前世の恋人と再会したら立場が逆転してたんだけど

ナナメ

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特訓には強敵過ぎた

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 ひとまず数日かけて本棚の本を一通り見てみたけどもうほとんどが読めなくなってて、結局そこから情報を得るのは諦めた。
 何度も言うけど100年前だ。ただ興味があっただけで知ってもどうしようもない事ばかりだろうから、読めなかったって事はこれ以上知る必要もないって事だろう、って勝手に決めた。
 だって訊いたら閉じ込められたのは俺達だけで、他の人達はそんな目に遭わなかったって言うんだから。あの家であの日記を書いた誰かはきっとあれをロメリオに近しい誰かに知っておいて欲しかったのかも知れない。

(そしたら本当に幽霊がいたって話になるけど……)

 うん。そんな事は考えない。考えないぞ。
 残しておいても仕方ないその古い本も辛うじて読める日記以外は燃やしてその部屋は皆で集まる為にソファーを置いてくつろげる空間にした。……幽霊がいたかも知れない空間だけど……考えない。

 で、今俺達は変わらず赤目探しに来てる。
 いつもと違うのは俺も参加させてもらえた事だ。というか俺の特訓も兼ねてる。ギルドマスターとかは俺が怪我するんじゃないかって渋い顔をしたけど、Sランクのネイビスが側で護衛しつつ俺を指導するって事で納得してくれた。
 俺だって魔力だけならSランク魔術師になれる魔力量は持ってるんだ。ただどうしても手に馴染んだ剣の感覚を思い出してしまうだけで。
 だって何だかんだ言いつつもフランツとイツカの武器は前世から変わらない。俺とネイビスだけがおかしいんだよな。

 飛び出して来たツノウサギに炎の魔法を当てつつ、ボアイノシシの突進を杖で薙ぎ払おうとして蹴り飛ばされた。ズベシャ、と地面に転がる俺の背後を突進していくボアイノシシ。それをネイビスの剣が斬り裂く。そうそう、俺がしたかったのはそういう――あ。

 思わず顔も、あ、の顔をしたんだろう。イツカが乗り移ったかのようにギリギリと俺の頭を絞め上げてくるその握力に悲鳴を上げた。

「いだだだだだだだだ」

「お前は本当に……鶏か?」

「体が勝手に動くんです……」

 それだけ修行に力を入れて誰より努力をした記憶まで思い出してしまったら……孤児院の古い本で独学でした低級魔法の勉強の記憶なんて霞んでしまう。これがネイビスみたいにちゃんと学校に通って、とかちゃんとした師匠がいて、とかだったら良かったんだけど実戦ってなるとどうしても経験の多い剣技が先に出ちゃうんだ。
 ため息をついたネイビスにごめん、ってしょぼくれてたら急に先行してた本格討伐組が騒がしくなった。
 赤目でも出たか、と先行組に追いつくと同時に耳を劈く雷鳴が轟いて思わず耳を塞ぐ。

「サンダードラゴンだ!!!」

 森の中部から深部の丁度境界くらいの場所で出て来る魔物じゃない。
 雷避けのアイテムを咄嗟に放ったギルドマスターの判断は正しかった。アイテムが効果を発揮するとほぼ同時に次々と雷が落ちてくる。
 その音たるや凄まじい物で、互いの声なんて1つも聞こえない。
 ついでにサンダードラゴンが呼んだ雷雲から雨まで降って来てますます状況が悪化する。これじゃあ他の魔物の足音も気配もわからないじゃないか。
 『撤退』のハンドサインにそれぞれが撤退を開始する。多分ネイビスの腕ならサンダードラゴンも倒せるんじゃないかってちらりと視線をやったけど、もうソロじゃなくパーティーで動いてる身だ。きちんと指示に従って撤退を開始した。
 俺もその後を見失わないようについて行きながら走って

「が……っ」

 ――いきなり横っ腹に衝撃が来て軽い体が簡単に吹き飛ぶ。
 雨の起こす水煙と視界を焼く雷の中、横っ腹にフォレストオーロックスが突っ込んできたらしい。――多分。良く見えなかったけどあのでかい牛みたいなシルエットはそうだったと思う。
 それからボキ、って嫌な音が体内で響いたのは気の所為だと思いたい。
 それからそれから。
 傾いた体が傾斜からゴロゴロ転がり落ちて行ってるのも――気の所為なわけないよな~。
 転がる度にゴンゴンガンガン木の根や石に当たって跳ね上がる体、口から入って来る泥やら砂利。急角度の崖じゃなく、転がり落ちる程度の傾斜だった事に感謝するべきか。崖だったら一巻の終わりだっただろうから。
 ゴッ、と音を立てて大岩で体が止まったけど正直動ける気がしねえ。ただわざわざ落ちた獲物を追ってくる気はないのかフォレストオーロックスの姿はなかったし、サンダードラゴンもみんなを追って行ったのか雨は酷いけど雷鳴は遠退いて行ってる。そこだけは良かった。

(でもどうしよ……)

 救助信号弾はあるけど、それを打ち上げるにはこのうつ伏せになった体を動かさないといけない。
 ぐ、っと力を入れた途端内心悶絶するくらいの激痛に襲われて声すら出なかった。脳内では痛みで転げ回ってるけど現実では声1つ出せないくらい痛い。
 雨なのか脂汗なのか血なのかわからない物が流れて、それでも何とか体を仰向けに倒した。
 正直痛い。めちゃくちゃ痛い。泣きたい。無事な方の手で、って動こうとするけど結構な痛みが走って、どっちが無事な手かわからない。
 え、嘘待って。このまま救助信号弾打てなかったらヤバくない?
 あの雷鳴と豪雨の中だ。全員視界は最悪だっただろうし、俺以外にも魔物に襲われて信号弾打ってる人がいるかも知れない。
 冒険者の鉄則として自分達にも危険が迫ってる時の救助信号弾は助けられる範囲の近場の人だけ助けて逃げる。で、後から救助隊を整え直して残りを助けに来る。助けに、もしくは回収しに。ご遺体になってるかも知れないからな。
 つまり救助信号弾を上げられないまま時間だけが経過してる俺から、みんなどんどん離れて行ってしまってるって事だ。

 いやいやいや。せっかくジュリエラに会えたのに即さよならとかなくない?
 そういえば数日前の何でジュリエラは男で生まれたのか、って答えも聞いて無くない?偶然なら偶然、ってあの場で言ってそうだし。
 それに俺、ネイビスに嘘か本気か告白されて答えて無くない?――それに関しては自分の気持ちが良く分からないから保留だけど!俺が“下”とか考えた事なかったし!

(――死にたくない)

 こんな所で死んでたまるか。

「デュナ!!」

 何とか信号弾に指が届いた、と荒い息を吐いた瞬間だった。

(名前呼んだの……初めてじゃね?)

 傾斜を滑り降りてくるずぶ濡れの金髪が異様にかっこ良く見えて何だか泣けてくる。
 見捨てられなかった。
 来てくれた。
 安堵の吐息はネイビスの腕に抱き込まれた事で激痛の絶叫に変わった。
 これだけの傷で下手に体を動かすんじゃない!危ないだろ!!でも助けに来てくれてありがとう!――色んな意味を込めた絶叫に慌てたネイビスがポーションを俺の顔面に瓶ごとぶち当てて余計な怪我が増えた。
 
 
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