、傷は……ふむ。瘡蓋も綺麗に出来ておりますから大丈夫でしょう。少し起き上がってごらんなさい。――吐き気や目眩はありますかな?」

 言われるままにゆっくり体を起こしてみる。
 少しだけひきつった痛みはあったけれどそれ以上の症状は何もない。
 ゆっくり首を横に振る。
 それからナーガスの探知魔法で体の中を調べられたけれど目立った異変はなかったようだ。

「ふむふむ。探知魔法の範囲では異常はありません。ですが後々症状が出ることもありますでな。少しでも異変を感じたら直ぐ言いなされ」

 にこにこと好々爺のように笑ったナーガスにぺこりと頭を下げる。

「ただまだしばらくは風呂は禁止ですからな」

 鳥が水浴びを好むように鳥人族も風呂を好む種が多い。キールもまた風呂好きであったが奴隷商の元でも娼館でも好きな時に好きなだけ入浴出来る環境ではなかった。
 フォルティアの元に来て初めて毎日のように風呂に入る事を許されてまるで天国のようだと思っていたのに。しょぼん、と下がった耳羽にフォルティアが笑う。
 
「心配しなくても毎晩洗浄魔法はかけてやる。――起き上がっているのは問題ないのか」

「激しい運動は禁止です。当然掃除等の仕事も一切禁止ですからな」

 風呂どころか仕事すらさせてもらえないなんて!とキールはますますしょんぼりとしてしまう。

「本を読むのは?」

「その程度は許可致しましょう。頭痛など異変があったら直ぐ横になって頂くのが前提ですが」

「だそうだ。キール、何が読みたい?」

 パッと顔を輝かせたキールにフォルティアはもう一度、恐らく昔馴染みのアステラやヤリノスが見たら身震いする程に優しく笑った。
 
 
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