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第三章 神子
助ける最後のチャンスだったのに
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◇
目の前に迫った刃を退けたパルティエータの手を借りて立ち上がったハーロットは、ふと体を駆け抜けるぞわりとした感覚に身を震わせた。寒さではなく恐怖だ。それは目の前の初代神子相手ではない。
「…何…?」
視線をやった方角は朴が浄化をしに行ったと思われる場所で、見れば琴音が同じ方向を見ている。
「…やっとか」
小さな呟きは雨音にかき消されそうだったけれど、影の面々は聴力が優れている為にはっきりとその声を拾った。
「どういう事…」
油断なく刃を向けながら訊くパルティエータににっこりと微笑みかけた琴音は、神子の剣に付いた血を振り払う。
「君達と遊ぶ時間は終わりって事。…瘴気に飲まれない内に撤退する事をお勧めするよ。__あぁ、もう間に合わないか」
瞬間広がった瘴気は魔力の低い第一騎士団の面々ですら真っ黒な靄に見える程の圧倒的な物で、瘴気に触れた者から次々と倒れていく。レイアゼシカを守ろうとする第二騎士団も、守られるレイアゼシカ本人も、そしてディカイアス達も、誰一人例外なく瘴気に飲まれ地に伏せた。丘の上には雷鳴が鳴り響くのみで先ほどまで聞こえた人間の声は一つもない。
「残念だったね。朴を助ける最後のチャンスだったのに」
靄に飲まれて言葉を発する者がいない中、琴音は苦笑と共にそう言い残して転移した。
向かった先は瘴気を振りまく朴の元である。その近くにも朴の仲間達が倒れているけれど朴本人は楽し気に笑っているだけだ。
「神子の体はどう?アンダルク」
「今までで一番快適ですよ、コトネ様」
「そう。良かったね___でもごめんね」
静かな声で言われた言葉を理解するより早く先にアンダルクを襲ったのは燃えるような熱さだった。次に何かが吸い取られる感覚がして、視線を落とした先にまず根本まで埋まった神子の剣が見えた。その剣の切っ先は手に入れたばかりの神子の下腹に深々と刺さっている。
「何…を…!」
抜こうとしても抜けないそれはまるで中から誰かが押さえて阻止しているようで。
「まさか…!」
「うん。まさか君を倒すのに神子が二人いないといけないなんて知らなかったからさ」
ごめんね、と首を傾げる琴音に向けて発動しようとする魔力は全て神子の剣に阻止されてしまう。ごぼり、と口から出たのは血ではなく瘴気の塊。剣の柄に触れただけでもじゅわりと浄化されるそれは正しく過去神子琴音と戦った時と同じである。今の琴音は闇の紋を宿す体。瘴気に飲まれた神子は浄化は行えない。だからその手に神子の剣があっても浄化される事はなかった。なら何故___
「神子か…!!」
「朴が中で頑張ってるでしょう?」
乗っ取られた筈の体の中で朴の意識が神子の剣を正しく使っている。体内に残る瘴気と共に体に入り込んだ“彼”を浄化する為に。
「いつから神子と共謀していた!?」
「ん?君が僕を監視しなくなってからかな。案外用心深くて、最後まで朴に伝えられなかったらどうしようかと思ったよ」
起きている時にも、夢の中で朴に会っている時でも監視されていたのは知っていた。だからなかなか伝えられずにいたけれど。
「最後の最後で油断したね?」
ここへ来る数日前、朴には真実を伝えた。
過去、瘴気の大元を浄化した。しかしまた復活したのはもちろん神子である琴音が負の感情に飲まれてしまったのが原因だったが、それはきっかけに過ぎない。彼は倒される直前に神子が瘴気を取り込める体質を利用して琴音の中に逃げ込んでいたのである。そしてそのまま浄化されないように隠れていた彼はあの日負の感情に飲まれた琴音の中で目を覚ました。しかし琴音と共に封印されて、長い年月をかけ外に出、アンダルクを乗っ取り琴音を封印から解き放った。琴音の復讐を手伝うと嘯き、この世界を恐怖に陥れ再び瘴気を広める為に。万が一神子が召喚されても簡単に浄化が出来ないように神子の剣を盗み、神子がその身に瘴気を取り込むように仕向けた。そうする事で再び神子の体の中に入り込む為だった。瘴気に落とし浄化が使えないようにして体を乗っ取る。そうして再び世界を住み心地のいい場所にする筈だったのに。
「貴様ぁぁーーーー!!また邪魔をするのか!!!」
「僕はね、アークオランは嫌いだけど番達の暮らした世界は嫌いじゃないんだよ。ごめんね」
琴音が手を離すと見えていた剣の柄はズルズルと朴の中に入っていく。
「君は僕が生み出した僕の子供みたいな物だから…一緒に死んであげるよ」
◇
どういう仕組みか、俺の手の中に現れた剣はただ軽く当てるだけで俺の中にいた異形を次々と消して行ってくれる。
痛いとか怖いとか、負の感情を叫びながら消えていくそれは俺が浄化していった瘴気の大元で聞いた誰かの叫びだった。
瘴気を吸い込んで俺の中で濾して綺麗な部分だけ返す、っていうのはその残りを俺の中に溜めていく状態で。2年前初めて浄化した瘴気とかはもう俺の中でも浄化されて残ってなかったけど、最後浄化した物は俺の中に残ってて。それがアンダルクの力になろうとしてたんだけど、琴音が送ってくれた神子の剣が簡単にそれを阻止してくれる。
「最初から俺にくれたら良かったのになぁ…」
ぼやいたって答える人はいない。ただ真っ黒な瘴気が次々襲ってくるだけだ。俺の中にこんなに瘴気が溜まってたなんて知らなかった。そりゃ腹が痛くなるわけだよ。
最後に聞こえたのは俺の声だった。
嫌だ、皆の所に帰りたい、怖い、気持ち悪い。
そう言って叫んでる。その声を聞くだけで耳を塞ぎたくなるけど、これは俺の心の一部だって母さんは言ってた。切り離したらダメなやつ、って。本当はまだ受け入れたくない。見たくもない。いっそ忘れたままでいたい。
でもダメなんだ。これだけは、俺の一部だから
「父さん、母さん、ありがとう。ちゃんと俺の中に戻すよ」
真っ黒な塊を抱き締めた。
目の前に迫った刃を退けたパルティエータの手を借りて立ち上がったハーロットは、ふと体を駆け抜けるぞわりとした感覚に身を震わせた。寒さではなく恐怖だ。それは目の前の初代神子相手ではない。
「…何…?」
視線をやった方角は朴が浄化をしに行ったと思われる場所で、見れば琴音が同じ方向を見ている。
「…やっとか」
小さな呟きは雨音にかき消されそうだったけれど、影の面々は聴力が優れている為にはっきりとその声を拾った。
「どういう事…」
油断なく刃を向けながら訊くパルティエータににっこりと微笑みかけた琴音は、神子の剣に付いた血を振り払う。
「君達と遊ぶ時間は終わりって事。…瘴気に飲まれない内に撤退する事をお勧めするよ。__あぁ、もう間に合わないか」
瞬間広がった瘴気は魔力の低い第一騎士団の面々ですら真っ黒な靄に見える程の圧倒的な物で、瘴気に触れた者から次々と倒れていく。レイアゼシカを守ろうとする第二騎士団も、守られるレイアゼシカ本人も、そしてディカイアス達も、誰一人例外なく瘴気に飲まれ地に伏せた。丘の上には雷鳴が鳴り響くのみで先ほどまで聞こえた人間の声は一つもない。
「残念だったね。朴を助ける最後のチャンスだったのに」
靄に飲まれて言葉を発する者がいない中、琴音は苦笑と共にそう言い残して転移した。
向かった先は瘴気を振りまく朴の元である。その近くにも朴の仲間達が倒れているけれど朴本人は楽し気に笑っているだけだ。
「神子の体はどう?アンダルク」
「今までで一番快適ですよ、コトネ様」
「そう。良かったね___でもごめんね」
静かな声で言われた言葉を理解するより早く先にアンダルクを襲ったのは燃えるような熱さだった。次に何かが吸い取られる感覚がして、視線を落とした先にまず根本まで埋まった神子の剣が見えた。その剣の切っ先は手に入れたばかりの神子の下腹に深々と刺さっている。
「何…を…!」
抜こうとしても抜けないそれはまるで中から誰かが押さえて阻止しているようで。
「まさか…!」
「うん。まさか君を倒すのに神子が二人いないといけないなんて知らなかったからさ」
ごめんね、と首を傾げる琴音に向けて発動しようとする魔力は全て神子の剣に阻止されてしまう。ごぼり、と口から出たのは血ではなく瘴気の塊。剣の柄に触れただけでもじゅわりと浄化されるそれは正しく過去神子琴音と戦った時と同じである。今の琴音は闇の紋を宿す体。瘴気に飲まれた神子は浄化は行えない。だからその手に神子の剣があっても浄化される事はなかった。なら何故___
「神子か…!!」
「朴が中で頑張ってるでしょう?」
乗っ取られた筈の体の中で朴の意識が神子の剣を正しく使っている。体内に残る瘴気と共に体に入り込んだ“彼”を浄化する為に。
「いつから神子と共謀していた!?」
「ん?君が僕を監視しなくなってからかな。案外用心深くて、最後まで朴に伝えられなかったらどうしようかと思ったよ」
起きている時にも、夢の中で朴に会っている時でも監視されていたのは知っていた。だからなかなか伝えられずにいたけれど。
「最後の最後で油断したね?」
ここへ来る数日前、朴には真実を伝えた。
過去、瘴気の大元を浄化した。しかしまた復活したのはもちろん神子である琴音が負の感情に飲まれてしまったのが原因だったが、それはきっかけに過ぎない。彼は倒される直前に神子が瘴気を取り込める体質を利用して琴音の中に逃げ込んでいたのである。そしてそのまま浄化されないように隠れていた彼はあの日負の感情に飲まれた琴音の中で目を覚ました。しかし琴音と共に封印されて、長い年月をかけ外に出、アンダルクを乗っ取り琴音を封印から解き放った。琴音の復讐を手伝うと嘯き、この世界を恐怖に陥れ再び瘴気を広める為に。万が一神子が召喚されても簡単に浄化が出来ないように神子の剣を盗み、神子がその身に瘴気を取り込むように仕向けた。そうする事で再び神子の体の中に入り込む為だった。瘴気に落とし浄化が使えないようにして体を乗っ取る。そうして再び世界を住み心地のいい場所にする筈だったのに。
「貴様ぁぁーーーー!!また邪魔をするのか!!!」
「僕はね、アークオランは嫌いだけど番達の暮らした世界は嫌いじゃないんだよ。ごめんね」
琴音が手を離すと見えていた剣の柄はズルズルと朴の中に入っていく。
「君は僕が生み出した僕の子供みたいな物だから…一緒に死んであげるよ」
◇
どういう仕組みか、俺の手の中に現れた剣はただ軽く当てるだけで俺の中にいた異形を次々と消して行ってくれる。
痛いとか怖いとか、負の感情を叫びながら消えていくそれは俺が浄化していった瘴気の大元で聞いた誰かの叫びだった。
瘴気を吸い込んで俺の中で濾して綺麗な部分だけ返す、っていうのはその残りを俺の中に溜めていく状態で。2年前初めて浄化した瘴気とかはもう俺の中でも浄化されて残ってなかったけど、最後浄化した物は俺の中に残ってて。それがアンダルクの力になろうとしてたんだけど、琴音が送ってくれた神子の剣が簡単にそれを阻止してくれる。
「最初から俺にくれたら良かったのになぁ…」
ぼやいたって答える人はいない。ただ真っ黒な瘴気が次々襲ってくるだけだ。俺の中にこんなに瘴気が溜まってたなんて知らなかった。そりゃ腹が痛くなるわけだよ。
最後に聞こえたのは俺の声だった。
嫌だ、皆の所に帰りたい、怖い、気持ち悪い。
そう言って叫んでる。その声を聞くだけで耳を塞ぎたくなるけど、これは俺の心の一部だって母さんは言ってた。切り離したらダメなやつ、って。本当はまだ受け入れたくない。見たくもない。いっそ忘れたままでいたい。
でもダメなんだ。これだけは、俺の一部だから
「父さん、母さん、ありがとう。ちゃんと俺の中に戻すよ」
真っ黒な塊を抱き締めた。
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