11 / 23
王太子
しおりを挟む
暖炉の熱と床からの熱でさっきまで冷えていた体がふるりと震えた。
まだ驚いているフォルティアを置いて青年に手を引かれるまま暖炉の前に連れていかれる。
「アステラ……?」
「いや~、急に入ってすまないねぇ。この子がこの姿で外にいたものだから。しかも僕が早く着いた所為か玄関に鍵がかかっていたしね」
ガタリ、と立ち上がったフォルティアが側に来て青年の手の中から冷えきったキールの手を取った。フォルティアの暖かな手がじんわりと手を暖めて、暖炉の炎が体を暖めてくれる。
知らずカタカタと震えていたキールをフォルティアに任せてフード付きのコートを脱いだ青年を見てキールは目を丸くした。
奴隷商の元にいた頃、たまに町中を通ってどこかへ連れ出される事があって、その時に姿絵を売っているのを見たことがある。
金髪に碧眼、爽やかな笑顔と王家を表す青の衣装を着ていた。無学なキールは名前を知らないけれど、今目の前にいる王家の服とは違う目立たないベージュの衣装を着ている青年が王太子である事は知っている。
ぶわ……っ、と広がった耳羽に相手が誰なのか気付いた事を察したのだろう。青年は笑って言った。
「いいかい?この衣装を着ている時の僕は王族じゃなくフォルティアの友人の1人だ。かしこまらないでくれると嬉しいな」
そうは言っても、と困り顔のキール。けれどアステラ・ド・エルネスト王太子である彼を放置してフォルティアは冷えきったキールの手をギュッと握った。
「キール、何故そんな格好で外に出ていた?」
「雪かきをしてたみたいだぜ」
扉の側にいたイアンが開ける前に勝手に開けて入ってきたのは先程アステラと一緒にいた紫髪の青年だった。
「この家はいつから鳥人族を使用人みたいに扱うようになったんだ?」
「……イアン」
「キール様には旦那様の私室の掃除しかお願いしておりません」
困惑しているイアンは悪くないとキールが慌てて板を取り出す。
『しごと』
『めいどのひと』
メイドから仕事を頼まれただけでイアンは悪くないのだと少ない語彙から懸命に伝えようとする。
けれど逆にフォルティアの表情は険しくなってしまった。オロオロしてイアンや黙っているパスカルを見るけれど誰も助け船を出してくれそうにない。
代わりにアステラがにこ、っと笑って
「イアンと一緒に厨房に行ってお菓子を貰ってきてくれないかい?僕はそれが食べたくてここに来てるんだよ」
と片目を瞑って見せる。
イアンが「承知しました」と頭を下げてキールに視線を向けるからキールも一度頭を下げてからその後ろに着いていった。
ぱたん、と閉まった扉の向こうからベルの音がして振り返ったけれどイアンは気にせず
「こちらへ」
と先に立って歩き出したのだが、最初に辿り着いたのはあまり使われていないキールの部屋。
キールのいる客間は普段鍵がかかっていてキールとイアン、そしてフォルティアしか鍵を持っていない。
フォルティアが買った服から厚手の物を選んでキールに着せながらイアンはサッとクローゼットに目を通す。流石に鍵のかかった部屋に入る事はしていないようで服に異常はない。
厨房に行くと思っていたキールが首を傾げているけれど一応装飾品も一通り見てから部屋にきっちり鍵をかけた。
「キール様はアステラ殿下とは初めてお会いするのでしたね」
何故?と言いたげな様子には気が付いていたが、イアンは敢えて何も伝えず客人の事を話し出す。
アステラとフォルティアは昔馴染みであること、彼と共にいたのがヤリノス・アーガイルというアステラの護衛騎士であること、そしてフォルティアとは騎士学校時代の同期であること。
初めは王太子相手に気さくに話せと無茶振りをされ無理だ無理だと騒いでいたヤリノスも今では私的な場でのみフォルティア同様同年代の友人のように話す。
「アーガイル卿は先の大戦で旦那様と共に大きな手柄を立てられ騎士爵位を賜ったのですよ」
(強い人なんだ)
王族の護衛を任されるような人だ。さぞ強いに違いない。フォルティアが強いというのは前に聞いた事があったけれど、フォルティアと彼が戦ったらどちらが勝つのだろう。
でもフォルティアが負ける姿なんか想像もつかない。戦ってる姿など見たこともないけれどあの日みた逞しい体つきはまだ脳裏に残っているから。
思わず赤くなってしまった所為でイアンに熱があるのかと心配されてしまった。
メイド長は頭を下げながら小さく体を震わせていた。目の前のフォルティアからは間違いなく殺気が漂ってきていて、パスカルは諦観に似た空気を出し、いつ来たのかわからない王太子と1人玄関からやって来たヤリノスがどこか不穏な空気を出しながら彼女を見ているからだ。
彼女がここへ来てからまだ誰も一言も話していない。
「――メイド長。私の母はお前を見込んでその立場につけた」
両親はとうに亡くなったがその頃の使用人は大部分が残っている。
「今日メイドがキールを室内着のまま外に追い出したようだが?」
「……そ、そのような事は……」
命じていない、と言おうとするが冷たい眼光が彼女の口を凍りつかせたかのように何も言えない。
何故なら例え今回命じていなくとも、彼女もまたキールを『大事な坊っちゃまを誑かす男娼』だと影で罵り彼の食事をわざと抜いたりしていたからだ。
勿論メイドの一部がキールに嫌がらせのような事をしているのも、フォルティアと同じように扱うようにという命令を遂行しているメイド達から報告は受けて知っている。
知っていて尚彼女はフォルティアの命令よりも彼の母から託された大事な坊っちゃまを守る為に動いていた――つもりだった。
「――私が言いたい事はわかるな」
「だ、旦那様……!」
彼女達はメイドではあるが元は男爵令嬢。いくら鳥人族に保護令が出ているとは言えたかが男娼1人の為に、今まで尽くしてきた彼女達を捨てるのかと言葉を選びながら必死に伝える。彼女達の為でもあるし、何より彼女達を放置した自分の為に。
しかし、それに答えたのはフォルティアではなかった。
「おや、ロマノンド家のメイド長にとって王家の出した保護令は取るに足りない些末事なのかな?」
にこり、と笑ったアステラの碧眼は全く笑っていない。
メイド長の口から、ひ、と小さく悲鳴が漏れた。
「け、決してそのような事は……!!」
「ならば今すぐ自分の成すべき事をしてくるが良い」
メイド長は真っ青になったまま一礼するとふらふらと部屋から出ていった。
まだ驚いているフォルティアを置いて青年に手を引かれるまま暖炉の前に連れていかれる。
「アステラ……?」
「いや~、急に入ってすまないねぇ。この子がこの姿で外にいたものだから。しかも僕が早く着いた所為か玄関に鍵がかかっていたしね」
ガタリ、と立ち上がったフォルティアが側に来て青年の手の中から冷えきったキールの手を取った。フォルティアの暖かな手がじんわりと手を暖めて、暖炉の炎が体を暖めてくれる。
知らずカタカタと震えていたキールをフォルティアに任せてフード付きのコートを脱いだ青年を見てキールは目を丸くした。
奴隷商の元にいた頃、たまに町中を通ってどこかへ連れ出される事があって、その時に姿絵を売っているのを見たことがある。
金髪に碧眼、爽やかな笑顔と王家を表す青の衣装を着ていた。無学なキールは名前を知らないけれど、今目の前にいる王家の服とは違う目立たないベージュの衣装を着ている青年が王太子である事は知っている。
ぶわ……っ、と広がった耳羽に相手が誰なのか気付いた事を察したのだろう。青年は笑って言った。
「いいかい?この衣装を着ている時の僕は王族じゃなくフォルティアの友人の1人だ。かしこまらないでくれると嬉しいな」
そうは言っても、と困り顔のキール。けれどアステラ・ド・エルネスト王太子である彼を放置してフォルティアは冷えきったキールの手をギュッと握った。
「キール、何故そんな格好で外に出ていた?」
「雪かきをしてたみたいだぜ」
扉の側にいたイアンが開ける前に勝手に開けて入ってきたのは先程アステラと一緒にいた紫髪の青年だった。
「この家はいつから鳥人族を使用人みたいに扱うようになったんだ?」
「……イアン」
「キール様には旦那様の私室の掃除しかお願いしておりません」
困惑しているイアンは悪くないとキールが慌てて板を取り出す。
『しごと』
『めいどのひと』
メイドから仕事を頼まれただけでイアンは悪くないのだと少ない語彙から懸命に伝えようとする。
けれど逆にフォルティアの表情は険しくなってしまった。オロオロしてイアンや黙っているパスカルを見るけれど誰も助け船を出してくれそうにない。
代わりにアステラがにこ、っと笑って
「イアンと一緒に厨房に行ってお菓子を貰ってきてくれないかい?僕はそれが食べたくてここに来てるんだよ」
と片目を瞑って見せる。
イアンが「承知しました」と頭を下げてキールに視線を向けるからキールも一度頭を下げてからその後ろに着いていった。
ぱたん、と閉まった扉の向こうからベルの音がして振り返ったけれどイアンは気にせず
「こちらへ」
と先に立って歩き出したのだが、最初に辿り着いたのはあまり使われていないキールの部屋。
キールのいる客間は普段鍵がかかっていてキールとイアン、そしてフォルティアしか鍵を持っていない。
フォルティアが買った服から厚手の物を選んでキールに着せながらイアンはサッとクローゼットに目を通す。流石に鍵のかかった部屋に入る事はしていないようで服に異常はない。
厨房に行くと思っていたキールが首を傾げているけれど一応装飾品も一通り見てから部屋にきっちり鍵をかけた。
「キール様はアステラ殿下とは初めてお会いするのでしたね」
何故?と言いたげな様子には気が付いていたが、イアンは敢えて何も伝えず客人の事を話し出す。
アステラとフォルティアは昔馴染みであること、彼と共にいたのがヤリノス・アーガイルというアステラの護衛騎士であること、そしてフォルティアとは騎士学校時代の同期であること。
初めは王太子相手に気さくに話せと無茶振りをされ無理だ無理だと騒いでいたヤリノスも今では私的な場でのみフォルティア同様同年代の友人のように話す。
「アーガイル卿は先の大戦で旦那様と共に大きな手柄を立てられ騎士爵位を賜ったのですよ」
(強い人なんだ)
王族の護衛を任されるような人だ。さぞ強いに違いない。フォルティアが強いというのは前に聞いた事があったけれど、フォルティアと彼が戦ったらどちらが勝つのだろう。
でもフォルティアが負ける姿なんか想像もつかない。戦ってる姿など見たこともないけれどあの日みた逞しい体つきはまだ脳裏に残っているから。
思わず赤くなってしまった所為でイアンに熱があるのかと心配されてしまった。
メイド長は頭を下げながら小さく体を震わせていた。目の前のフォルティアからは間違いなく殺気が漂ってきていて、パスカルは諦観に似た空気を出し、いつ来たのかわからない王太子と1人玄関からやって来たヤリノスがどこか不穏な空気を出しながら彼女を見ているからだ。
彼女がここへ来てからまだ誰も一言も話していない。
「――メイド長。私の母はお前を見込んでその立場につけた」
両親はとうに亡くなったがその頃の使用人は大部分が残っている。
「今日メイドがキールを室内着のまま外に追い出したようだが?」
「……そ、そのような事は……」
命じていない、と言おうとするが冷たい眼光が彼女の口を凍りつかせたかのように何も言えない。
何故なら例え今回命じていなくとも、彼女もまたキールを『大事な坊っちゃまを誑かす男娼』だと影で罵り彼の食事をわざと抜いたりしていたからだ。
勿論メイドの一部がキールに嫌がらせのような事をしているのも、フォルティアと同じように扱うようにという命令を遂行しているメイド達から報告は受けて知っている。
知っていて尚彼女はフォルティアの命令よりも彼の母から託された大事な坊っちゃまを守る為に動いていた――つもりだった。
「――私が言いたい事はわかるな」
「だ、旦那様……!」
彼女達はメイドではあるが元は男爵令嬢。いくら鳥人族に保護令が出ているとは言えたかが男娼1人の為に、今まで尽くしてきた彼女達を捨てるのかと言葉を選びながら必死に伝える。彼女達の為でもあるし、何より彼女達を放置した自分の為に。
しかし、それに答えたのはフォルティアではなかった。
「おや、ロマノンド家のメイド長にとって王家の出した保護令は取るに足りない些末事なのかな?」
にこり、と笑ったアステラの碧眼は全く笑っていない。
メイド長の口から、ひ、と小さく悲鳴が漏れた。
「け、決してそのような事は……!!」
「ならば今すぐ自分の成すべき事をしてくるが良い」
メイド長は真っ青になったまま一礼するとふらふらと部屋から出ていった。
109
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります。
※(3/14)ストック更新終わりました!幕間を挟みます。また本筋練り終わりましたら再開します。待っててくださいね♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

生まれ変わりは嫌われ者
青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。
「ケイラ…っ!!」
王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。
「グレン……。愛してる。」
「あぁ。俺も愛してるケイラ。」
壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。
━━━━━━━━━━━━━━━
あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。
なのにー、
運命というのは時に残酷なものだ。
俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。
一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。
★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる