鳴けない金糸雀(カナリア)

ナナメ

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王太子

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 暖炉の熱と床からの熱でさっきまで冷えていた体がふるりと震えた。
 まだ驚いているフォルティアを置いて青年に手を引かれるまま暖炉の前に連れていかれる。

「アステラ……?」

「いや~、急に入ってすまないねぇ。この子がこの姿で外にいたものだから。しかも僕が早く着いた所為か玄関に鍵がかかっていたしね」

 ガタリ、と立ち上がったフォルティアが側に来て青年の手の中から冷えきったキールの手を取った。フォルティアの暖かな手がじんわりと手を暖めて、暖炉の炎が体を暖めてくれる。
 知らずカタカタと震えていたキールをフォルティアに任せてフード付きのコートを脱いだ青年を見てキールは目を丸くした。

 奴隷商の元にいた頃、たまに町中を通ってどこかへ連れ出される事があって、その時に姿絵を売っているのを見たことがある。
 金髪に碧眼、爽やかな笑顔と王家を表す青の衣装を着ていた。無学なキールは名前を知らないけれど、今目の前にいる王家の服とは違う目立たないベージュの衣装を着ている青年が王太子である事は知っている。

 ぶわ……っ、と広がった耳羽に相手が誰なのか気付いた事を察したのだろう。青年は笑って言った。

「いいかい?この衣装を着ている時の僕は王族じゃなくフォルティアの友人の1人だ。かしこまらないでくれると嬉しいな」

 そうは言っても、と困り顔のキール。けれどアステラ・ド・エルネスト王太子である彼を放置してフォルティアは冷えきったキールの手をギュッと握った。
 
「キール、何故そんな格好で外に出ていた?」

「雪かきをしてたみたいだぜ」

 扉の側にいたイアンが開ける前に勝手に開けて入ってきたのは先程アステラと一緒にいた紫髪の青年だった。

「この家はいつから鳥人族を使用人みたいに扱うようになったんだ?」

「……イアン」

「キール様には旦那様の私室の掃除しかお願いしておりません」

 困惑しているイアンは悪くないとキールが慌てて板を取り出す。

『しごと』
『めいどのひと』

 メイドから仕事を頼まれただけでイアンは悪くないのだと少ない語彙から懸命に伝えようとする。
 けれど逆にフォルティアの表情は険しくなってしまった。オロオロしてイアンや黙っているパスカルを見るけれど誰も助け船を出してくれそうにない。 
 代わりにアステラがにこ、っと笑って

「イアンと一緒に厨房に行ってお菓子を貰ってきてくれないかい?僕はそれが食べたくてここに来てるんだよ」

 と片目を瞑って見せる。
 イアンが「承知しました」と頭を下げてキールに視線を向けるからキールも一度頭を下げてからその後ろに着いていった。

 ぱたん、と閉まった扉の向こうからベルの音がして振り返ったけれどイアンは気にせず

「こちらへ」

 と先に立って歩き出したのだが、最初に辿り着いたのはあまり使われていないキールの部屋。
 キールのいる客間は普段鍵がかかっていてキールとイアン、そしてフォルティアしか鍵を持っていない。
 フォルティアが買った服から厚手の物を選んでキールに着せながらイアンはサッとクローゼットに目を通す。流石に鍵のかかった部屋に入る事はしていないようで服に異常はない。
 厨房に行くと思っていたキールが首を傾げているけれど一応装飾品も一通り見てから部屋にきっちり鍵をかけた。

「キール様はアステラ殿下とは初めてお会いするのでしたね」

 何故?と言いたげな様子には気が付いていたが、イアンは敢えて何も伝えず客人の事を話し出す。
 アステラとフォルティアは昔馴染みであること、彼と共にいたのがヤリノス・アーガイルというアステラの護衛騎士であること、そしてフォルティアとは騎士学校時代の同期であること。
 初めは王太子相手に気さくに話せと無茶振りをされ無理だ無理だと騒いでいたヤリノスも今では私的な場でのみフォルティア同様同年代の友人のように話す。

「アーガイル卿は先の大戦で旦那様と共に大きな手柄を立てられ騎士爵位を賜ったのですよ」

(強い人なんだ)
 
 王族の護衛を任されるような人だ。さぞ強いに違いない。フォルティアが強いというのは前に聞いた事があったけれど、フォルティアと彼が戦ったらどちらが勝つのだろう。
 でもフォルティアが負ける姿なんか想像もつかない。戦ってる姿など見たこともないけれどあの日みた逞しい体つきはまだ脳裏に残っているから。
 思わず赤くなってしまった所為でイアンに熱があるのかと心配されてしまった。


 
 メイド長は頭を下げながら小さく体を震わせていた。目の前のフォルティアからは間違いなく殺気が漂ってきていて、パスカルは諦観に似た空気を出し、いつ来たのかわからない王太子と1人玄関からやって来たヤリノスがどこか不穏な空気を出しながら彼女を見ているからだ。
 彼女がここへ来てからまだ誰も一言も話していない。

「――メイド長。私の母はお前を見込んでその立場につけた」

 両親はとうに亡くなったがその頃の使用人は大部分が残っている。

「今日メイドがキールを室内着のまま外に追い出したようだが?」

「……そ、そのような事は……」

 命じていない、と言おうとするが冷たい眼光が彼女の口を凍りつかせたかのように何も言えない。
 何故なら例え今回命じていなくとも、彼女もまたキールを『大事な坊っちゃまを誑かす男娼』だと影で罵り彼の食事をわざと抜いたりしていたからだ。 
 勿論メイドの一部がキールに嫌がらせのような事をしているのも、フォルティアと同じように扱うようにという命令を遂行しているメイド達から報告は受けて知っている。
 知っていて尚彼女はフォルティアの命令よりも彼の母から託された大事な坊っちゃまを守る為に動いていた――つもりだった。

「――私が言いたい事はわかるな」

「だ、旦那様……!」

 彼女達はメイドではあるが元は男爵令嬢。いくら鳥人族に保護令が出ているとは言えたかが男娼1人の為に、今まで尽くしてきた彼女達を捨てるのかと言葉を選びながら必死に伝える。彼女達の為でもあるし、何より彼女達を放置した自分の為に。
 しかし、それに答えたのはフォルティアではなかった。

「おや、ロマノンド家のメイド長にとって王家の出した保護令は取るに足りない些末事なのかな?」

 にこり、と笑ったアステラの碧眼は全く笑っていない。
 メイド長の口から、ひ、と小さく悲鳴が漏れた。

「け、決してそのような事は……!!」

「ならば今すぐ自分の成すべき事をしてくるが良い」
 
 メイド長は真っ青になったまま一礼するとふらふらと部屋から出ていった。

 
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